第三章 想い出の遊園地
第9話 浮かない笑み
初夏の太陽が朝から照りつけている中、帝都遊園地にやってきた。
しかし、たどり着くまでがたいへんだった。
とにかく
電車の中でも席に座ったら目を閉じて黙ったまま。なにを聞いても聞こえない素振りを見せていた。これはずいぶんと手強いな。
プレイボーイとしてはこういう女性を落とせば評価も高まるのだが、どうも彼女は心を開いてくれそうにないようだ。
雰囲気からだけだが、なにか別のことを考えているのではなかろうか。
誘ってはみたものの、女たらしと一緒に遊園地へ行くのは気が重くなることなのかもしれない。
まあやっているほうが言うのも変な話だが、毎日のように
だが本当に聞こえているのだろうか、との疑念もよぎる。
彼女の部屋から声が聞こえてきたことは一度もないのだ。
あちらからは聞こえず、こちらの声ばかりが聞こえるなどありうるのだろうか。
もしかすると彼女が盗聴している可能性もあるのでは。
だから部屋に入れさせてくれないのではないか。
だがプレイボーイの隣に盗聴女が暮らすなんて、マンガやアニメでも見ないような展開だ。
お構いなしに女を連れ込んでいるこちらが主張するのもなんだが、弱みを握ろうとしているのではないかとすら考えられる。
そういう疑念がある以上、彼女の部屋を訪ねるのは至極当然で、それを拒み続けるから疑いを持たれるのだ。
遊園地の帰りで自然に彼女の部屋にあがれたら、いろいろと確認しなければならないものが多すぎるかな。
そんなことを考えていたら遊園地前の駅に到着したのだった。
「
まだぼんやりとしている様子だったが、こちらの声に気づいたのか慌てて反応する。
「遊園地といったら、まずは観覧車よね」
「いきなり観覧車ですか。狼男とふたりきりになりますが、よろしいのですか姫様」
「だいじょうぶです。なにかあったら管理人に言いつけて、あなたを追い出すだけですから」
どこまで本気なのかわからないが、こちらのあしらい方は心得ているようだ。
観覧車の乗降口に来てみたら、予想外に並んでいる人は少なかった。
「まず観覧車に乗りたいって人、あまりいないみたいですね」
「そ、そうかしら。何回も来ている人ばかりなのかもしれないわね」
いまだに目線を合わせてくれない。
「目を見たら妊娠する」なんてよく言われるセリフだが、そんなことはありえない。
男女が裸でスキンをせずに交わったから妊娠するのだ。
目だけで妊娠させていたら、世の中妊婦であふれかえってしまう。
「もしかして、目を見たら妊娠する、とか思っていませんよね?」
「あら、あなたならありえそうじゃない。一年中発情期なんですから」
なんともすげない。
「発情期でも、目だけで妊娠させられるわけがありませんよ」
「そのくらい知っているわよ。あなたのようにズッコンバッコン、アッハンウッフンしなければね」
「今日も手厳しいですね。ずっとこんな感じですか? せっかく遊園地に来たのだから、もっと楽しんだらどうでしょう」
「楽しんでいるわよ」
やけに投げやりだな。
やはり誘った相手を間違えたと思っているのだろうか。
だが嫌われている相手さえも喜ばせなければプレイボーイの名折れだ。存分に楽しませなければこちらとしても楽しめない。
わざわざ気まずい思いをしに来たわけではないのだから。
「観覧車はやめてジェットコースターに乗りませんか? おそらくこっちよりも数段面白いと思いますけど」
その言葉にピクッと来たようだ。
「い、いえ。ジェットコースターのために来たわけじゃありませんので」
「しかし楽しめなければ遊園地に来た意味がないじゃないですか」
彼女の顔が引きつっている。やはり図星か。
「どうしますか? 私はジェットコースターに乗って楽しみたい。
妙に興奮しているこちらを見て、やや観念したように見える。
「わかりました。ジェットコースターに乗りましょう」
「やったー! じゃあ今すぐ行きましょう。観覧車はその後からでもスムーズに乗れますよ」
予想どおり行列が出来ている。しかも若い女の子が多い。
やっぱり遊園地といえばジェットコースターだよな。
観覧車はクールダウンするには好都合だが、盛り上がりには欠けてしまう。
高いところから街を見たければ高層ビルでも電波塔でも、観覧車よりも高いところから見られる。
だがジェットコースターは遊園地でなければ味わえない。
だからこそ花形のアトラクションなのだ。
「あっ、でも
「だいじょうぶです。ここは裾がめくれ上がらないように押さえてくれるものを貸してくださいますし」
「まあショルダーバッグはスタッフに預けなければなりませんしね」
「だから乗り気じゃなかったのよ」
物憂げな流し目で見られると妙に艶っぽいな、
この表情、誰かに似ているような気がするんだけど。
「すみません。でもワクワクしませんか? どんなスリルが味わえるか」
「妊娠のスリルを毎晩味わっておいででしょうから、ジェットコースターごときで満足できるんですか?」
「今日も手厳しいですね。せっかく遊園地に来たんです。心の底から楽しまなきゃ損ですよ」
ジェットコースターは安全性がしっかりと確保されている。
とはいえ、乗客には予想もつかないような動きをされるから格別のスリルが味わえるのだ。
このスリルはとくに若い女性に人気がある。
男性は頼りがいがありそうに見えて、ジェットコースターを楽しめない人が多い。想像もつかないスリルに生存本能を刺激されるからだろうか。そのメカニズムはよくわからない。
ジェットコースター・マニアな自分に言わせれば、予測がつかないからこそ楽しめるのだ。すべて想定どおりで動かれたって面白くもなんともない。
ティーカップでも最大限の回転をかけて乗るほうだから、とくにそう感じるのだろうか。
「いや〜面白かったですね。ジェットコースター」
「私は二度とゴメンだわ」
でもあの歓声も誰かに似ているような気がするんだよな。まあつい最近まで毎朝
「次は静かに楽しめるものがいいですね。メリーゴーランドあたりはどうですか?」
「今はなにかに乗りたくないです」
本当にジェットコースターが苦手だったんだな。つい出来心で悪いことをしてしまった。
彼女をベンチに座らせて、アイスクリームを買ってきた。
これで少しは落ち着くといいのだけれど。
「女性なら誰にでもやさしいみたいですね。だから女性たちから持て
「まあジェットコースターでじゅうぶん楽しませてもらいましたから、あとはすべて
「そう、じゃあ観覧車に」
「それで
「ありがとう。助かるわ」
スピード系が全体的に苦手なのかな。メリーゴーランドもかなりのスピードで回るからなぁ。これじゃティーカップも無理だろうし。
この遊園地だと残るは観覧車とフリーフォールとゲームセンター、あとはテーマパークとお化け屋敷くらいか。
フリーフォールもおそらくは苦手だろうし、ゲームセンターは街中にたくさんあるからあえて遊園地で味わわなくてもよい。流れを考えるのなら観覧車、テーマパーク、お化け屋敷をまわって時間切れかな。
「かなりよくなったわ。早く観覧車に行きましょう」
元気な
やはり気の強いくらいのほうが彼女らしくていいな。
そう感じたからなおさらジェットコースターは悪いことをしてしまった。
やはり観覧車の待機列は
遠くからも見えるので、遊園地の看板としては役目を果たしているのだろう。
だが維持費を考えるとパフォーマンスが悪いのではなかろうか。
いかんいかん。仕事モードで遊園地を分析してしまっている。
今は
「ここの観覧車って有名なんですか?」
「昔は東洋一の高さを誇っていたそうだけど」
「詳しいんですね」
「基礎知識だと思うんだけどな……」
なぜか浮かない笑みだった。
「あまり遊園地には詳しくないもので」
「女の子と一緒に来ないんですか? 意外ですね」
「まあうちのベッドが最高のアトランションですから──」
「馬鹿……」
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