22 もしも、夢で逢えたら-琴葉-
高校二年生最後の終業式が終わった。今日はクラスの人たちと打ち上げだ。最初にカラオケに行ってそのあと焼き肉。学生のフルコースではないだろうか。
私がベースボーカルを務めるバンド”天色SUNSET”は高一の夏から活動を開始し、高二の夏に出した『サイダー・ワールド』という曲が若者を中心に大ヒットを記録。ありがたいことに天色SUNSET—通称天サン—はバンド活動開始当初より遥かに多くの人に聴かれるようになっていた。
天サンは”高校生覆面バンド”として顔出しをしない活動ではあるのだが、(ネットに曲だけを配信していたらいつの間にかそうなっていた)周りの友達は勿論、私が天サンのKotohaだということは知っているので、カラオケに行くといつも天サンの曲歌ってー!とせがまれるのだ。
嫌な気持ちはしないが、友達の前で歌う小っ恥ずかしさは何度歌っても消えない。
一年前に陽向にジャケットをお願いしてから、彼の絵は私たちの顔の代わりとなって天サンの歌と共にメディアなどでも紹介されるようになった。私がこれまで願ってきたことが達成されているのだ。こんな嬉しいことはない。
恥じらいは感じつつも友達と共にカラオケを楽しむ。五人で一人一曲ずつ回す、よくあるパターンだ。
二周目を歌い終わり、ふとスマホに目をやると画面に一樹からのLINEの通知が来ていた。
ここ数年は陽向と連絡を取ることはあっても、一樹と連絡を取り合うことはなかったから久しぶりだなどうしたのだろう、と少し不思議に思いつつ通知を開く。
『どうしたの?』
『あのさ、ちょっと伝えなきゃいけない事があるんだけど電話できない?』
『多分大丈夫』
『ちょっと待って』
みんなに「ちょっと電話してくるね」と言って靴を履いて部屋の外に出る。はーいという陽気な返事を背に扉を閉じて電話を掛ける。
一樹はワンコールですぐに電話に出た。
「言わなきゃいけないことって、どうしたの?」
「えっとね、ちょっと覚悟して聞いて欲しいんだけど、大丈夫かな?」
その声は震えているように聞こえる。覚悟、か。正直何を言われるか全く検討もつかないから覚悟のしようがないのだが、「うん、いいよ」と一樹に続きを促す。
「あのね、」
「うん」
「ひ、陽向がね、」
「うん、陽向が?」
「その、亡くなった、んだ」
「……は?」
「……」
「亡くなった、って死んだってこと?」
「……うん、陽向が、死んじゃったんだよ」
電話越しに一樹が泣き出す声が聞こえる。死んだ?嘘だよね。だってこないだまで陽向はあんなに元気そうに私の隣にいたのだ。
こないだって、いつだ?最後に陽向に会ったのはもう四ヶ月ほど前だ。いや、事故だとしたら、それでもおかしくはない。
「その、亡くなったっていうのは、事故とか?だよね?」
「いや、それが病気みたいなんだよね」
「……え?」
「俺もよく分からないんだけど、なんか小さい頃から患ってた病気があったみたいで、ここ三ヶ月くらい学校を休んでて、それで今日先生から言われたんだ。俺は、近くにいたのに、お見舞いにも、行けなかった……」
一樹が泣き崩れる音がする。
「ちょっと、私も今まともに会話できる自信ないから、切るね。また後で、詳しく聞かせて」
「……うん」
スマホをしまい、よろよろとみんなが待つカラオケルームに戻る。「琴葉、どうしたの?」幾つもの声が頭に響く。気分が悪い。「ちょっと、先帰らせてもらうわ」そう言って扉を開ける。
「琴葉、大丈夫?ちょっと私、送っていくね」
高校で一番仲良くしている中原が肩を担いでくれる。
はあ、全く頭の整理がつかない。陽向、陽向、陽向、陽向、陽向、ひなた、ひなた、ひなた。
死んじゃうってどういうことだよ。病気って何?今まで全くそんな素振り見せてくれなかったじゃん。いや、私が知っているのなんて陽向の人生のほんの一部か。
彼の顔を想い浮かべる。思えば、彼はずっと運動することを避けてきていた。少し階段を登るにも息が上がっていたこともあったし、そうだ、前に鬼ごっこした時なんて全力で走らせてしまった。今思い返すと、私たちは何てことをしたのだろう。
全く信じることができなかった彼が病気だったという事実が、今までの記憶の中から彼の”違和感”というピースを拾い集めていくと、少しずつ現実味を帯びてくる。
電車に揺られながらも彼のことばかりを考えている。途中、駅のトイレで溜まっていた物も全て吐き出したというのに。
何で黙ってたの?と考えようとして、ハッとして辞めた。自分だって、別れが来ることを分かっていながら言わなかったじゃないか。
でも陽向はそこで学ばなかった。私があれだけ言っておけば良かったと後悔したと伝えたのに、だ。
家に帰り、すぐに布団に入った。とりあえず眠ってから頭を整理しなければパンクしてどうにかなりそうだった。
ただ目を瞑って寝ようとしてもどうしても脳内がごちゃごちゃで眠りにつけない。そこでいつものようにイヤホンをはめ、音楽を適当なプレイリストで流した。
暫くはいつものように音楽をぼうっと聴いていたが、ふとこの曲を歌った時の陽向の顔が浮かんできてからはもう止める事ができなかった。
感情が溢れ出し、一人枕を濡らした。
ああ、陽向。会いたいよ。またその真剣に絵を描く横顔を見せてよ。頭の中にある世界を見せてよ。バスで私の隣に座って心地よさそうな寝息を立ててよ。私の歌をキラキラした瞳と一緒に聴いてよ。
もしも、夢で逢えたらいいのに。
Z
z
z
数日経って、私は一樹と連絡をとって久々に生まれ故郷の町に帰ってきた。葬儀には訳あって参加できず、まだ実感が湧かないというのが現状だ。
久々にバスに乗って辺りを眺めると山間にある町は、何一つ変わっていなかった。陽向がいないということを除いては。
陽向の家を訪れた。あまり彼の家に来ることはなかったので、これで三度目くらいだ。確かこの田舎には珍しいアトリエと隣接しているんだったか。
顔を合わせるのがこれまた三度目くらいの陽向の父親に挨拶をして、遺影と対面する。
彼の写真は私のカメラロールに数えきれないほどあるのに、昨日その全部を見返した時よりもずっしりと重い現実を突きつけられた気がした。
そんな重い現実に押し潰されていると、お父さんが何やら紙のようなものを持ってきた。便箋に入ったそれは手紙のようだった。
手渡されたそれを見ると裏に『琴葉に』と見慣れた文字で書かれている。
震える手で便箋を開け、手紙を開く。
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