エピローグ

エピローグ

 あれから一年。


 警察が会社に謝罪をし、俺たちの疑いが晴れてからは、これまで以上に仕事へ専念していた。


 そんななか、俺たち三人は常務執務室に呼び出されている。

「岡田、高石、坂江さん。折り入って話があるんだが」

 常務は今日も豪快なしゃべり方をしている。この人はいつも変わらないな。

「悪いんだが、全員わが社を辞めてもらうぞ」

「えっ、常務、どういうことですか! 私がなにか粗相致しましたか?」

 真弓が鋭い剣幕ですぐに常務へ食らいついている。

「いや、そうじゃないんだ。みんなもわが社と坂江取締役の会社との合弁会社が出来るのは聞いているだろう」

「はい、本日の社内報のトップ記事になっていました」

「さすが高石、情報のチェックがまめだな。いいことだ」

 ではなぜ会社を辞めなければならないのだろうか。

「いや、実はな。今度その合弁会社の社長に俺がなることになってな」

「常務、会社を辞めてしまうのですか?」

 俺たちがここまで出世できたのも、この常務あったればこそだ。

「それでな、取締役会で条件を出したんだ。そのひとつがわが社から何人か連れていってかまわない、という条件だ」

「それって、つまり……」

「移籍、ということになるな。坂江取締役には今まで口をつぐんでいただいて助かったよ」

「いえ、このくらいのことなら当然ですので」

 ああ、なるほど。取締役会で決まったことなら、優子さんも知っているはずだったな。

「それでうちの秘書室をまるまる向こうへ持っていくことになった。だから岡田、おまえも一緒に付いてこい」

「しかし常務。高石部長と別の職場になるのは……」

「だから高石もここを辞めて俺の会社に来てもらうんだよ」

「なるほど。だから高石部長にも辞めろとおっしゃったわけですね」

「それだけじゃないぞ、おまえら」

「常務、なにか企んでいらっしゃいますね。その目は……」

 常務特有のにんまりとした目つきである。

「高石もずいぶんと物わかりがよくなってきたな。そう、ただ付いてきてもらおうというわけじゃない。交換条件を用意してある」

「交換条件ですか?」

「ああ、岡田と高石はうちで取締役会に入ってもらう。つまりおまえらも取締役だ」

「それじゃあ、常務の、いや社長の秘書室長はどうなるのですか?」

「今の副室長に任せるよ。おまえは取締役のほうが実力を発揮できるだろうからな。坂江取締役と俺からの推薦だ」

「あ、ありがとうございます……。ですが秘書室の業務しか経験しておりませんが、それでもよろしいのですか?」

「なに、おまえには世間の常識をズバズバと語ってもらいたいだけだ。高度な営業戦略について聞くつもりはない。だから平なんだよ」

「なるほど。その話、お受け致します」

「そういうと思ったよ、岡田!」

 常務はガハハと豪快な笑い声を響かせている。

「そして高石、おまえも向こうでは取締役だ。まだ部長でいいと考えているのなら付いてこなくてかまわんが。岡田も坂江取締役も向こうへ行くのに、肝心のおまえはここでなにをやろうって言うんだ?」

「常務も人が悪いですよ。外堀を埋めてからお話になるのですから」

 つい苦笑いを浮かべてしまった。

 ずいぶんと独断専行する人だと思っていたが、人事でこれだけ思い切れるところが魅力なんだよな。これは常務と、いや社長と心中するつもりで付き合ったほうがよさそうだ。

「わかりました。取締役は魅力的ですからね。福利厚生もしっかりしているのであれば、以後もよろしくお願い致します」

「おう、任せておけ。副社長と専務は先方から取締役が入ってくる。常務取締役としておまえと坂江さんに入ってもらうからな」

「ああ、ついに高石さんに役職で抜かれてしまうわけね」

「そう悲観するな岡田。どうせ高石はいずれボロが出るからな」

 ガハハとまた豪快に笑った。

 まったくこの人には敵わないな。






 五年後、あれから合弁会社の最年少常務取締役として日々働いている。

 そして四歳女児の父親となっていた。


 思い出深い遊園地で、娘とアトラクションを楽しんでいる。


 妻は遅れてやってきて、三人でお化け屋敷に入った。


 しかしもう誰も泣かなかった。

 妻も心から楽しんでいる。


 娘のあげる悲鳴だけが、生きている素晴らしさを表しているかのようだった。




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昨日の君の物語〜また会えたら、なにを伝えようか カイ艦長 @sstmix

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