24 日向で-琴葉-

 太陽に雲がかかる曇り空の下、山に囲まれた町の、畑に囲まれた道を歩いていく。緩やかな坂を登り、目的地に着く。背中にはじっとりと、汗をかいているのを感じる。

 細い道を幾つか曲がって、太陽の光を反射する灰色の綺麗な石に対面する。


「久しぶり、今日は話したいことが沢山あるんだ」

 そう言って持ってきた花を一度置き、石とその周りを掃除する。

 作業もしながら、すぐそこに眠る陽向に話しかける。


「今日は陽向がそっちにいってからちょうど一年の日だから絶対来たくてね。クラスの子に遊び誘われてたのを断ってきちゃった」


 返事はない。

 今日は三月十九日。陽向が亡くなってから一年が経った。私は高校三年生、だった。そう数日前までは。私はこの春、高校を卒業した。この一年間で沢山の出来事があった。今日はそれらを陽向に伝えにきたのだ。


「私たちのバンドね、解散したんだ。沢山の人が応援してくれていたけど、なんだか続けるのは違うなって言う意見が三人で合致して、終わらせちゃった。だからこれから一年間は受験を頑張るよ」

「そうそう、その解散のタイミングと、陽向がずっと描いてくれていた絵を使い終わったタイミングが全く一緒だったんだよ。そんなことある?って三人で笑ってた。まるで陽向が私たちのゴールを予言してたみたいで」

 私が陽向から譲り受けた絵の中で完成していて使えるものは全てアートワークとして使った。

 陽向が色んなシーンの絵を描いていてくれたおかげで、解散まで何不自由なく使用することができた。


「後ね、前に二回目に江ノ島に行った時に言ってた、いつか浜辺のステージを超満員にするって約束、叶えたよ。陽向、見てくれてた?空の上またまた届けるつもりで歌ってたから、届いてたらいいな」

「それも全部、陽向が良い絵を描くって約束を守ってくれたからだよ。ありがとう」

 すると太陽を覆っていた雲が流れて、その切間から陽が差した。私と陽向の周りが日向になる。


 空を見上げる。返事はできないけれど、陽向が見てくれているんだなと思う。


 線香をあげ、手を合わせる。


 彼に改めて思いを伝え、顔を上げる。


 振り返り、大きく手を振る。

 後ろで待ってくれていた朱莉と一果、一樹がこちらを見つめている。


「もう終わった?」

 朱莉が敷地外の道から声をかけてくれる。


「うん」

 私は頷いて三人を手招く。彼女たちと会うのも本当に久しぶりだ。陽向の件があったときはお互いに忙しく、タイミングが合わなかった。

 五人で揃うのはおよそ二年振りだ。かつてはあんなに毎日一緒にいたのに、環境が変わるとこんなにも疎遠になってしまうのかとつくづく思う。

 でも今日は、運良く全員の予定が空いていたのだ。これも陽向が繋いでくれた縁なのかもしれない。陽向が亡くなってから、なんでも彼に結びつけてしまう。天気が変わった時、身の回りでちょっとした奇跡が起きた時、彼に歌った歌が聞こえてきた時、桜を見た時。彼の存在が私の中から無くなることはない。


 彼を囲み、久々に五人での会話に花を咲かせる。周りに迷惑にならないよう、静かに。

 私たちの中心には、私が持ってきたものに加え、三人が持ってきた色鮮やかな花束が置かれている。黄、橙、桜、赤、青、紫色、白、緑。これで「世界に色がないように見える」なんて事を言っていた陽向も飽きないでいてくれるだろうか。いや、そんなことは私たちと出会って、とっくに言わなくなっていたか。彼はもう、出会った頃のように一人ではないのだ。


 陽向と近況を話し合ったところでそれぞれゆっくりと立ち上がる。


「じゃああんまりここにいると迷惑がられちゃうし、そろそろ行くね。またみんな来るからさ。別々かもしれないけど、ちゃんと話聞いてよね?」


 そう声をかけ、その場を立ち去る。

 気づけば頭上を覆っていた雲はどこかに消え失せ、ただひたすらに晴れ渡る青空が私たちを包み込んでいた。


「じゃーこの後どこいこうか?」


「どこってこの町行くとこ何もなくない?」


「いや、思い出の場所。公園とか中学校とか」


「はー、何言ってんの私たちずっとこの町に住んでるのよ。引っ越した琴葉からしたら思い出の地かもしれないけど、私とか一果とかが行っても何も楽しくないよ」


「なんでそんなこと言うの朱莉。確かに私も毎日のように行ってるけど今日は琴葉となんだからどこでも行こうよ〜」


 昔から何となくは思っていたことかもしれないが、今だからよく分かる。こんな他愛もない、なんでもない会話が堪らなく愛おしい。

 こじつけかもしれないが、取るに足らないと言う意味の”他愛もない”という言葉が、私には”愛の他ない”という意味にしか思えないのだ。

 かけがえのない時間は、実は取るに足らない時間かもしれないが、それは他愛もない時間だったりする。それは私が陽向と出会って学んだ事だ。


 だから私はこの命が燃え尽きるまで、一瞬一瞬を、強く抱きしめながら生きるのだ。

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