第14話 疑惑
警察官と管理人が部屋から出てきた。
「中には誰もいませんでした。まだ帰ってきていないだけなのかもしれませんね」
「たしか朝方まで戻ってこない日もあったような……」
「なぜそのことをご存知なのですか?」
警察官から疑いの目が注がれる。
「その、とても言いにくいのですが。私が女性と致しているときの声が聞こえる、ということで毎日のように怒鳴り込まれていまして」
「その女性はこちらの、えっと
明らかにこちらを
だが、こちらに隠さなければならないことはひとつもなかった。
これまでの女性
「はい。ですが、たまに女性と夜を過ごしても現れなかった日があるんです」
「つまり、彼氏であるあなたが他の女性と過ごしていても、意に介さなかった日があると?」
「いえ、そのときはまだお付き合いをしていませんでした」
「それなのに怒鳴り込まれたら、普通ムカッとくるはずですよね。なぜそんな女性とお付き合いすることになったんですか?」
警察官の声から探りを入れているのがわかる。管理人もいることだし、正直に伝えたほうがよさそうだな。
「話をかなり戻しますがよろしいでしょうか。あと話が長くなりそうなので、廊下ではなくうちの部屋でお願い致します」
ふたりを部屋にあげ、管理人に出していたコップを洗ってから、ふたりぶんのミネラルウォーターを注いでテーブルに並べる。
「お気遣いなく」
まあ警察官は飲まないだろうなと感じていたが、まるっきり出さないわけにもいかないだろう。
「それで
「筒抜け、ですか? おかしいですね。うちは防音設計で建築しているので、声が漏れるはずはないのですが……」
この様子だと
そばにいるのが目的なのに、管理人に言えば追い出されるとでも考えていた可能性もあるな。
「話し終えてから実際に試してみましょう。おそらく私と彼女の関係について理解するには、そうしなければ難しいと思いますので」
「わかりました。それはのちほど行ないましょう」
ものわかりのよい警察官で助かった。
もし、こちらを疑っていたら、どこかへ連れ去ったか殺したか。そんな聞き方になるはずだ。
だが、おそらく
「彼女は私に自殺した恋人を重ねていたのだそうです」
「
「おそらく、それが元カレだと思います」
なるほど、と警察官がうなずいた。メモ帳を取り出して書き付けている。
そちらの線は別の者に調べさせるのだろうか。
「それで元カレに似た私が女性と致している声を毎晩聞かされて……。似た人が他の女性と寝ているだけでなく、夜通し致している声が聞こえてくるんですから、まあ怒鳴り込みたくもなるでしょう」
「それが事実なら、あなたは彼女を
ここでいいえと答えても益はない。かえって疑いの目を向けられるだけだ。
「最初はそう思っていました。防音のマンションで声が聞こえるはずがないと。それについては彼女に何度も説明していました。おそらくマンションの同じ階の方ならそのことを証明してくれるはずです。しかし彼女は『実際に聞こえる』と節を曲げませんでした」
「なるほど……」
「まあ、ある女性と寝てからは女性を連れ込まなくなりまして。で、それで
これです、と長財布から遊園地の半券を取り出した。
指紋を採取してくれれば彼女から渡されたものだとわかるだろう。
もしかしたら元カレの指紋も付いているはずだ。
「どうも、状況が理解しかねるのですが……」
「言っている私自身もあまりよくわかっていませんので。これまでの話はすべて憶測です。彼女の言い分を解釈するとそうなる、というだけで」
管理人と警察官は顔を見合わせるばかりだった。
「詳しいことは、この部屋の音が本当に彼女の部屋に聞こえているのかどうかでわかるのではないでしょうか。彼女が私を監視していたのか、本当に防音仕様なのに声が漏れていたのかも含めて」
「管理人さん、よろしければ部屋を細かくチェックさせていただきたいのですが」
「お願い致します」
「まず警察官である私が彼女の部屋に言って声や音を立ててみますので、聞こえるか確認願います」
「わかりました」
警察官が
しかしなにも聞こえてこなかった。管理人が隣の部屋に駆けていく。
ひとりでは味けないのでテレビでニュースでも確認するかと電源を入れる。
するとしばらくして管理人が警察官を連れて帰ってきた。
「高石さん、今テレビつけていますか?」
慌てた様子である。
「はい、ニュースでも観ようかと」
「その音が
「えっ、本当に聞こえたんですか? こちらからは管理人さんや警察の方の声はまったく聞こえなかったのですが」
「そうなんですよ。なぜだかわからないのですが、テレビの音声が聞こえていまして──」
管理人の慌てようはいかばかりか。
「防音設計とのことですが、実際にはこの壁に防音材が張られていない可能性がありますね」
「いえ、それはないでしょう」
きっぱりと断言した。これには警察官も驚いている。
「もし防音材が張られていなかったとしたら、
「ええ。高石さんとこの部屋にいる間、警察の方の声や物音は聞こえませんでしたから」
「音が一方通行になっている……ということですか?」
警察官は事態がよく飲み込めていないようだ。
「確かに一方通行になっている可能性があります。ですが建築物で音を一方通行にするのは難しいはずです。ですがこの仮説が正しければそれも可能です」
「その仮説とは?」
「盗聴です」
警察官が管理人と顔を見合わせて、再びこちらに目線を戻した。
「盗聴……ですか?」
「はい、その可能性が最も高いと、私はにらんでいました」
「しかし
「それは私も感じましたし、彼女の話しぶりからも意図的に盗聴はしていなかったようです」
「意図的ではなかった、と」
それはそうだろう。
「付き合い始めるまで、彼女を部屋にあげたことは一度もありません。それで盗聴器を仕掛けるには玄関の鍵をこじ開けるか、高さを無視してベランダ側から侵入するかの二択になります。どちらも一般の女性には不可能なのは明白です」
そうなのだ。
盗聴するには俺の部屋に入らなければならない。そのためには合鍵を作るか、管理人立ち会いのもとで入室するしかない。しかし俺は合鍵を作っていないし、管理人からも立ち入った報告を受けていないのだ。
だから彼女が盗聴器を仕掛けたとは考えづらい。
「ですが、前の入居者の男性なら何度か部屋に入れたことがあるんです。もしかしたらそのときに仕込まれた可能性はあるのではないか、と」
「前の入居者ですか……。たしか柴田さんでしたよね」
「管理人さん、彼が退去してからどのくらいの修繕をしたのでしょうか」
「次の入居者として
「ということは、どこかに盗聴器の電波を拾う機械が隠されているのかも……」
「前の入居者の男性──柴田さんでしたか、があなたの部屋に盗聴器を仕掛けていたのが事実だとすれば、じゅうぶん犯罪行為です。よろしければこの部屋と隣の部屋の調査を致したいのですがよろしいでしょうか、管理人さん」
「はい、かまいません。高石さんはいかがなさいますか?」
「こちらからもお願い致します」
盗聴器でダダ漏れになっているのなら、それさえ取り除けば
「わかりました。至急応援を呼びますので、それまでこちらで待機していてください。管理人さん、女性の部屋の前で待機してください。鍵をかけたままでお願いします」
警察官が無線機で管轄の警察署から応援を呼んでいる。
もし盗聴器が見つかったとして、彼女ではなく、前の入居者の仕業とわかるものかどうか。
へたをしたら彼女に要らぬ疑いがかかってしまいかねない。
なぜ彼女は帰ってこないのだろうか……。
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