第27話 失踪と疑惑
「えっ、
顔見知りの若い刑事から聞いた話に驚きを禁じえなかった。
「はい、隣の
「そんなことって……。彼女を抱きかかえたことがありますけど、ちゃんと体重も温もりもあって幽霊ってことはないはずですが……」
そんな馬鹿なことがありうるのか。女性と寝た翌朝に怒鳴り込んできて、一緒に遊園地へ行った
「そうは言っても、見つからんものは見つからんわな」
年配の刑事がぶっきらぼうな口調だ。
「まさか盗聴していた柴田の野郎が誘拐したなんてことは……」
「それならあんたのところに電話があるはずだろう?」
「いえ、
「いちおう盗聴していたやつは、現在うちの課員がマークしている。もし誘拐されていたとしたら彼女の監禁先へ立ち寄りそうなものだがそれがない」
それじゃあ
「外国へ出た可能性は?」
「それがパスポートを作った形跡もないんだ」
警察が行方を追うものの、姿さえ見つけ出せないなんてことが、今の日本でありうるのだろうか。
「だとすると、警察の手が及ばない国内のどこかで今の仕事をしているか、誘拐されて監禁されているか、もしくは──」
「殺されているか……だな」
「そんな、殺されているって……いったい誰が手を下したんですか」
「あくまでも可能性だが、盗聴野郎かもしくは……」
「もしくは?」
「あんただな」
あまりにも唐突な話だ。
「私、ですか? そんな馬鹿なこと絶対にありません」
「じゃあなぜ急に女付き合いが変わったんだ? あんた、以前は毎日のように女を連れ込んでいたらしいな。なぜそれをやめたんだ?」
「ある人を抱いたときに、忘れられなくなったからですよ。それ以外にありますか」
「ある人を、ねえ」
疑いの眼差しが注がれる。なぜ俺が疑われなければならないんだ。そもそもトラブルがあったとしたら盗聴野郎の線が濃厚だろうに。
「その女と関係を持って、お隣さんが邪魔になった、と」
「見当違いもいいところです。
「ほう、そうかいそうかい」
まったく聞いていないような投げやりな態度だな。このまま疑いを広げらけては、やってもいない犯人に仕立てられかねないな。ではどうするか。
「しかし、昨日のあんたは彼女の
「確かに会社仲間の女性ふたりと遊園地には行きましたが」
「そのふたりと付き合おうにも
「絶対に違います! 彼女たちは私が気になっている方々で、
「だからすまねえが家宅捜索させてもらうぞ。おい、令状を見せてやれ」
若い刑事が背広の内ポケットから捜索差押許可状俗にいう捜索令状を取り出して読み上げる。終わった頃を見計らって警察関係者が同じフロアへ大挙して現れた。そして家宅捜索が始まった。
だが書籍や書類の類はあまり置いておらず、情報が詰まっていると目されたパソコンとスマートフォンが押収されたくらいだった。仕事に差し障りがあっても有無を言わせない。
なぜこんなことになったんだ? なぜ
家宅捜索は
そもそもなぜ彼女が姿を消したのか。最後に会ったときはあんなに親しげに話していたのに。やはり盗聴野郎の柴田が誘拐したのか?
それならなぜ俺を脅迫しに来ないんだろうか。
彼女から中継器が取り外されただけでなく、俺の部屋に仕掛けられていた盗聴器自体が取り外されているのがわかったから?
それで焦って盗聴器を知る人間を消そうとしているのか。
可能性が次々と挙がるが、どれも確信を抱くには至らなかった。ある程度捜索と押収が進んだ頃、年配の刑事がやってきた。
「あんたにしても彼女にしても、生活感がほとんどないな。押収するものもダンボールひと箱しかない。彼女の場合着るものもほとんどない状態だ」
「彼女は隣の部屋へ寝に帰っているだけだと言っていました。だから衣服や食事は別の部屋を借りていたのではないですか? もしくは実家で着替えていたとか……」
「で、あんたは彼女の別の部屋や実家について、なにか聞いているのか?」
「いえ、まったく」
「確証のない推論は時間の無駄だ。俺たちは押収したものを分析させてもらおう。パソコンは削除したファイルもすべて復元させてもらうぞ」
「それで私の疑いが晴れるのならかまいません。ただ仕事に必要なので、なるべく早く返却いただきたいのですが」
「まあ捜索に協力的だし、たしか部長昇進が決まっていたらしいな。仕事の足を引っ張らないように取り計らってやるよ。もし俺たちの見立てが間違えていたら、あんたの人生をめちゃくちゃにしかねんからな」
「よろしくお願い致します」
一刻も早く、彼女の居場所を掴んで身の安全を図ること。
それまで警察へ全面的に協力して出し惜しみしないと誓おう。
「うそっ、
「ああ、警察が今朝うちに来て家宅捜索していったよ。だから会社にも来るんじゃないかなと。関係者として真弓と理乃さんも挙がっていたから、ふたりにも迷惑がかかるかもしれない」
「私はかまわないけど、理乃さんだいじょうぶかな? あまり気の強いほうじゃないから。もし雄一の彼女のひとりとして疑われているのだとすれば、取締役会に顔を出しづらくなるかも……」
真弓が誘拐したり殺害したりするとは考えられない。正々堂々、正面切って戦いを挑むのが彼女のスタイルだからだ。
では理乃さんが? それも考えづらいな。
お化け屋敷で腰を抜かすような人が、
もちろんふたりとも協力者がいれば別だが。そこで重要人物として俺が疑われているわけだが。たとえ誘拐や殺害の実行犯でなくても関係していたとすれば。警察が俺を疑う理由もわかろうものだ。
「俺は真弓も理乃さんも、
「こうなると、やはり盗聴野郎かな?」
「盗聴器を見つけたときに、刑事がうちのマンションの半径五十メートルほどの木造アパートに住んでいるって言っていたな」
「その場所に覚えはあるの?」
「いや、まったく。それにへたに地図アプリを使おうものなら、それを
「それなら足を使って見つけ出すまでよ」
「ちょっと待て。警察が盗聴野郎をマークしているんだ。もし誘拐されたのなら警察が見つけているはず。その連絡がないとなると最悪殺されているか……」
「怖いこと言わないでよ。知人が殺されたなんて考えたくもないわ」
俺も考えたくはなかった。
しかし行方の手がかりがいっさいないのであれば、どこかで情報が途絶えたとしか考えづらい。
問題は「誰が」「なんのために」行なっているのか、ということだ。
「室長、警察の方がいらしております」
「わかりました。こちらへお通ししてください」
「高石さんはこちらにおいででしたか。総務企画課にはいらっしゃらなかったので家宅捜索の許可をいただきたいのですが」
若い刑事が捜索令状を懐から取り出した。
「このぶんだと他にも捜索令状を取っているんですよね。ご案内致します」
隣のブースにある理乃の秘書室へと刑事を案内した。秘書がなにごとかと驚いていたが、事情を説明して警察は執務室へ踏み込んでいった。
「えっ、
「そうなんです。私たちにはやましいところはありませんから、提出できるものについては協力していただきたいそうです」
「……そう、ですか……」
彼女の目がわずかに泳いでいるような気がする。やはりなにか隠しごとがあるのだろうか。
「……私ができる範囲で協力致します」
「まったく。スケジュール帳まで持っていかなくてもいいじゃない。これじゃあ常務のアポイントメント管理ができないじゃないの!」
「まあ、それで
ランチタイムに屋上でふたりと一緒に集まった。
「……無事でいるとよいのですが……」
「どうも刑事さんは俺がふたりと組んで、邪魔になった
「なんでそうなるのよ! これだから警察なんて役に立たないのよ。盗聴犯を野放しにするからじゃないの? 絶対そいつが犯人よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます