第11話 お化け屋敷
「では、いよいよお化け屋敷に行きますか」
浮かれた態度で
「え、ええ……。どうしても行かないと、駄目?」
どうも顔色が冴えないな。
「ジェットコースターのように苦手なら他に行くけど。他にはパラシュートとかバンジージャンプとか──」
「お、お化け屋敷でいいです!」
慌てている姿がかわいいな。
思ったとおりダイブ系も苦手なようだ。それならなぜ遊園地へ来るのだろうか。
観覧車が好きという理由だけで訪れるには料金が高すぎるような気もするが。
「嫌ならメリーゴーランドでもいいけど」
「いえ。お化け屋敷でだいじょうぶです」
なにかに踏ん切りをつけて宣言しているようだった。
お化け屋敷が苦手なら素直にメリーゴーランドを選べばいいはずなんだけど。
「もしかして苦手とか?」
「得意な女子は少ないと思いますけど……」
「ま、それもそうか。ではまいりますよ姫様」
右肘を曲げて
まだ行列に並んでいる段階ではあるが、他も女が男に絡みついているのだから、きっとこれでいいのだろう。
声をかけようと思ったのだが、なにやら思いつめたような表情をしている。
不安なことでもあるのだろうか。
まさかこの女たらしにすがりついたら後が怖い、とでも考えているのかな。
「目を見たら妊娠する」くらいだから、怖がって腕を引っ張ると五つ子が出来るくらいに思っているのかもしれない。それならこの必死さが理解できるような気もするな。
入り口に近づくほど、アトラクションの中から女の悲鳴が散発的にあがってくるのがわかった。
ここは緊張をやわらげるためにボディータッチでもするか。と思ったがよくよく考えれば右腕を掴まれているので他の場所が触れる体勢ではなかった。
もし触れられたとしても、不安に陥っているのを利用してなし崩し的に触りでもしたら「女たらし」の印象がさらに悪くなってしまうだろう。
今日は真摯な態度で接しなければいけないのかもしれない。それならなおのこと来場してからすぐ強引にジェットコースターへ誘うんじゃなかった。
いよいよ順番がまわってきた。
さぞ震えあがっているだろうと顔色を
どうやら覚悟を決めたようだ。
「さて、まいりますよ、
ひとつ大きくうなずいてくれた。
外にいたときから聞こえてはいたものの、中に入るとさらに女の悲鳴があちこちで大きく響いていた。
「怖くなったら後ろに隠れてくださいね」
微笑みかけると少し戸惑っているようだ。
まさか日頃
こちらもできるだけ紳士として振る舞うよう心がけるとしよう。
たいていのお化け屋敷はスタートからゴールまで、ただ歩いていくだけでよい。中には分岐が用意されているところもあるが少数派だ。
そもそも分岐など作ると、変化は味わえるが人件費が余計にかかってしまう。
お化け屋敷はコストパフォーマンスのよさから、遊園地で採用されているのだ。
だから無駄な人員を配することはしない。ここもそんなルールで運営されているのだろう。
まずは暗闇に慣れていない客へ突然白服のお化けが現れた。
キャッと言うや否や俺の後ろに隠れていく。怖がる
彼女としてはもう少しやさしくされたほうがいいのかもしれない。
だが、お化け屋敷は客がある程度離れると役目を終えて引っ込むことになっている。つまり怖ければ怖いほど先へ進むべきなのだ。
そのあとも火の玉が飛び出したり、こんにゃくが降ってきたり、足元が水を含んだスポンジで不安定にさせられたり。さまざまな仕掛けが繰り広げられる。
そのたび後ろへ隠れる姿は、リスのようにかわいかった。
そろそろ出口も近いかな、と思われたとき。あまりに怖すぎて驚いたのかその場で泣き崩れてしまった。
こうなってしまうと、もうお化け屋敷を楽しめる雰囲気ではない。
抱えてでも外へ連れ出さないと後ろがつかえてしまうだろう。
問題は抱きかかえでもしたら後から「女たらし」だの「触ったら妊娠してしまう」だの散々に言われてしまいかねない。
だが泣き方が尋常ではないと判断して、そばに落ちていたショルダーバッグを拾い上げる。そして、失礼と断ってから抱えあげてそのまま出口へと急いで向かう。
そのまま出口から外へ出ると、近くの
様子がおかしい。
お化けが怖くてパニックになる女は見てきたが、どうやらそれだけではなさそうだ。
泣きやむまで、彼女の手を両手で握り続けることにした。
ここまで激しいパニックでは、現状に安心しないかぎりけっして泣きやまないだろう。
周りからは女を泣かせている最低な男に見えるはずだ。
たとえそうであろうと、泣き崩れている女をひとり置いて去っていくことなどできやしない。
しかしベンチでただ待っていても状況が好転するようには見えなかった。
そこで一計を案じ、再度彼女を抱えあげて観覧車まで連れていった。
大好きな観覧車に乗れば、そしてふたりきりになれば、きっと泣きやんでくれるだろう。
日が傾いてきて、夕景を眺めに来た男女が列を作っている。それでもかまわず、彼女を抱えあげたまま列に加わった。
「もういいわ。下ろして」と
だが無視して抱きかかえ続けた。
そして観覧車に乗ると彼女を向かいの席に座らせた。
泣きじゃくってはいるものの、お化け屋敷でのパニックはすでに収まっているように見えた。
なぜ泣き出したのか。
聞こうとする気持ちがなくはなかったが、ここは黙って見守るだけがいいだろうと判断した。
話したくなったら口を開いてくれるはず。
話せないのだとしたら、それは一緒にいる人物を信頼できないのだろう。
それならそれでかまわない。
これ以上嫌われるよりも、今のままの距離感でいてくれたほうがはるかにマシだ。
この場面、聞くほうが野暮というものだった。
ただ黙って外の景色を眺めることにした。
黄金色に輝く街がとても美しく感じられる。
それに釣られたのか少しずつしゃくりあげる声が小さく、そして少なくなっていく。
観覧車が頂上へ着こうかというとき、彼女が口を開いた。
「ありがとう」
聞かないふりをして、街を眺め続ける。数秒待った。
「カレが自殺したの。ここのチケットもそのカレのご両親からもらったもの。形見にって……」
黙って話を聞こう。
「カレと私、結婚しようって話していたの。でもその矢先に自殺してしまって……。その原因は私じゃないかって……。そう思ったら私も生きている資格がないんじゃないかって……。訃報を聞いた日、なにも手につかなくて……。あてもなく街をさまよい歩いていたときにあなたを見かけたの」
視線が注がれているのを感じて彼女に向き直った。
もとから薄化粧だったおかげか、あれだけ激しく泣きじゃくっていたのに、ほとんど化粧が崩れていない。
「そこからあなたを尾行して、あのマンションで暮らしていると知ったの。それで管理人さんに学生時代の旧友なんですって。そして住んでいるところを探しているって言ったら、たまたま隣の部屋が
こうなると彼女が盗聴しているのを明かしたようなものだ。
少し腹が立ったものの、話は最後まで聞いたほうがよいだろう。
盗聴に怒るとしても確証を得てからだ。
もし疑惑の段階で怒ってしまっては、彼女のメンツを潰しかねない。
「だから隣へ越してきたんです。そうしたら夜になると女性の
ん? それだと彼女は盗聴していないのではないか。
声が筒抜けだったのは引っ越した当日からということになる。
少なくとも防音設計のマンションで壁に耳を当てても声なんて聞こえてくるはずがない。
よほど増幅しないと不可能だ。現に彼女の部屋の物音が聞こえてきたことは一度としてない。
「しかも女性の声が毎晩違っていて……。カレに似た人が多くの女性と寝ているなんて考えたくもなかった。だから毎朝あなたにつらく当たったの……。ごめんなさい……」
盗聴は関係なかったようだし、彼女の立場になれば自分でも同じことをするかもしれない。
謝られても怒るいわれはなかった。
「でも、最近女性を連れ込まなくなって、安心して。だから今日許してあげようと思って。カレの遺品だったこのチケットで謝罪しようと思って」
彼女が真剣な眼差しで見つけてくる。
それをけっして外さないように見つめ返す。
「でも、駄目だな……。あなたを見ていると、どうしてもカレが浮かんでしまって……。そんなの高石さんにも悪いし……」
彼女の中でなにかが吹っ切れたようだ。
「今までご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
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