第19話 犯人視点②
ようやく二十六階に辿り着いた俺はベランダの柵を自力で乗り越える。
ふぅ、落ち着け……。やる事はシンプルだ。
部屋に入ってPCを探し、そこにUSBを一分間指し込んで、来た時と同じようにここからロープを使って下に戻る、ただこれだけ。それで俺の役割は終わる。
潜入用のロープも後からドローンでこっそりと回収してくれる手筈だ。
こんな厄介で危険な仕事、きっとボーナスだってたんまり貰えるに違いない。
そして予定通りベランダから部屋の中に入って行こうとしたその瞬間、問題は起きた――。
『止まれ! 銃だ。銃口がお前に向けられている!』
ッ!?
いきなり耳元の通信機から焦ったように俺を静止する声が聞こえる。
どういうことだ? 銃? この日本で? それも俺に向かって?
突然の事態に頭が働かない。
だが先程までの冷たすぎるほど冷静だった通信士のこの慌てようを聞くにこれは事実なのだろう。俺は万が一にでも撃たれない様に両手を頭の上にやる。
「おい、どういうことだ? 今の日本で銃なんて有り得ないだろッ」
俺は自身がパニックになりそうなのを自覚し、少しでも落ち着きたくて通信機の向こうにいる人物に向かって話し掛ける。
警察組織が解体されたことによって、銃を日常的に持つ人間はこの日本において自衛隊以外は完全に絶滅したはずだ。それなのに、何故?
『落ち着いて聞け。今の日本でも銃の所持が認められている人間は僅かだが、存在する。探偵や警備資格の特級持ちなんかがそうだ。だがそういった化け物共や、それに近い一級の資格持ちには今回監視が付けられていたはず。だがそれらの監視からはそいつらが動いたといった類の報告は来ていない。
それに奴が持っているのは拳銃ではなくアサルトライフル。そういった特別な人間にも所持は許されていない代物だ。今時、ヤクザでも入手出来ないぞ。そんなヤバい銃を持っている奴なんて間違いなく頭がイカれてる。そして法律に縛られていないフリーダムなイカれ野郎のことだ、ちょっとした気まぐれに撃ってきてもおかしくはない』
その話を聞いてぞっとする。アサルトライフルだと!? もし撃たれたら俺の体は一瞬で蜂の巣じゃないか!
『銃を持った奴の隣りにもう一人いやがる。くそっ、観測手か? かなり本格的だな。
二階建ての建物の屋上にそいつらはいるんだが、何か金属が地面に落ちたようなデカい音が鳴って、その音でようやくこちらも気が付けた。そのマンションからの距離はおよそ二百メートルってところ。……銃の性能的には余裕で射程圏内だろう』
ちっ、他人事だと思って冷静に解説じみたこと言いやがって。実際に命を狙われている俺の身にもなってみやがれ。
「そいつらをなんとか排除できないのか!」
『一応何人かそっちに向かわせたんだが、銃を持っているからな。拳銃ならともかくアサルトライフルをフルオートで使われたらこっちとしちゃどうしようもない』
こうやって話をしている間にも少しずつ時間は過ぎていく。俺からは見えないが、今も俺のことをどこからか銃で狙っているんだろう。
ちくしょう、なんでこんなことに!
どく、どく、どく、どく
緊張状態が極限にまで達したのか、自分の心臓の鼓動まで聞こえてきやがった。
『とはいえ二百メートルもの距離があるんだ。よっぽどの銃の名手でもない限り、そう簡単に人の体に命中させることは出来ないはず。だから、銃声が聞こえたらすぐさま逃げろ。この作戦は中止だ。繰り返す、この作戦は中止だ』
逃げるって言ったってどうやって逃げんだよ。ロープを使ってちんたら降りていたらいい的だ。確実に撃たれる。
かといって、部屋の中に逃げ込んで、籠城するのも有り得ない。すぐにこの家の人間が帰ってくるだろうし、そうなったら腕利きの探偵か警備員を呼ばれるだろう。骨の一本や二本は確実に折られ、そして逮捕だ。
マンションの中に入り込み、エレベーターを使って正面玄関から逃げ出しても、防犯カメラに確実に映り込むから逮捕は免れない。それにこのマンションのエントランスを銃を持った奴の仲間が張っていない保証なんてどこにも無い。そんなヤバそうな集団に捕まったら一体どんな目に遭わされるか……。
終わった。俺の人生はもう終わったんだ。ここで死ぬか、逮捕されて刑務所暮らしか。それとも突如現れたイカれ野郎に拷問されるか。……拷問や死ぬことよりは、刑務所での暮らしの方がマシかな、そう思っていたその時、不意にあることが頭をよぎる。
もし、この銃の使い手が名手だったら?
この日本でアサルトライフルを持ち込んでぶっ放そうとするイカれた野郎だ。銃を撃つのがこれが初めてというのは考えにくい。海外であれば、今でも射撃練習場などで銃の練習をする場所はいくらでもある。
それに、この日本にアサルトライフルを持ち込んだという事実に着目するべきだ。拳銃なら、さっき通信士の言っていたように、日本でも僅かだが所持することが認められた人間がいるらしいから、持ち込むのも難しいが不可能ではないだろう。だが、アサルトライフルなんて、日本中どこを探してもその所持が認められている人間は自衛隊以外に存在しない。まさか自衛隊が横流ししたなんてことは有り得ないし、こいつらはどうしてそんな物を持ち込めたんだ?
――……恐らく、うちの組織なんて目じゃない程のデカい犯罪組織がそのバックにいるんだろう。
今回の仕事はうちにしちゃあ、かなりデカい仕事だった。そんな仕事だ、きっと成功されると困る人間も大勢いたはず。
そのデカい組織も誰かに依頼されたのか、それとも自ら率先して動いているのか、それは分からないが俺たちの妨害に動いたんだ。
アサルトライフル使いもきっとその組織の一員だ。そしてそんなデカい組織で、貴重な銃を任せられる奴が銃の名手でない訳がないッ!
俺の身体が徐々に近づいてくる死を感じ取っているのだろうか。いつもよりも頭の回転が速いように感じる。そしてそのおかげで、俺は真実に辿り着いてしまった。
なんてことだ……。俺を狙っているイカれた奴は銃の名手。もう逃げることは出来ない。あとは奴の気まぐれで見逃してもらえるのを神に祈るしかない。
神に祈り続けて三分は経っただろうか。いやもしかしたら三十秒も経っていないかもしれない。
未だに俺は撃たれる事なく五体満足で無事だ。――もしかしたら俺の祈りが通じたのか? そう思い、一瞬安堵し掛けたその時、俺の頭に何かが触れた感触がした。そして少し遅れてバカでかい銃声も聞こえてくる。
……あれだけ祈ったのに、神は俺の話なんて聞いてはくれなかったらしい。
そりゃそうだ。俺はこれまで散々悪い事をやってきた。俺の行動で迷惑を被った人間もきっと多いはず。そんな俺の願いを神が聞き届けてくれるなんて虫のいい話、ある訳が無い。そしてそんな自らのこれまでの行いを今更悔やんでももう遅い。
やっぱり現実は残酷で非情だ。
もし生まれ変われたなら、今度は犯罪になんて関わらずに、パン屋さんにでもなりたいな……――。
そう思いながら俺は意識を失った。
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