18-2 最後の行事-琴葉-
〈ごぉ、よん、さん、にー、いち、ハッピーニューイヤー!〉
テレビの年越し音楽番組が騒がしく新年の始まりを告げる。私たち家族三人はいつもより少しかしこまって互いに「あけましておめでとうございます」と新年最初の挨拶をした。
一通り家族での会話が落ち着くと、急いでスマホを開き、五人のLINEグループに”あけおめライン”を送信する。案の定既に携帯の通知が十数件溜まっている。新年早々盛り上がっているようだ。
明日—というより日を跨いだから今日か—は五人で海に初日の出を見に行こうという約束をしている。その為、みんな早く眠らなければいけないはずなのだが、その話の盛り上がりから全く寝る気配がない。まさか徹夜するつもりじゃないだろうかと思いつつ、LINEのトーク画面を眺める。
そうか、私が引っ越してもこうやって繋がっていられる。引っ越し先は同じ県内の横浜らしいし、案外悲観することはないかもしれない。
ベッドに入り、まだ会話が続くトーク画面を眺める。ふと液晶に写る自分の顔が気になる。なんだか話の微笑ましさからにやけているのに、哀しそうな表情をしていて気持ちが悪い。そして自分の顔を見つめている自分の顔の間抜けさに思わず吹き出す。
少しずつ意識が薄れてきた。しっかりと約束の時間に間に合わせて起きられるようにと心の中で強く念じて眠りについた。
Z
z
z
はっ、
幸せな夢の中にいたが、突然目が覚めた。そうだ、今日は初日の出を見に行くんだ。外はまだ暗い。慌てて目覚まし時計を見る。ちょうど五時を回ったところだ。アラームを鳴らしていたのは五時半なので、少し早く起きることができたようだ。
もう一度眠りにつくと絶対に寝過ごしてしまうので、薄暗い部屋の中、布団に入ったままで携帯を開く。私が寝た後も会話は続いていたようで、それをまたニヤニヤとしながら眺める。
はー。愛おしいな、みんなが。思わずため息をつく。十日ほど行っていない教室を思い浮かべる。みんなとの別れの瞬間を想像する。引っ越すと打ち明けた時はどんな顔をするだろうか。泣かれてしまうだろうか。できれば、笑顔で別れたい。いや、無理か。ギリギリまで黙っていようと決めたのは私だもの。
本当にここ一ヶ月ほど、少しでも時間ができるとすぐにこの事を考えてしまう。何度も、何度も。辞めたいと思って辞められる訳もなく、ただただ日常の終わる瞬間のことを考える。新しい日々も案外楽しいかもしれないなんて淡い期待も抱くが、人間、安心を求める生き物なのだ。”今”はいつまでも続かない。
よく考えるとと、今日の初日の出を見に行くのは、お別れの前の最後の行事かもしれない。大切に、時間を噛み締めなければ。
そんなことを考えているうちにアラームが鳴る。穏やかな気持ちで騒がしい音を止めて起き上がる。一つ伸びをしてベッドから降りる。
最低限の支度を済ませてバス停に向かう。そこには既に一つの人影があった。陽向だ。おーい、という声で呼び、手を振ると彼がはっと振り返り微笑む。
「あけましておめでとうございます」
柄になく、お互いかしこまってお辞儀を交わす。二人とも吐く息が白い。
「寒いね〜」
「うん、寒い」
「あっ、カイロ。いる?」
彼が袋に入ったカイロを差し出してくれる。
「あ〜私持ってくるの忘れてた。ありがとう」
本当は持っているのに、何故か受け取ってしまう。
少しの沈黙が続く。関係によっては気まずい、嫌な沈黙もあるがこれは良い沈黙だ。なんだか心地よい。薄らと開け始めた空にはまだ月が輝いている。それを眺めていると——
「月が、綺麗だね」
彼がぽつりとそんな言葉を溢した。
「えっ?」
「あっ」
「それってどういう意味?」
「いや、違うよ、そういう意味じゃなくて、ただ。綺麗だなって思ったから」
「そうか〜つまんないの」
「えっ?」
「いや、何でもない。月、綺麗だね」
「う、うん。綺麗」
暫くしてバスが来た。未明にも関わらずたくさんの人を乗せている。やはり元日の非日常感というのはなんだかワクワクする。
バスに乗り込む。海に向けて走るそれの窓を眺める。次の停留所で一果たち三人が乗ってくる。できるだけ近くの席に座り、新年の挨拶を交わす。
ふと気がつくと何故か陽向がスマホでカメラをビデオを回している。
「どうしたの?」
「ん?」
「いやそれ、ビデオ。何で回しているの?」
「いや〜なんかさ、今って、今しかないから」
「そうだね。そうかもしれない」
その言葉は私の胸のとても深く、深いところに突き刺さった。その内容がちょうど部屋で考えていた事と近く、その表現が私にとっては分かりやすくて、すっと身体の中に入り込んできた。
きっと普通の人には何を言っているんだと思われるような言葉だが、私は的を得ていると思った。それは最近、人より時間について考えているからかもしれない。だけど陽向からそんな言葉が飛び出したのは不思議だ。何もなくてもそういうことを考えていたのだろうか。
バスが海沿いの大通りに入ると、乗っていた人は皆降車した。海へと伸びる長い列の後に続く。
「思ったより人が多いんだね」
「うん、去年もこのくらいだった気がする」
「まあちょうどいい時間帯だしそうだよね〜」
この間も陽向はカメラを回している。何気ない場面だけど後で見返したら大切なものになるのかもしれない。
海に着いたのは六時半すぎで日の出まで少し時間がある。今、この瞬間も少しずつ空が明るくなってきている。今日何度目かわからない「寒いね」を言い合ってその時を待つ。
幸い今日は快晴で、日の出る方には雲がかかっていない。数年に一度の絶好の初日の出日和と言ったところか。
二十分ほど待つと、いよいよその瞬間がやってきた。
遥か遠く、水平線の向こうから太陽がじりじりと顔を出す。眩い光放って上がっていくそれに思わず目を奪われる。綺麗だ。
隣で、並んで立ち尽くす四人の顔を眺めるとみんな同じ表情をしているのが面白く、思わず写真を撮る。そのパシャリという音で気づいた四人が少し驚いたような顔をし、「何撮ってんの?」と少し怒られる。
「私たちも写真撮るの忘れてたね」
「そうだね〜見惚れちゃってた。撮ろ撮ろ!」
既に半分ほど顔を出している太陽を皆でカメラに収め、見せ合う。私は自分のが一番良く撮れていると思うが、どうやら全員がそう思っているらしい。
「はあ、じゃあ、しっかり目に焼き付けて、写真も撮った事だしそろそろ行く?」
「うん、帰るか〜」
「あ、初詣行きたい!」
「じゃあバスで町に戻ってからじゃない?」
「そうだね」
「よし、じゃあとりあえず行こう」
「うん」
どうやら、最後の行事は後数時間だけ続いてくれるようだ。
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