第20話 柿木菊花視点③
柿木菊花視点
今回の事件の依頼人である、木崎さんの部屋を『撃つるんです』で監視して約二時間。私達は先程発見したカメラのあった電柱より木崎さんのマンションに近い、二階建ての建物の屋上で張り込みをしていた。
私も舞ちゃんもまだまだ気力は十分だ。元々張り込みなんて成果が有るのか無いのか分からないまま、長時間行うものである。だが私達には、八尋君の推理がある。それによると、今日犯人が現れるらしい。
成果が出ると分かっており、それも今日中に全てが解決すると八尋君が言うのだ。そこまで言われたら自然と気合も入るというもの。
「あ、充電が切れそう」
舞ちゃんがそう言って本日二度目のバッテリー……いやマガジン交換に入る。
この『撃つるんです』、バッテリーが銃のマガジンの形になっているせいで、その特注のマガジンでしかバッテリー交換が出来ない欠陥品だ。
舞ちゃんによると、今日持ってきているマガジンの数は初めから装着していた分を含めても四つ。一つのバッテリーで動画モードにするとおよそ一時間半くらいしか持たないことを考えると、あと三時間以内には犯人に来てもらわないと証拠映像が撮影出来なくなる。ただこのマガジンを、今日舞ちゃんが担いできた改造ギターケースの中に入れたのは八尋君だそうで、きっとこのバッテリーの数は今回の捜査にはこの四本で充分だという八尋君からのメッセージなのだろう。
そう八尋君の考えを推測していると、ついにここで状況が変化した。なんと、木崎さんのマンションのベランダからロープがひとりでに降りてきたのだ。
「今井さん、状況が動きました。バッテリー交換、出来るだけ急いでください」
「うええ、なんでこのタイミングなんスかッ! 急いでやります! あと、バッテリー交換じゃなくて、マガジン交換ッスよ」
舞ちゃんが焦ったようにバッテリー、いやマガジンを交換する。そんな名前なんてどうでもいいと思うのだが、これも舞ちゃんの言うロマンなのだろうか。
「あ、やばっ」
きっと私が焦らせたのがいけなかったのだろう。舞ちゃんは急いでマガジンを交換し終わったと思ったら、たった今『撃つるんです』から取り外した、充電の切れたマガジンをビルの下に落としてしまった。
危ないッ!
ガチャンッ!
マガジンが地面に落ちたことで大きい金属音が辺りに鳴り響く。私は咄嗟に屋上のフェンスから身を乗り出し、下の通行人にマガジンが当たっていないか確認する。
良かった。幸運なことに、今は誰もこの建物の下を歩いてはいなかったようだ。
「よかったぁぁ、すいません柿木先輩。焦って手元が狂っちゃいました」
私と同じように一目散に建物の下を覗き込んだ舞ちゃんが心底安心したようにそう言う。
たとえ二階建ての建物の屋上からでも、あんな金属の塊が下の通行人に直撃したらかなりの大事故になるところだった。
後で、舞ちゃんには思いっきりお説教しよう。あと、充分な安全管理を怠った私も反省しなければ。
そうこうしてマンションから少し目を離していたら、木崎さんの部屋のベランダに先程まではいなかった黒いライダースーツのような恰好をした男がいるのに気が付いた。
舞ちゃんがマガジンを落としてしまったせいで、その光景は見ていなかったが、恐らく先程垂らされたロープを使って登った――、いやそれにしてはベランダに着くまでの時間が短すぎたからロープ自体に何か仕掛けがあって男を引っ張り上げたと考える方が正しい気がする。
「舞ちゃん、ベランダです。早く映像を撮ってください。犯人が来ましたよ!」
「任せてください! 既に撮影は始めています。あ、センパイにも報告しておかないと」
そういって舞ちゃんは八尋君に連絡をとる。確かにこの映像を共有できるのなら八尋君にも見てもらった方が良い。
「センパイ! センパイの推理が当たりましたッ! 犯人がやって来ましたッ! 今『撃つるんです』で撮っているんで、パソコンで確認してください!」
そう言って舞ちゃんは『撃つるんです』の何に使うのか分からなかったボタンをいくつか操作する。
「これで、センパイもこの映像を見れているはずッス」
その隣りで私も、(張り込み開始時に映像を共有できるよう設定してもらった)自分のスマホの画面に映っている映像を見る。
さすが、正規の軍用品のスコープといったところか。もう日が落ちて辺りも暗いのによく見える。こんなにも距離が離れていながら犯人の顔までしっかりと。これなら犯行の決定的証拠として充分使える。
なるほど、あまり使えないと思っていたこの『撃つるんです』だが、こうした場面では絶大な効果を発揮らしい。
八尋君はこういった状況を想定してこのおもちゃを作ったのだろうか。いやきっとそうに違いない。彼は遥か先の未来をも見通す天才だ。
犯人は耳元の通信機で何やら会話をしているらしい。このことから察するに、どうも今回の犯人は複数犯だったようだ。何か不測の事態でも起きたのだろうか。犯人は尋常ではない量の脂汗を顔中にかいて、通信機の相手に怒鳴るように話し掛けている。
「それにしても、どうしてあの男は先程から両手を上に上げているのでしょうか」
「さぁ、万歳でもしてるんじゃないッスか? うおおお、いっぱい下着があるぞ、バンザーイッって。それかベランダまで登って疲れたから元気を集めてるんスよ。ほら、おらに元気を分けてくれーって言いだしそうな顔してますし」
「そんな訳無いでしょう。どんな顔ですかそれ」
そんな馬鹿馬鹿しい会話をしていると男に異変が起きた。
ぶつぶつと一人で呟きだし、空に向かって何か祈り始めたのだ。
「あの男の宗教ッスかね? パンツを盗む前には必ずお祈りを捧げなければならないみたいな」
「宗教ですか。パンツ云々はともかく、あの様子ですとそれは有り得ますね。――……それにしてもこのドローンを使ったと思われる犯行、そして日本には馴染みの無い謎の宗教……果たしてこれは偶然なのでしょうか?」
「丁度良いからここらで証拠写真の方も撮影しておきましょう」
舞ちゃんが銃のボタンをぽちぽちといじる。
「あれ? でも写真のモードにすると、動画の録画が止まってしまうんじゃないんですか?」
「ちっちっち、柿木先輩。うちらがそんな弱点を残すはずがないじゃ無いッスか。銃のセレクターはあくまで飾りみたいなもんスよ。初心者仕様です。ちゃんとマニュアルでいじればどっちも同時に出来ちゃいます」
一般販売をするわけでは無いのだから、初心者仕様なんて必要無いのでは? もしかしてこういった無駄機能に、ほとんどの資金が使われていたりするんじゃ? 私がそう疑問に思っていると、
犯人の男の額に大きいハエが止まった。
「ぷぷぷ、マジウケるッス。これは間違いなくシャッターチャーンス!」
そう舞ちゃんが言った次の瞬間、
ズギャーーンッ
隣りからものすごい音量の銃声が聞こえてきた。
「な、何事ですか?」
「柿木先輩、落ち着いて下さい。ただのシャッター音です」
「あんな大音量のシャッター音がありますか! それに銃声にする必要が無いでしょう!」
「柿木先輩、センパイはこう言っていました。この世のあらゆる無駄や非効率、一般人には理解出来ないその他諸々はこの一言に集約される。『全てはロマンの為だ』と」
その言葉にとうとう呆れてしまった私は再度スマホに目を落とし、犯人の姿を確認する。
すると、犯人は口から泡を吹きながら失禁し、気絶していた。
「「………………」」
同じように『撃つるんです』で映像を確認した舞ちゃんもこれには絶句してしまったようだ。
何なんだこの状況は。どうしてこんな事になったのだろう。私には、そしてきっと舞ちゃんにも一切分からない。
だが恐らくこの事態を仕組んだであろう八尋君に私は問いたい。
「所長、これもロマンですか?」
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