第2話 女のバトル
「昨日のあなた、最高だったわ」
ベッドの中、裸で迫る女の微笑みを黙って眺めていた。
男に生まれたからには女を満足させなければ失格である。
「ねえ、またお願いできるかしら?」
だが『同じ女とは二度と寝ない』。それが矜持だ。
「それなら今もう一度抱いて」
まぁ同じ日だと思えば再戦してもいいか。
どうせ日曜で仕事はないんだし。
だが今までの女たちに悪い気がしないでもない。
とくに以前打ち合わせに訪れてお得意様を紹介してくれた重役の女は、その貢献度を考えればもう一度寝てもよかったのではないか、とも思えてくる。
「いいじゃないの。同じベッドの上で、寝る前と起きてから致すだけなんだから。それを二度目なんて考えちゃ駄目よ。これは一連の流れなの。同じ日の出来事と思えばいいのよ」
言われてみれば、三時間致して五時間寝て、起きてからすぐに致せば同じ日の流れととらえられなくもない。
「あら、やっとその気になったの?」
「今日は特別だぞ」
覆いかぶさって深くキスを重ね、布団に埋もれた体を
ドンドンドン! ドンドンドン!
強くドアを叩く音が寝室にまで響いてきた。
これでは防音設計であっても伝わってくる。
今日なにか荷物が届く予定はなかったはずだ。
たとえ宅配便であろうとこんな朝っぱらに訪ねてくるはずがない。
ということは……。
ベッドから抜け出し、脱衣所でバスローブを取り出して身にまとうと、玄関のドアスコープを覗いた。
やはりあの女である。
すっとぼけてドアを開いた。
「なんの用ですか? おや、
「なんの用もこうもありません! 昨日も一昨日もその前も。何度も言いましたよね。昨夜ヤッてる声も響いているんです! いいかげんにしてください!」
それでこんなバスローブ一枚の姿を見せられたら、さらにたまったものじゃないだろう。
「すみません。まだ服を着ていなくて。恥ずかしながら寝るときはいつも素っ裸なんですよ。なにか着てきますから少し待っていてください──」
「待てません! こちらにも都合というものがありますので」
よく見ると
「これからお見合いかなにかで?」
「見合いへ行こうって人が、悪い気分になろうと思いますか?」
「ではどちらへ?」
おめかしして出かけるとしたら。お見合いでなければ……。
「あなたには関係ありません。ですが時間があまりありませんので手短に」
突然スマートフォンの着信音が鳴り出した。
これは俺の着信音だ。しかしこの格好だから俺は持ってきていない。
となればきっと彼女のだろう。慌てた様子で電話に出ている。
「ケイちゃんごめん! 今日ユキの結婚式なのに少し遅れるかも。ちょっと急用が出来ちゃって……。うん……うん……わかった。なるべく早く着けるようにするから。少しだけ待ってて」
電話を終えるとすぐにこちらをにらみつける。
しかし同じメーカーの端末は日本の半数以上が使っているため、着信音をそのままにしていると、いつも自分のが鳴っているように錯覚してしまう。
これは彼女にバレないうちに変えておいたほうがよさそうだ。
着信音が同じだとバレただけで
「今も女性の方が寝室にいらっしゃいますよね? なんでもこれからもう一戦なさるのだとか」
否定したいところだが、実際に女がベッドで待っている。
もしこのまま踏み込まれたら逃げ場がない。
「なにかやましいことがある顔をしていますね。やはり気づいていたんですね?
静かに凄まれるとたいした迫力を醸し出している。
「商社の課長だかなんだか知りませんが、
「違いますよ。まだベッドで女性が寝ているので起こしたくないだけです」
「まあ、おやさしいこと。そのやさしさを私にも向けてくれたらいかがですか? 簡単なことですよ。女を連れ込んでヤラずに、ひとりで寝るだけでいいんですから」
玄関先で女と話す声が聞こえたら、首を出したがるのが意地の悪い女というものだ。そしておそらく今日はそのタイプ。
「あら雄一、そちらの女性はどちらさま?」
女がバスローブをまとって胸元を強調しながら玄関まで歩いてくる。
女の魅力は自分のほうが上だとでも言わんばかりに。
思わず左手で目を覆ってしまった。
「お前は早くシャワーでも浴びてこい。その格好で来客に応対するものじゃないぞ」
「なによ、雄一だって同じ格好しているじゃないの」
男の部屋で女がそんな格好をしていると刺激が強すぎるだろう。
痛くもない腹を探られるようなものだ。
「早く続きをヤロうよ。さっきはあんなに乗り気だったのに」
男の欲情を他の女に聞かせるのか。さらに頭が痛くなってきた。
「ねえ雄一。あなた前が開いて見えているわよ、アレ」
えっ、と思ってバスローブの前を覗き込んだ。
よかった、アレは出ていない。
「なんだ、あなただって雄一とヤリたいだけじゃないの」
その言葉でカチンときたようで、赤面するとともに声を上ずらせた。
「そんなわけありません! ただあんなモノを見せられたら、変質者として管理人に訴え出るだけです!」
「変質者って、そもそもそういうタイミングを見計らってやってきたあなたに言われたくはないわ」
女同士で上下関係を競っているように映る。
自分のほうが上なのだと知らしめて、説き伏せたいのだろうか。
いったんこうなると女はなかなか引かない。
しかし
「この時間でまだその格好なら、これから第二戦ですか?」
嫌みのために。
「ええ、そうですわ。せっかくこれからってときにあなたが現れたの。でも第二戦っていうのは違うわね。ゆうべから何度もイカされて、もう何戦目かなんて憶えておりませんもの」
女は高らかに笑うと、手を引っ張った。
「もうこの女に用はないでしょう? 早く続きをしましょうよ」
「それはお邪魔様でした。うるさい私がいないのですから、思う存分楽しんでくださいね」
「言われなくてもそのつもりよ」
またひとつ高笑いすると、そのままドアを閉められた。
女に連れられてベッドに戻ったが、どうにも気分が出なかった。
抱いてと言われてもどこか冷めてしまうのだ。
「もう、雄一ヤル気なくしちゃったの? あの女のせいね。今度あったら懲らしめてやらないと」
「ヤル前に言ったように、俺は同じ女を二度抱くつもりはないんだが」
「わかってるって。だから今のうちにもう一戦ヤリたいんじゃない」
まるでスポーツのように考えているのだろうか。
いつでもヤレて、後腐れがなく悪びれない。
俺に似合いの女だと言える。
こちらもスポーツのルールのように『同じ女とは二度と寝ない』と決めているのだから。
友達にするならピッタリだが、会うたびにせがまれそうなのが玉に
「でも雄一って、なぜ二度抱かない、なんて決めたの?」
とくに意味なんてなかった。
ただ、最初に致したときから同じ女を二度抱く機会がなかっただけだ。
それがいつしか暗黙のルールとなって、いつの間にか主義にまで格上げされた。
今や「矜持」である。
女に情をかけるほど愛情深くはない。
「風俗嬢が最初だったからかな」
だから始めのうちは致して自分が気持ちよければそれでよかった。
そして女を使い捨てた。
だが多くの女性を抱くうちに、自分より女を満足させなければと妙な義務感が芽生えたのは確かだ。
「あなた、こんなにカッコいいのに風俗で下ろしちゃったの? もったいないなあ。私なら喜んで初めてをさせてあげたのに」
リップサービスだろうが、女からそう言われて悪い気はしない。
だが、今日はもう気持ちが冷めてしまった。
あの女、
毎朝あんなにうるさく言ってくるからげんなりしてしまうのだろう。
場所を変えればと思わないでもないが、曲がりなりにもここは防音構造で大きな音や振動は壁が吸収してしまうはず。
だから女を連れ込むのに格好の場所である。
住まいと決めたのも防音に惹かれたからだ。
しかしなぜか
他の部屋となにが違うのだろうか。
手抜き工事で防音材が薄いのだろうか。
いや、それなら彼女の部屋の音がこちらに聞こえてきてもよいはずだ。
しかし彼女の部屋からはテレビの音さえも漏れてきた試しがない。
まあ考えても仕方がない。シャワーでも浴びて来週の食材を買い出しに行かないと。
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