第21話 社長と事件についてお話
無事、『木崎ちゃんのパンツ誘拐事件』の犯人が捕まった翌日、俺と柿木は二人で本社の社長室に来ていた。
「――そして、私と今井さんで気絶した犯人の男を監視しながら、依頼人と連絡を取って合流。部屋の鍵を借り受けた後、気絶したままの犯人を確保したのです」
昨日の出来事を社長に報告する柿木。昨日は二人共大活躍だったのだ。
今井から連絡が来た時は、今井が俺の推理通りだったなんて言うもんだから、てっきり俺の推理通り犯人が盗撮カメラの回収に来たところを『撃つるんです』で証拠として押さえたんだと思ったんだけど……。何故か二人は木崎ちゃんのマンションを監視していて、そして犯人の男は見るも無残な姿で気絶していた。当然の事ながら、その衝撃的すぎる光景はまるで俺の推理通りでは無かった。
きっと、柿木が俺の指示では犯人を捕まえられないと判断して、今井に的確な指示を出し、それを俺が言ったことにしたんだろう。流石は柿木だ、頼りになる。そしていつもテキトーにその場での思いつきで指示をしてしまって申し訳ない。
それにしても、洗濯物と物干し竿を見るだけで泡を吹きながら失禁して気絶するようなド変態の犯人を、こうも簡単に捕まえてしまうなんてやっぱり柿木は凄いなあ。そして今回は今井も大活躍だったし、うちの事務所は俺以外みんな優秀すぎるよ。
「それで、犯人の聴取はどうなったの?」
俺は一応、柿木の上司であるため、柿木の手柄である犯人のその後について聞く。
昨日犯人を確保した後、犯人の男を本社の方に引き取ってもらった。うちの事務所にはあんな凶悪犯を収容できるような施設は無いし、もしそんな存在が事務所にいたら怖くておちおちテレビも見れなくなっちゃうから、本社に渡しちゃってと俺が指示したのだ。その指示には柿木もすぐさま同意したからきっとその時の俺の判断は正しかったのだろう。
それに事情聴取は本社の
「それがあの男は下っ端だったらしくてな、あまり情報をもらっていなかったようだ」
社長が頭を掻きながらそう言う。成程、いくら本社の尋問術を以てしても、そもそもの情報を持っていなければどうしようもないのか。
「へえ、本社のことだから、てっきりある事無い事を無理やり供述させてると思ってたよ。中々やるね」
「ほぉ、てめぇは本社をそんな風に思ってやがったのか。なぁにが、中々やるね、だよ! いい加減目上の人間に対する口の利き方を覚えやがれッ!!」
あ、やば、口に出てた?
「いやいやいや、俺は感心していたんだよ。そんな本社みたいに相手の立場に立って、根気よくお話をするなんていう
たまにあるんだよね。考えてたことがそのまま口に出ること。こういう時は、すぐに相手のフォローをするに限る。これで大体何とかなる。
「!?」
社長が何故か驚いたように俺を見た後、隣に立つ秘書の田中さんを見る。
田中さんはよく社長が怒っているところをなだめてくれるから、俺としては本社の中で唯一信頼している人物だ。社長って怒りやすい性格だからホントいつも助かってます!
「中での様子が外に漏れる様なヘマはやってません。取調室は悲鳴や叫び声が聞こえない様に防音室になっているので、恐らくいつもの奴の推理かと(小声)」
「ちっ、こいつの頭ん中はどうなってんだよ。品行方正なんていう皮肉まで言ってきやがって。これに反応しちまったら、うち流の事情聴取をしていることを認めることになるから怒鳴ることもできねぇじゃねえか(小声)」
なにやら社長と田中さんが二人で話しているが、内緒話なのかこちらには聞こえない様に話している。
はぁ、内緒話なら俺たちの居ない所でやって欲しい。俺は一刻も早く本社から立ち去りたいんだ。
ところで俺の隣りに立っている柿木は今日、珍しくファッションで伊達メガネを付けているのだが、なんだかさっきから何度もつるの部分をくいっ、くいっ、といじっている。端から見ると、衝撃的な事実を聞いてしまい動揺が隠せない人のようだ。
どうやらいつも冷静沈着な柿木も本社に来たことで緊張しているらしい。うんうん、分かるよ。やっぱりいつ来ても本社は怖いよね? 俺なんていつカツアゲにあっても良いように、本社に来るときは財布を持ち歩かないようにしているくらいだ。
「柿木、落ち着いて。大丈夫だよ。問題無い。対策もバッチリだ」
そもそも柿木は女の子だからきっとそういった危ない目には遭わないだろう。不良というものは大概メンツを重んじているからね。女の子にカツアゲなんて、そんなカッコ悪い真似彼らにはとても出来ない。だから隣りに女の子の柿木がいる今日は俺も無事に帰ることが出来るはず。
「な、成程。既に対策済みですか。いえ、これは対策していればそれで良いという問題では無いと思うのですが……」
柿木はなんだか納得したのかしてないのか微妙な様子だ。まぁ、しょうがない。柿木は頭が良いから、きっと色んなことを考えすぎて不安になってしまっているのだろう。
そしてどうやら社長と田中さんの秘密の話し合いは終わったらしく、社長がこちらを向く。
「あれ? 内緒話はおしまい?」
「ッ!! 聞こえてたのかよ。どんだけ耳が良いんだ。てかてめぇわざと聞こえてないフリしてやがったな」
? 社長は何を言ってるんだろう。
「何のこと? 俺は何も聞こえなかったよ」
それに内緒話を盗み聞くような真似をジェントルマンのこの俺がするわけない。
「分かった分かった。お前は何も聞いていないし、何も知らない。あたしらも何も話していないし、ましてや何もしていない。これでいいな?」
「……うん、そうだね」
意味分かんねー。こういう何か裏があるような会話ってすごい困るんだよね。俺は裏どころか表の言葉通りの意味すら日頃から理解出来ていない事が多いのに。良く分かんないから適当に返事をしてしまった。
「取り敢えず、うちの
「は、はい。お願いします」
社長の言葉に、何故か動揺しながらそう答える柿木。さっきから一体どうしたんだろう。
「まず、あの犯人の男はある犯罪組織に所属していたらしい。と言っても組織の規模が小さいから非合法な真似を好き放題やるといった感じではなく、合法、非合法問わず、どんな仕事でも請け負うって形の組織なようだ。それで今回の件も依頼されてやったらしいんだが、その目的が問題でな」
「問題ですか。いったい今回の事件の目的は何だったんですか?」
「これ以上説明すんのメンドイから田中、説明しろ」
「はい、姐さん」
えぇ、メンドイって、そんな理由で部下に丸投げしても良いのかよ。まぁ良いんだろうな。この人が会社のトップなんだし。
くそ、羨ましい。俺も今度から仕事が面倒になったら部下に丸投げしよう。……いや丸投げする前にいつも柿木がやってくれてるな。
「色々と説明をする前に柿木に聞きたいんだが、お前犯人の男を監視していた時、誰かに襲われなかったか? どうやら犯人の仲間がお前らの存在に気付いて排除しようとしていたらしいんだが」
なんだって!? 大ピンチじゃないか。そんなこと初めて聞いたぞ。大丈夫だったのか?
「あぁ、確かに三人ほど建物の下でウロチョロしていた男達がいましたね。舞ちゃんがシャッター音の銃声を鳴らしたらいつの間にか居なくなっていましたが。多分、本物の銃を撃ったと思って驚いて逃げたんでしょう。まぁ所長の計画通りに事は進んでいましたから、私達に危害が加わることは万が一にも無いと思っていました。……が、まさかあのシャッター音で襲撃者を蹴散らしてしまうとは」
!? 俺の計画通りだと? 俺は計画なんて立てていないし、今回に関してはただひたすらテレビで将棋を見ていただけの、言わば事件の部外者だ。それを柿木の奴……昇進したくないからと、ここぞとばかりに手柄を俺に譲ろうとしてやがる。
だが冷静に考えてみると、そんな未来を見通すような計画を立てられる人間が存在するはずがない。こんなの子供にも分かる話だ。きっと社長も田中さんも素直に信じることはないだろう。
「ふむ、そういうことだったのか。流石だな広谷」
「あたしもてめぇのそういう部下を危険にさらさねぇスタイルは嫌いじゃねえぞ」
えーー!? なんか二人とも信じちゃってるんですけど! 柿木の言葉に信頼置きすぎだろ!
「その件は分かった。出来ればそいつらも捕縛したかったのだがそういう事であったのなら仕方ない。
では話を戻すぞ? 犯人の男というかその組織の目的だが、あるパソコンにハッキング用のバックドアを仕掛けることだったらしい。男は上司にUSBを渡されてそれをパソコンに一分間刺して帰って来いと命令されていたそうだ。で、そのパソコンてのが今回の依頼人の父親のパソコンだ」
「ッ! あぁ、そういうことですか。ということは父親はもしや外務省に勤務を?」
「話が早いな。その通りだ」
話がどんどん進んで行くが俺は何一つ理解出来ない。まぁいつも通りっちゃいつも通りだ。俺の頭に推理能力なんて便利なものは搭載されていないから、こういった、一を聞いて十を知るみたいな会話は全く以て理解不能。
それにしても犯人の男が犯罪組織に所属? 目的がハッキング? おかしい。犯人はクリーニング屋さんで一生懸命働いているだけのド変態なはずだ。それに今回の獲物、もとい目的は洗濯物だったはず。
俺は何か決定的な情報を見落としている……?
あぁ、もう分からん! もういいや。どうせ柿木が後で色々教えてくれるだろ。
意味の分からない話をいつまでも聞いているのも疲れるし、それについて考えるのも大変なので、そっちの話は全て柿木に任せてしまおう。
「外務省に勤務している父親は現在リモートワークをしている。そしてそのリモートワーク用のパソコンは外務省のパソコンとも繋がっている。そのパソコンをハック出来ればガードの堅い外務省のパソコンも簡単にハックできるって寸法だ」
「では事件の黒幕は外務省の何らかの情報を欲していたと?」
「まぁ、ここからは推測になるが、その組織に依頼をしたという黒幕は、例のテロの実行犯と目されている宗教団体だろうな。男の話によると依頼人は外国人だったという話だ。部下にドローンのエキスパートも居たという話だし、近々その国の国家元首が来日する予定もある。恐らく、そのタイミングで何か事を起こすつもりだったのだろう。外務省ならその国家元首の来日してからの予定を把握しているはずだからそれを知りたかったんじゃないか?」
「成程、その可能性は高いでしょうね。ただ、録画映像を確認すれば分かるのですが、今回の犯人の男も昨日、気絶する前に何か祈りを捧げていたんですよ。それがちょっと気になって。もしかしたらその男の所属する組織が、元々宗教団体の下部組織か何かだったという可能性も有り得るのではないかと――――」
やばい、眠くなってきた。学校の授業よろしく興味の無い話題をずっと話されると段々と瞼が重くなってきちゃう。だがここは本社の社長室。一度寝てしまったら本社で働いている、年齢だけ高いヤンキー達に身ぐるみ剝がされてしまうかも……。
……寝るのはまずい。眠気を覚ますために、この難しい会話に参加していない社長とお喋りでもしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます