3-2 愛も希望もつくりはじめる-琴葉-
「で、できた、」
彼がそう呟いた頃には、集中して描き始めてから約二時間を過ぎ、時計の針が五時を回ったところだった。
私は彼の手元を見たり、彼の絵から聞こえてくる音をなんとなくアコギでなぞってみたりしていたので時間が過ぎるのは早かった。
彼は不器用な笑顔を浮かべながらスケッチブックを両手に持ちこちらに見せてくれた。
彼が私の歌を受け取って描いた一枚の絵。彼の達成感に満ちた顔を見ているとこちらまで嬉しくなってくる。
その絵に描かれているのは、広く青々とした野原の中央にある一本の大きな桜の樹。桜は無数の花弁を散らし、その幹に腰掛ける少女はギターを片手に歌をうたっている。
そして桜の樹を取り囲み、少女の歌うっとり聴いているようにも見える沢山の動物たち。空に浮かぶ太陽は暖かな日差しを樹や彼らに惜しむことなく浴びせている。
その風景は、トンネルの中から光をみるような、眩い希望を纏っているように見えた。
この絵を見れば、例えどんな絶望に打ちひしがれていても立ち上がることが出来る、そんな気がした。
「うん、とても綺麗で鮮やかで、本当に好き」
言いたい事がありすぎて言葉に纏められないが、最低限の感想を送った。
すると彼は不意に開いていたスケッチブックのページを切り取り、こちらに差し出してきた。
「……え?いいの?」
「はい。い、い、い一応葵さんのお陰でできた作品ですし、僕の絵を始めてす、す、好きって言ってくれて嬉しかったので、あげます」
そんなことを言ってくるなど予想すらしていなかったので戸惑ってしまった。するとそれが顔に出ていたのか彼が「い、嫌でしたか?」と聞いてきたのでそれを全力で否定する。
「喜んで貰うよ!大切にするね」
そう言って彼の絵を手に取って眺めていると顔を赤らめ恥ずかしそうに此方を見ていた。案外可愛いところのあるやつだ。
、
、
、
「少しやりたい事が出来たから、今日は一旦音楽室行ってくるね」
そう言って美術室を後にした。絵をもらった時に思いついたのだが、これを持って”絵から聴こえる音”を何とか形にしてみたいと思った。最終下校時刻まで30分もないが、できるところまでやってみる。
こういうのを”作曲”というのだろうか。初めての挑戦なので勝手は分からないが心の赴くままにしようと思う。
音楽室に入り、改めてサッとチューニングを済ませた。そして机上に置いた森本くんの絵に臨む。ギターの練習のためにこっそり持ってきたスマホのボイスメモアプリを起動し、録音開始。
先ずは絵から得られるイメージに近い音を探してポロポロと弦を弾く。作曲にはコードなどの理論があるらしいというのは聞いたことがあるが、そんな知識は持ち合わせていない。だから感覚でしか作れないが、少しずつ心地の良いメロディーが出来上がってくる。
♪
♪
♪
下校時刻を知らせるオルゴールが鳴るまで、夢中でギターに向かっていた。最終的には初心者なりに美しく、自分で自信を持って「好きだ!」と言える旋律が完成した。
いつかこのボイスメモが役に立つことを願ってスマホをしまい、ギターを音楽準備室へ戻して帰路につく。
ぼんやりと考え事をしながらいつもの通学路を歩く。自分の鞄の中に彼の絵が入っていることを思い出し嬉しくなる。帰ったらどこに飾ろうか、と思いに耽る。
気付かぬうちに彼の才能やその指先を、そして彼との二人の時間に愛しさを感じてしまっている自分がいることに気がついた。それだけでなく、それが私の変わらない日常を抜け出す希望になっていることにも。
【愛も希望もつくりはじめる】
Inspired by スピッツ『春の歌』
(作詞:草野マサムネ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます