第24話 一件落着
『木崎ちゃんのパンツ誘拐事件』の解決から二週間が経った。
現時点で既に犯人の男が所属していた犯罪組織はその構成員全員が逮捕済みである。
通常は現行犯でもない限りその人物が犯罪を行った、関わったという証拠を充分に集めて、裁判所に逮捕令状を発行してもらわなければいくら探偵であろうと勝手に逮捕は出来ない。だからこうして犯罪組織の構成員が一度に全員逮捕、というのはとても珍しく、この結果には誰もが驚いた。
どうやらこの組織の拠点にこれまでの犯罪の証拠が山程残っていたらしい。組織のメンバー全員がそれぞれいつ、どこで、どんな犯罪に関わっていたのか、明確に分かる決定的な証拠を多数入手できたことによって、即座に全員分の逮捕令状が発行されたんだとか。
逮捕された組織の幹部達の話によると、「計画は誰にも悟られていなかったはず」「こんな簡単に拠点の場所が見つかるなんて有り得ない」と、犯罪の証拠を処分する前に油断し切っていた所を、探偵達に一斉に乗り込まれたんだそうだ。
たまたま拠点近くにうちの系列の探偵事務所があったのが運の尽きだったね。
そのことで、何故か俺は、皆から「だからあそこの事務所に後始末を頼んだんですね」「犯人に聞くまでもなく拠点の場所を把握しているだなんて、センパイマジパねえッス」などと、とても褒められてしまった。
いや、あそこの事務所に俺が後始末を丸投げしたのは、あそこの所長が前々から何かあったら私を頼ってねとしつこいくらい言ってくれていたから、丁度良いと思って頼んだだけだ。拠点の場所なんて俺が把握してるわけないじゃん。
後始末を電話で頼んだ時、その所長にすぐに動き出すから少しでも情報ちょうだいと言われて、俺はついこちらから面倒事を頼むのだから何か言わないと思ってこう言ったってしまったのだ。「すぐに本社が犯人の男から犯人の仲間の居場所を吐かせてくれると思うけど、一応クリーニング屋を注意して捜査してくれないかな。そっちの事務所の近場だけで良いからさ」と。
俺はあの時まだ、犯人がクリーニング屋さんの店員で間違いないと確信していた。だから今回盗まれた洗濯物もきっとクリーニング屋さんにあると思って、事務所の近所だけでもいいから探して欲しいなとお願いしたのだ。
そんな俺のいつも外れると評判の適当推理からくる発言を聞いて、あそこの所長はあろうことか、事務所の人全員で徹夜して近所のクリーニング屋さん付近を捜査したというのだから驚く。
その話を聞いた時は、俺のテキトーな発言によって多くの探偵達が徹夜を強いられてしまったと感じ、とんでもない事を言ってしまったものだと後悔に胸を痛めてたものである。
ただなんと、今回の犯罪組織の拠点がなんと奇跡的に、その探偵事務所の近所にあったクリーニング屋さんの裏手の廃工場だったらしく、そのおかげで犯罪組織が証拠を隠滅する間もなくその拠点を早期に発見出来たという。
何とか向こうの事務所の人達の徹夜での頑張りが報われたようで良かった。もしこれで何もなかったら、きっと俺は向こうの事務所の方々にとんでもなく恨まれることになっていただろう。
先日、そこの所長からも、おかげで犯人をたくさん逮捕出来て楽しかったとのお礼(?)の電話をもらったので、この件は無事一件落着となった。
~~~~~~
そんな『木崎ちゃんのパンツ誘拐事件』が解決してから、うちの事務所には依頼が一切来ておらず、事務所のメンバーはこの何も依頼が無い素晴らしい時間を目一杯楽しんでいた。
たまにこういう時期があるのだ。だから事務所の皆も慣れたものでそれぞれ思い思いにこの暇な時間を過ごしていた。
新しいおもちゃを開発したり、皆でパーティーを開いたり、公園に遊びに行ったりもした。
うちの事務所は普段から、難しい依頼ばかり押し付けられているからその分収入が莫大で、こうやってたまに遊んでいても経営に何ら影響が出ない。今回の事件を解決したことで国からもかなりの報奨金が出たしね。
そんな最高な日々を過ごしている中、今日は木崎ちゃんが依頼を解決したことへのお礼にやって来るらしい。なので俺もいつもよりちょっとだけ真面目モードだ。
コンコン
「どうぞ」
俺が今いる第三会議室の扉がノックされ、隣りに座っている柿木が返事をする。
「失礼します」
ドアを開けて木崎ちゃんが部屋の中に入ってくる。
でもどうしてこんな堅苦しい会い方をしてるんだろう。
普通に、田舎のおばあちゃんよろしく、よく来たねーとお菓子でも食べながら話せばいいのに。木崎ちゃんには俺も食べてほしい激辛新商品がたくさんあるのだ。ぜひ感想を聞きたい。
「ではまずは自己紹介からお願いします」
自己紹介!? え? 柿木さん? この前の事件の依頼人の顔を忘れちゃったの?
……いや柿木が人の顔を忘れるなんて有り得ない。昔から柿木は人の顔と名前を絶対に忘れないので、よく俺はこの人誰だっけと柿木に教えてもらい、助けてもらってきたのだ。
ならば、忘れたのは……俺!?
もしやこの子は木崎ちゃんじゃない?
俺は一度、目をごしごしして深呼吸。そして再度、この部屋にやって来た人物の顔を見る。
いや、やっぱり木崎ちゃんじゃん。
「はい。市立第二中学校から参りました、木崎咲です。本日はよろしくお願いします」
ほら、この子も木崎ちゃんって言ってるよ。てか何で君もわざわざ自己紹介してるの? それにしても木崎ちゃんて中学生だったんだね。小柄だから小学生だと思ってたよ。
「それではお掛けください」
「失礼します」
???? もう俺には訳が分からなかった。
もしかしてみんな記憶喪失なの?
そう考えると辻褄が合う。だって、柿木が一度会った人の顔を忘れるなんて有り得ないし、更に自己紹介まで求めるなんて信じられない。木崎ちゃんもなんだかそれが当たり前のように振る舞っているしで、きっとみんなここ数週間の記憶がぶっ飛んだのだ。
なんてことだ……もしかして俺だけが世界に取り残されている?
いや、冷静になるんだ俺。みんながおかしい可能性よりも自分がおかしい可能性の方がこれまでの経験上高い。それも圧倒的にだ。
ならばこの件でおかしいのはきっと俺。だが何故俺は皆が知らない記憶を持っている? 予知夢か? 予知夢を見てしまったのか?
ということはこの自己紹介の後にはきっと、こう言うはずだ。
「わたしのパンツの行方を捜してください。君はこう言いたいんだね?」
「「!??」」
あれ? おかしい。柿木と木崎ちゃんの二人共、こいつ何言ってんだって表情で俺を見ている。どういうこと?
「あの、所長……意味分からないこと言わないでください。パンツは先日郵送したじゃないですか。そうですよね木崎さん?」
「は、はい。ちゃんと全員帰ってきました。その件は本当にありがとうございました。パンツもあれからは警備を厳重にしているのでもう攫われることは無いと思います」
んん? 何だか二人共ちゃんと先日の事件の記憶があるみたいな反応をしている。……ヤバい、意味分かんない。もう俺の頭ではこの難解な状況を理解するのは不可能だ。
「所長の戯言は置いておいて、話を続けましょう。木崎さん、あなたの志望動機を教えてください」
頭の中がパニックになっている俺を放っておいて、二人は話を続ける。
それにしても、しぼうどうき? ――死亡動機だって!? なんてことを聞いているんだ柿木は。何でいきなり木崎ちゃんに死にたい理由を聞いているんだ! 木崎ちゃんだって困惑するだろ。
「はい、わたしが志望した理由は――――」
死亡した理由!? え、木崎ちゃんもう死んじゃってるの? 嘘だよね。この前はあんなに元気だったのに。ということは死亡動機というのは死んだ理由のこと!?
衝撃の事実過ぎて、木崎ちゃんが自ら死亡した理由を一生懸命喋っているが俺の耳にはまるで入ってこない。
なんてこった。じゃあこの木崎ちゃんは幽霊!?
柿木は意味の無い質問をするタイプではない。つまり柿木は部屋に入って来た瞬間に木崎ちゃんが幽霊であると察し、本当に彼女が我々の知っているあの木崎ちゃんなのかを確認したかったのだろう。全く気が付かなかった。流石柿木だ。
「――――という理由で志望致しました!」
俺が色々混乱している間に木崎ちゃんは死亡理由を言い終わる。そんな笑顔で自信満々に死亡した理由を言うとか、一体どんな死亡理由だったんだよ。めちゃくちゃ気になってしまう。ちゃんと聞いておけばよかった。
「成程。分かりました」
笑顔の木崎ちゃんに柿木も無表情ながら朗らかな声でそう答える。柿木が表情豊かな人間ならばきっと笑っていたのだろうと感じさせる口調だ。
そんな簡単に分かっちゃって良いの!? 人が死んでるんだよ? それに対してそんなに元気に分かりましただなんて、愛想が良いを通り超してサイコパスの領域だよ!?
「それではもしうちに来るとしたらいつ来れますか?」
これは……柿木が幽霊の木崎ちゃんを自宅に誘ってる? 何てことだ!
これまで浮いた話の一つもなかった柿木が、自宅に人を積極的に誘うだなんて。付き合いの長い俺でも数回しか行ったことが無いのに。
そうか、これだけ可愛い柿木にこれまで恋人がいなかったのは、自身が幽霊の女の子しか愛せない特殊性癖だったからなんだね。ようやく長年の謎が解けたよ。柿木……俺はどんな愛の形であれ、柿木の幸せを応援するし、祈っているからね?
さてそれに対する木崎ちゃんの反応は?
「テスト前とかでなければ、平日は放課後であればいつでも行けます!」
何と! 平日ならいつでもOK宣言だと!? これはもう結ばれたも同然じゃないか。
てか木崎ちゃんは何で幽霊なのに学校の心配をしているんだろう。やはり、死んだ後でも日々の生活リズムというのは崩せないものなのだろうか。
それでもまずは二人をお祝いしないとね。
パチパチパチパチ
俺は拍手をしながら二人にこう言う。
「いやー、おめでとう」
すると木崎ちゃんが嬉しそうな顔をして、
「え、ということは合格ですか?」
と聞いてくる。
合格だって? あぁ、きっと木崎ちゃんは俺が長年柿木と一緒にいたから、俺に柿木との交際を認めてもらおうとしているんだろう。木崎ちゃんは前回会った時と比べて、今日やけに緊張していたしね。
全く、いくら何でも二人の関係に俺が口を挟めるわけが無いだろうに。
「合格、合格。大合格だよ。これからは柿木と二人で頑張ってね」
「ありがとうございます!」
「所長がそう言うのであれば……。木崎さん、私も一生懸命指導しますのでこれからよろしくお願いします」
指導? まぁ柿木も年上として、恋人として、木崎ちゃんに色々と教えることが一杯あるんだろう。
「じゃあ、取り合えず俺は退散するから。後の話は二人に任せるよ」
「承知致しました」
そうしてこの場から邪魔者である俺は退散した。
~~~~~~
三十分程経った頃、柿木が所長室に戻って来た。
「所長、良かったんですか? あんなに即決してしまって」
「当り前じゃないか。それに柿木もそういうつもりだったんだろ?」
「そうですけど、所長がダメだと言ったら諦めるつもりでした」
何だって!? それはいけないよ。自分の気持ちに正直に生きなきゃ。
そんな俺の言葉一つで自分の気持ちに背を向ける必要なんて全く無いんだ。
「それにしても所長が私を指導係に任命するなんて初めてですね。有望な子なんですか?」
? 指導係? 有望な子? ヤバい、意味分かんない。
「そうそう、そうなんだよ。いやーヤバいよね」
こういう時に、それどういう意味? と聞けないのが俺の悪い癖だ。どうしてもその場に流されて適当にそれっぽい返事をしてしまう。
「そんなにですか。分かりました。私も所長の期待に応えられるように頑張りますね。ところで、先程の面接についてなのですが――」
ッ!? 面接? さっきから何を言っているんだ柿木は。
「――――ということで、アルバイトの募集を締め切っておきました。それで良かったですよね?」
アルバイト!?
まずい、俺はまたしても何か重要なことを見落としている気がする。
…………もしや先程の木崎ちゃんとのお話はアルバイトの面接だった?
そう考えると、全ての辻褄が合う。いやそう考えるとそうとしか思えなくなってきた。
ヤバい、すげえ勘違いしてた、俺。
何だよ、死亡動機って。バイトの志望動機に決まってんだろ。それに木崎ちゃんが幽霊って、どういう思考回路してたらそんな結論に至るんだよ。そしてなんかよく分かんない内に木崎ちゃんを採用しちゃってたよ。
あぁ、どうしよう。自分自身の無能具合に吐き気がしてきた。
振り返ると、これまで沢山のミスをしてきた。
小さな笑えるようなミスから、事件の証拠を紛失するようなとんでもないミスまで。
今回のミスなんてまだかわいい方だ。
自分の事は自分が一番良く知っている。俺は探偵に向いていない。元々頭を使うのは得意ではないのだ。……体を使うのも得意じゃないけど。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
というかそもそも何故俺は探偵なんてやっているんだろうか。そして何故所長の地位にまで登り詰めて、巷では名探偵だなんて呼ばれているんだろう。
もう自身の能力と、周囲からの期待のギャップに付いていけない。
……まぁそれでも俺は探偵を続けていくんだけど。
俺のミスをカバーしてくれる事務所の仲間達に、俺の代わりに事件を解決してくれる優秀な秘書。そして俺の代わりに仕事をやってくれる頼れる秘書(二度目の登場)。
皆俺がどんなことをしても笑って許してくれる気の良い仲間達だ。
そんな皆がいつも言ってくれる。
俺が所長で良かったと。
いつも厄介毎を起こす俺が上司で満足とか、みんなドMか?と思わないでもないが、俺もそんな皆が部下でいてくれて良かったと心から思う。
だからこそ俺もそんな周囲の期待に出来る限り応えたい。
今はこんな俺だけど、少しずつでも良い。このメッキだらけの肩書から本物になれるように努力しよう。
そしていつかななれればいいな……。
無能な俺が名探偵に。
木崎ちゃんのパンツ誘拐事件編 完
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