第15話 違法装置探索

 あれから部屋に警察の応援と鑑識がやってきた。


 電波をたどって、ベッドの周囲から三台の盗聴器が発見された。ベッドの下からは一台、他にコンセント周りで二台見つかったのだ。これで計六台。

 誰が仕掛けたものなのかを調べるため指紋採取が行なわれた。もちろん俺の指紋とも照合されたが一致しなかった。紡木つむぎさんの持ち物からも照合されたがこちらも一致しなかったそうだ。

 やはり彼女の仕業ではなかった。


 盗聴器の存在は確かめられたのだが、紡木つむぎさんの部屋に仕掛けられている受信器を探すのにかなりの時間をかけていた。

 部屋のどの位置から盗聴音声が鳴っているのかを特定しなければならず、盗聴器ごとに根気強く探索が続けられていた。


「これで私も紡木つむぎさんも被害者だったとわかりましたね」


 そうなのだ。盗聴されていた俺が被害者なのは事実だ。

 しかしその盗聴音声を毎晩聞かされ続けた紡木つむぎさんも、盗聴被害に遭っていたと言っていいだろう。


「高石さん、たいへん申し訳ございませんでした。私がもっと丁寧に修繕させていればご迷惑をおかけせずに済みましたものを……」

「私はかまいませんよ。どうせ性に奔放なのは事実でしたので。それに修繕をしていてもいくつかは見逃されていた可能性も高いですし。ですが、女性との夜の営みを聞かされ続けた紡木つむぎさんには、謝るだけで済むかどうか」

「オーナーに連絡致しまして、以後の処置に万全を期しますので……」

「そこまでご迷惑をおかけしても申し訳ないので。少なくとも彼女の心のケアだけはしっかりと措置がとられるようお願い致します」

「はい。それは間違いなく。このマンションの信用にかかわりますので、必ずケアさせていただきます」


 そんなやりとりを聴いていたのか、応援でやってきた若手の刑事が受信器と思しき機械を持って近寄ってきた。

「高石さん、これがあなたの部屋に仕掛けられていた盗聴器で、こちらが女性の部屋に仕掛けられていた受信器です。六台ずつあります。これですべて取りきったと思うのですが、念のため最後にこの部屋から盗聴電波が出ていないか一緒にご確認くださいませ」

「わかりました。お願い致します」


 刑事がテレビをつけると音声を上げ、鑑識が盗聴電波を探り始めた。

 自動で周波数帯を切り替える機器で探ったが、もう盗聴電波は発見されなかった。

「これでこの部屋の盗聴器はすべてとれたと確認できましたね。ありがとうございました」

「あとは女性の部屋にこれ以上受信器や盗聴器がないか、管理人さんと一緒にご確認くださいませ」

 管理人に従って彼女の部屋にあがり込んだ。ゴミなどどこにも転がっていない、とても綺麗な状態だった。

 あまりにも整然としすぎていて、かえって生活感のない部屋である。


 鑑識が盗聴電波をチェックし、盗聴器は発見されなかった。あとは受信器が残されているかどうかだ。

 受信器は電波を発しないので発見には苦労する。

 しかし、盗聴電波を音声にして出力しているので、電波の周波数帯に音を流し続ければ反応するのだという。

 入念に確かめられたがついに受信器も発見されなかった。

「管理人さん、少しよろしいですか」

 刑事が呼んで確認をとっている。こことここに受信器があって、こことここにもあった、という会話が繰り広げられていた。

 彼女のベッドが揺れていた原因も小耳に挟んだ。なんと大きなウーハーがベッドに据え付けられていたのだという。重低音を拾って増幅させたものをベッドで響かせる。それだけで、音に反応してベッドが揺れたのだろうか。

 そばでは鑑識や警察が動きまわって部屋を片づけ始めていた。

 もう探索は終わったのだろう。

 ということは刑事が管理人を呼んだのは、すべての作業が終わったことの確認をとるためか。



 女性の部屋に入るのはずいぶんと久しぶりだ。入社してからはよく女子社員の家まで行って致していたものの、昇進するにつれこのマンションに連れ込むようになっていた。

 思えばその頃から隣に住む柴田が「田舎から送ってきた」といって果物を差し入れに来て、程なく仲良くなって彼を部屋にまねき入れてしまった。

 今考えればうかつとしか言いようがない。

 女性を連れ込んでいる部屋に部外者を入れたら、最悪録音されて脅される可能性すらあったのだ。

 気のいいヤツだと思っていただけに、盗聴されていた衝撃は大きかった。

 これで男性不信に陥って女に逃げ込んだら滑稽こっけいというほかない。


 あまりにも退屈なのでそばにいる刑事と話でもしようかと振り返って気がついた。

 女性の部屋を詮索せんさくするつもりはなかったが、ベッド脇に男と紡木つむぎさんが並んでいる写真が飾ってあった。

 これが元カレか。けっこうひ弱なタイプなようだ。俺ってこんなにやわに見えるのかな。


「これ、あんたじゃないって本当か?」

 管理人と話していない年配の刑事が手持ち無沙汰なのか尋ねてきた。

「ええ、私の部屋を探していただいてかまいませんが、このような服は私の好みではありませんので」

「しかし、写真の男のほうがカッコいいと思うけどな。あんたが女たらしというのも嘘じゃないかと思っちまうわな」

 あんたがどう思おうがそれは勝手だ。

 だがその言葉を抱かれた女性が聞いたら顰蹙ひんしゅくを買うだけだろう。

 誰かより格下の男と寝たのだとさげすまれているように感じるはずだからだ。


「それにしても、本当にここで女性が生活していたのか?」

「生活していなければ隣室の声に気づきようもありませんが」

「そりゃそうだが、あまりにも綺麗すぎる。なにかの取引にでも使われていたように感じてしまうな」

「刑事のカンですか?」

 仏頂面ぶっちょうづらで返す。

「あまり気を悪くせんでくれ。ただここまで生活感がないと、他の目的で借りていたような印象すら覚えてな」


 言われてみれば、ゴミ箱の中にゴミはないし、床には塵ひとつ落ちていない。脱衣所に置かれた洗濯カゴには下着なども入っていなかったし、ベッドにはしわひとつついていない。台所に向かうと水切りしている食器がひとつもなかった。

 女のひとり暮らしでここまで綺麗にできるものだろうか。


 紡木つむぎさんはなにかを隠している。


 そう感じてはいたものの、追及する気にはなれなかった。

 俺だって詮索せんさくされたら楽しいはずがない。

 彼女にだって詮索せんさくされたくないことくらいあるはずだ。

 とくに元カレについてはできるだけ知られたくなかっただろう。


 盗聴とはいえ、本人に黙って部屋にあがってしまったことを後悔した。

 とりあえず、今日は盗聴器と受信器の発見が収穫なくらいで、反面申し訳なさが募ってきた。

 ここまでずかずかと室内を見てまわったものの、これ以上女性の部屋を本人に無断で見るのは忍びなかった。

 もう自室に戻ろう。玄関で靴を履こうとしたそのとき、靴箱で見覚えのあるハイヒールが目に入った。


 なぜ彼女がこれを持っているのだろうか。

 女ものの流行には精通していないが、今はこれが流行っているのかな。

 どこのブランドのものかはわからない。中敷きか靴底にロゴがあるのかもしれなかった。

 だがもしかしたら、これを見られたくなくて今まで部屋にあげてくれなかったのかもしれない。

 そう考えると部屋が汚いと嘘をついた理由にもなるが……。


「刑事さん、管理人さん。私は自室に戻ります。ご用がございましたらそちらへお願い致します」




 これでもう彼女に気兼ねなく女性を連れ込めるな。


 以前なら確かにそう思っていただろう。

 だが紡木つむぎさんとの約束もある。

 それにまだ二度目を許せる気持ちにはなっていない。


 当面は紡木つむぎさん以外の女性は目に入らないが、そもそも彼女が退去したいと申し出たところから今回の騒動は発生したんだよな。


 退去の意志は固いのだろうか。


 夜の音にわずらわされる心配はなくなったんだから、もう安心して体を休める部屋になっているのに。


 それとも他に気になる女性がふたりいる、と宣言したのがまずかったのかな。


 紡木つむぎさん、前の彼氏にまだ縛られているようだし。

 女癖が悪いなんてこともなかっただろうし、俺に比べたらよほど安心してなんだって任せられる人だったはずだ。


 今度会えたら、他のふたりのことについてもしっかりと話し会おう。

 真弓は「紹介しろ」と言っていたが、坂江さんは難しいかもしれない。

 そもそもあれ以来まだ彼女と会えていなかった。

 彼女のことが気になっているのは確かだが、相手もそう思ってくれているかは今のところ不明だ。


 坂江さんに未練があるのだろうか。

 もしかして彼女とは本当に一夜の出来事だったのかもしれない。

 それなら、もう彼女を忘れたほうがいいのだろうか。



「高石さん、ちょっといいですか?」

「なんでしょうか、刑事さん」

「いや、ちょっと耳に入ってきたので確認に来ただけだ」

 なんだろうか。

「彼女、紡木つむぎ優子さんが退去したい、と管理人に申し出ていたそうだな。それで管理人が周辺に聞き込みしたら、あんたが夜ごと女を連れ込んでヤッていた、と。紡木つむぎさんがそう言ってあんたの部屋に怒鳴り込んでいたのを、何人も見ていたそうだが、事実か?」

「何名の住人が見ていたかはわかりかねますが、彼女が怒鳴り込んでいたのは事実です。ですが、その原因は今日取り除いていただいた盗聴器が原因ですよね。それさえなくなれば、もう彼女が退去する理由はなくなると思いますが──」

「本当にそうかねえ。毎日怒鳴り込んでくる彼女がわずらわしくなったから殺した──なんてことはないよな?」

「ありませんよ。第一、彼女とはすでに和解していましたから。最近女性を連れ込んでいなかったのは、音声でわかっていたようでしたので」

「ふうん、なるほどね。だがそれくらいで許せるほど信頼されていたのかね、あんた」

「まあ信頼はされていないんじゃないかな、と」

「俺も同感だ」


 年配の刑事は怖い顔を近づけてきた。しかしそれに動じるいわれもない。


「なるほど、あんたはシロだ。写真だけだが綺麗な女じゃねえか。幸せにしてやるんだな」


 言われなくともそのつもりだ。



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