第12話 スタートライン
遊園地から帰ってきて、俺の部屋に
亡くなった彼氏に似ているということもあったが、毎朝怒鳴り込まれる生活の実態も知ってもらいたかったからだ。
この部屋に女を招いたら、いつもどおりワインやハイボール、レモンサワーあたりでもてなしたかったが、彼女はアルコールが厳禁だったな、と思い出した。
でも喉を潤すのに水だけでは味けないので、冷蔵庫に入っているオレンジジュースを振る舞った。
「男性のひとり暮らしにしては綺麗な部屋なんですね」
「そうですか? これくらいが当たり前だと思いますが」
「いいえ、カレの部屋はゴミが散らかり放題でしたよ」
即答は避けた。
「実際のところを教えてほしいんですけど……」
「実際のところ、ですか?」
「あのフランス料理店で飲食していた女性を連れ込んでいた件についてです」
ちょっと答えづらい質問が飛んできた。
慎重に言葉を選んで答えないと失望されかねない。彼氏へ寄せる彼女の心情を害したくなかったからだ。
「やはり、あそこで見繕って連れ込んでいたんですよね?」
「それは違いますよ。他で意気投合した女性と夕食するために利用はしていましたが。だからあの店が入り口ではなく、単なる経由地でしかないのです」
「経由地、ですか」
不思議な顔をしている。ちょっとわかりにくかったかな。
「はい。毎晩別の女性を連れ込んでいたのも、あくまでうちの女子社員や取引先の女性というだけであって、あの店で女をとっかえひっかえしていたわけではないんです。基本的に自炊主義ですので、外で食べるにしても味やサービスで信頼できる店を知らないんですよ。だから旧友が経営しているあの店を使っていただけなんですよ」
「あのお店は旧友が経営されている、と」
「ええ。だからあそこで女性と飲食したからといって、必ずしも連れ込んで一緒に寝ているわけではありません。そのまま相手をタクシーで自宅まで送って、そこで解散、という日も多いんですよ」
「てっきり、究極の女たらしだと思っていたのですが」
「それほど器用な男じゃありませんよ。寝ているのは全員見知った相手なんです」
まあすぐに信用するのは難しいだろう。女を日ごと変えている事実に変わりはないのだから。
「カレが亡くなったと知ったとき、私はカレに会いに行って、葬儀にも参加したんです。でも、どうしても亡くなったと信じきれなくて。それから夜になるとお酒が飲める店を適当に選んで行ったんです。元々アルコールに弱いので、少し飲んだだけで酔っ払ってしまいますが」
本当にアルコールに弱いんだな。それなら男と一緒に酒なんて飲めないだろう。とくに女たらしと一緒になんて絶対ゴメンなはずだ。
「実はそんなときに、あるバーであなたを見つけたんです。カレにそっくりで、同じように女性にやさしくて。ああ、カレが本当は生きていたんだって。そのとき、なにか運命めいたものを感じました」
「それで後をつけて、隣に引っ越してきたわけか」
「はい。本当に身勝手でごめんなさい」
「理由がわかれば怒る気にもなれませんよ。もし私に結婚を約束した女性がいて、急死してしまったら。そしてよく似た人が男と致しまくっていたら。いい気はしないでしょうからね」
それより、と前置きした。
「アルコールが苦手なのに、毎晩飲んでいて体を壊しませんでしたか? 飲めない人が急に飲むと肝臓を壊しやすいんですけど」
「……ええ、だいじょうぶです。本当に少し飲むだけで酔ってしまうので。ワインが一杯あればじゅうぶん酔えますので……」
そういえば理乃もワイン一杯で酔っ払っていたっけ。
自分がけっこう飲むほうだから、女性を酔い潰さないかに気がまわりすぎていのかもしれない。潰れてしまったらヤレなくなってしまうから。
お酒を飲むのが目的じゃない。その後のプレイが目的なのだ。
だから酔わせる程度にコントロールして、潰れないよう気を
秘書室長の真弓はたいへん酒に強かった。
だが、彼女は最初からプレイが目的だったから、ほろ酔いぎみでも部屋へ誘えたのだ。
逆に理乃は「酒に弱い」と聞いていたので、味を楽しめる年代物のワインを一杯飲んだだけ。それでじゅうぶん酔わせられた。
「話の続き、いいですか?」
問いかけへ気軽にイエスと答えた。
「あなたがたいへんな女好きだとわかって、とてもショックを受けたんです。カレは私一筋でしたから。他の女の気配すらありませんでした。親御さんにも早々に面会したくらいですので……」
「魂の伴侶を得たり、といったところだったのかな、彼としては。
顔をぶるんぶるんと左右に揺すぶった。
「私、なにをやらせてもまったく駄目なんです。料理も洗濯も掃除も。この部屋を見ただけで、ああ負けたなって思いました。奔放なあなたのほうがきちんとした生活をしていて、意固地になった私がずぼらなのですから……」
「それなら
「もう男性を部屋に招くつもりはないんです。どうしてもカレを思い出してしまうので。とくに外見の似ているあなたなんか呼んだら、なにをしでかすか自分でもわからなくなりそうなんです」
それで部屋に招きたくなかったわけか。
だがこれが盗聴をはぐらかしてのセリフと考えられなくもない。
盗聴器を仕掛けるにしても、彼女を招いたのは今日が初めてだ。
管理人立ち会いのもと入室した可能性がなくはない。でもそれなら管理人から後で断りがあって然るべきだ。
だから彼女はこれまで入ったことがないはずだ。ではなぜ彼女の寝室にこちらの声が伝わっていたのだろうか。
そのせいで
しかし彼女の部屋へ入るわけにはいかない。少なくとも、彼女は入ってほしくないようだし。
「これは本当にわがままなんですけど……。高石さんにはもうここに女性を呼んでほしくはないんです。もう毎朝訴えにくるのも嫌ですので。あなたが毎晩していたとき、私はいつもカレに裏切られた思いを抱いていたんです。あなたにとってはそれが日常でも、私は耐えられなかった……」
女からここまで哀願されては、気持ちが萎んでしまう。
これまでの己の生活そのものに駄目出しを食らっているようなものだ。
遊びの女性を招くつもりは最近ではなくなっているのは感じる。
それが誰のせいなのかはよくわからない。
最初は理乃だろうと思っていた。しかし
「約束はできない。でもできるだけ控えるようにはするつもりだ。最近は女性と寝ていないしね。『同じ女とは二度と寝ない』という主義があるし、手をつけられる女性とはあらかた致してしまっているんだ。だからこれから致すとしても結婚を意識した女性くらいだと思っている」
さすがにこれは言いすぎかもしれない。
真弓からは会えば必ず夜のお誘いを受けている。
理乃から誘われたらどうするかはまだわからない。彼女に対して自分の気持ちが整理できていないのだ。
「結婚したいほど好きな人……、いらっしゃるんですか?」
「今のところはいない、かな。これまで結婚を意識して付き合ったこともないし」
「それってケダモノ以下ですよ」
口角が引きつり乾いた苦笑いを浮かべている。
こんなに弱っている姿からはとても「あの
「いやケダモノは人間以下だろうね。楽しむためにするんじゃなくて、次の世代が環境に適応できる種を残すためにするんだから。やっぱり致すなら気持ちよくないと。
「カレとはきちんと愛を育んでいました! 気持ちいいからするだけのあなたとは大違いよ!」
ちょっと言い過ぎを装ったセリフに、
「それがいつもの
「それってどういう意味ですか!」
その様子ににやりと笑みを返した。
彼女はそれに気づいてバツが悪そうな顔を浮かべている。
軽く居住まいを直すと、彼女は真剣な顔になっていた。
「あの……その……、なんか言いにくいな。えっと……もしよろしければ、お付き合いしてください」
その言葉に面食らってしまった。
まさかこんな展開になるとは思わなかった。
「急でなんですよね。高石さんの都合もありますし。私と付き合ったら他の女性とも付き合えなくなりますし」
あ、そういう意味か。そんなことを口にした理由がわかった。
「つまり、カレと似ている私が他の女性と寝ているのが許せない。それならいっそ自分と付き合って他の女性を遠ざけてしまおう、ということですね」
「えっ、いや、その、そういう意味では……」
どぎまぎしているさまを見て確信した。
だがこれ以上追及すると彼女としても立場がないだろう。
「正直に言いますね。
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