19 笑顔の準備を-陽向-
中二最後の定期テストが終わって、二月も後半に入った。初日の出を見に行ってからはこれといった行事もなく、淡々とした日常が過ぎていった。
今の僕らにはその日常が大事だったりするのだが、過ぎていく時間を止めることはできない。今年に入ってから、写真や動画をよく撮るようにしている。それはその過ぎていく日常を忘れない為だ。写真や動画があればこの瞬間を永遠に思い出すことができる。
ここ最近、特にあったことといえば、琴葉以外の四人のLINEグループを作ったことだろうか。彼女と別れる前に、何か僕たちでできないことはないだろうかと考えて作った。サプライズをするためのグループだ。僕はもう絵を描いたりしているが、大切な人との別れなので盛大に送り出したい。
今日は休日なので、祖父のアトリエに行って絵を描く予定だ。琴葉への作品を完成させられてから、感覚を取り戻すことができている。また以前のようにただ絵を描くだけの毎日だ。
朝食を摂るなど、朝の支度を済ませて少しダラダラと映画を見ていると朱莉から『結局、琴葉に何してあげるー?』というメッセージが来た。
『うーん、何かみんなで出来ることがいいよね』と返信すると『今日、みんな部活ないからどっかに集まる?』と一樹が提案してくれた。
どこがいいかな、と少し考える。少し寒いけれど天気も良いし、外でもいいな、と思い『中央公園は?』と送信する。案の定、嫌だなぁ寒いよ、という不満を受けつつ僕の提案通りに公園に集合することに決まった。
今日の予定を変更することになったが、何だか楽しそうな予感がするのでそれはそれで良い。着替えなど大体は支度を済ませているので、スケッチブックと数本の鉛筆だけを鞄に詰めて家を出る。ポケットには携帯も忘れずに入っている。
公園につくと同時にベンチに腰掛け、辺りを見回す。遠くにある枯れた冬の山々があるのを目に留めると、それを写生し始める。何本かある色鉛筆を組み合わせて、何とか禿げ上がり白く染まった山を描く。空は薄く淡い青で色を付けていく。
一樹に肩を叩かれてやっと気がつく。時計を見ると写生を始めてから三十分程が経過して、既に集合時間になっている。
「あれ、一果と朱莉は?」
「まだ来てない。どうせ遅刻だから、気長に待とうよ」
「うん」
「何描いてたの?見せてよ」
「あっちの方に見える山。ほら」
「本当だ。うまいね〜やっぱ陽向すごいわ」
「いやバスケ部のエースがそれを言わないでよ。冬の大会でも優勝したんでしょ?」
「そうそう、小さい大会だったけどね」
「すごいじゃん。そっちの方が全然すごい」
「何言ってるの。どんなにバスケが出来ても、陽向が描くみたいな絵は俺には何回生まれ変わってもできないよ」
「そんなの僕だって何回生まれ変わっても運動はできないと思うけど?」
「まー、お互いそんなもんだよね」
「うん、そんなもんかも。でも僕ももう少しだけでも運動ができる体だったら良かったんだけどな〜」
「え?そんな運動神経悪かったっけ?」
「うんまあ、運動神経も悪いし、それだけじゃないんだけどね」
「そう?まあよく分からないけど、人それぞれ得意不得意はあるから、自分のできることを極めるしかないよね」
「そうだね〜頑張らなきゃ」
「あっ、二人来たよ」
「遅いよ〜何やってたの?」
「朱莉がダラダラしてたから中々来なくて」
一果がすまん、と言わんばかりに手を合わせる。普段のイメージと違って少し面白い。
「ちょっと、それ言わないでよ」
「でも事実でしょ?」
「いやまあそうだけど」
「まあいいよ、二人で話してたら案外すぐだったから」
「そう、何話してたの?」
「何話してたっけ?」
「んー、まあ色々だよ、色々」
「だね」
「ぐぬぬ、気になる。けどまあ、いいや。四人で話したいことはたくさんあるしね」
「大したこと話してなかったから聞くまでもないよ。で、琴葉にサプライズですることでしょ?」
「そう。色々できることはあると思うんだけど、一番琴葉が喜んでくれそうなのがいいよね」
「うーん、何がいいかね。なんかみんなで作って渡すとか?」
「それもいいかもだけど、何を渡すの?」
「無難に手紙、とか?」
「無難にじゃダメだよ。ちゃんと琴葉が喜ぶ顔が浮かぶようなもじゃないと」
「琴葉って何をしてる時が嬉しそうかな?」
「うーん、歌ってる時とか、嬉しそうだよね」
「それは嬉しいというか、楽しそうだよね。あっ、前に陽向がギター弾いてみんなで歌った時はすごい嬉しそうじゃなかった?」
「それは確かにそうかも。じゃあ今回もみんなで歌をプレゼントするか」
「また僕が中心になっちゃうけどいいの?」
「確かに、陽向は絵も描いたんだもんな」
「まあ、琴葉は陽向から多くもらえるなら嬉しいんじゃない?」
「うーん、じゃあ三人も手紙を書いてよ」
「あ、いいね。別に無難にとかじゃなくて、それもやるっていうのは良い案かも」
「じゃあそれで決定!でいいかな?」
「うんうん、良いと思う」
「じゃあ問題は、何の曲を歌うかじゃない?」
「そうだね〜陽向、なんか良い案ない?」
「うーん。あ、あるかも。この曲、どうかな。琴葉が引っ越すって分かってからずっと聞いてるんだよね」
そういいながら、その楽曲の再生ページを開いて三人に見せる。
「あー、これ知ってる!良い曲だよね。私は良いと思う」
「私も」
「俺も良いと思うよ」
三人の賛成を受けて
「あ、じゃあさ、せっかく今日集まったしちょっと練習してみちゃう?」
一果の提案に他の三人で両手を挙げて賛成をする。
「あ、でもどうしよ。ギターとか楽器が無いよ?」
「そんなの学校に忍び込んで取ってくるしかなくない?」
朱莉がニヒルな笑みを浮かべる。
「面白そうじゃん、やろうよ」
「え?本当に?」
「うん、やるしかなくない?誰もいない学校に侵入ってなんかワクワクするじゃん」
なんかみんなが乗り気になってきてしまったので僕も仕方なくそれに従う。
公園から学校は歩いて五分ほど。ひとまずいつもの第二音楽室に近い裏門前にやってきた。門の脇にある小さな柵を乗り越えて侵入、いや、登校する。
渡り廊下の所から校舎に入り、そのまま一階の音楽準備室に入り、アコギとカホンを一つずつ取ると四人で身を潜めつつゾロゾロと校舎を後にした。
「はー、なんとか出てこれたね」
「ね。先生だか警備員だか分からないけど誰かいたからビクビクしたわ。流石に見つからなくて良かった」
「はやく公園戻って練習やろ!」
「そうだね。頑張って早くマスターしよう」
公園に戻り、僕はベンチでギターを抱え、一樹はカホンに跨っている。一果と朱莉は地べたに座り込み、四人で円になる。
僕がスマホで琴葉に教えてもらった、ギターのコードが簡単に分かるサイトを開く。
それを見ながらまずは一音ずつ、ゆっくりと確かめるように鳴らしていく。他の三人は誰がどこを歌うかなどを話し合っている。既に楽しい。
ひとまずAメロまで辿々しくも弾けるようになったところで、通してやってみる。
まずはイントロ。右手を忙しなく動かしながら、左手では何度かコードチェンジをする。こんなことを易々とやってのける琴葉は凄いと改めて感じる。
Aメロに入った。僕がまだ歌まで歌えない代わりに一果が歌ってくれている。今回の曲はバレーコード(琴葉が教えてくれたが、特に難しいらしい)が多く含まれているので、中々綺麗に音を出すことができない。それでも何とかリズムを落とさないように食らいついていく。
「はーっ、指が痛い!」
「本当にギターやってる人って凄いよね。よく指痛くないなって見るたびに思うよ」
「本当だよね。僕も今めっちゃ痛い」
「あと、陽向そんなに焦ってテンポ合わせなくて良いと思うよ。琴葉も少しずつ原曲に合わせていくって、初めはゆっくりで良いよって言ってた気がする」
「そうかあ。確かに焦ってたかも。少しずつで頑張ってみるかな」
「まあ時間はまだあるし、ぼちぼちでいいんじゃない?それに、たとえ上手くいかなくても、琴葉なら陽向の頑張ってる姿だけで泣く気がするな〜」
「何その親バカみたいなの!まあちゃんと見せられるものにできるようにするよ」
「そうだね。それが一番」
「あとさ、琴葉との最後の日はちゃんと笑ってお別れしたいな。悲しくバイバイなんてみんなが嫌だよ」
僕がそう言うと三人はうんうんと深く頷く。
「もちろん、その為にも今から笑顔で別れられる為の準備をしているんだから」
「確かに。そうだったね」
「はー、今から琴葉の驚く顔が楽しみだ」
「そうだね」
「どうする?お腹も空いてきたし、そろそろ帰らない?」
「そうだね〜あっ、もう一回校舎に入らなきゃいけないのか〜疲れるなあ」
「まあ、大丈夫だよ」
「本当に?」
「たぶんね」
「不安だな」
「お昼はみんなどうするの?」
「今日は家かな〜」
「え〜みんなでどっかで食べないの?」
「この町にみんなで食べにいくところなんてそんなにないでしょ。どこいくつもりだったの?」
「うーん、一果んちとか?」
「私の?今日は一人分のお昼しかないよ〜」
「えー残念だな〜」
「とにかく、一旦ギターとか戻してこないと」
「じゃあ陽向、一人で行ってきて」
「僕?みんなで行こうよ」
「犠牲は一人で十分だもん」
「うわっ、酷いな〜じゃあ、ジャンケンで犠牲を決めよう」
「えー?私ギターとか使ってないよ」
「まあまあ、二人とも」
「なに、一果はジャンケンでいいの?」
「私は別にいいけど?」
「しょうがないな〜そうするか」
「よし、じゃあ、やるよ。いい?」
「うん」
「おけ」
「はーい」
「最初はグー」
「「「「ジャンケン———」」」」
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