第22話 究極の謝罪
眠気を覚ますために、この難しい会話に参加していない社長とお喋りでもしよう。
「あ、社長、そういえばこの前言ってた国家依頼の事なんだけど――」
「広谷、今二人が一生懸命事件について話し合ってんだろうが! てめぇは話し合うまでもなく全てを理解しているのかもしれねぇが、常人には常人の理解の仕方ってもんがある。邪魔するんじゃねぇ! それか、てめぇの知っている事を全て吐け!! そうすれば事件も解決に近付く」
いや全て吐けって言われても、俺は何一つ知らないよ? 社長にわざわざ報告するようなことは何も無い。強いて言えば犯人が変態ということを知っているくらいだったけど、今ではそれも事実かどうか怪しくなってしまった。
「いや、俺は何も知らないからね?」
「あぁもう! 何でそんなに秘密主義なんだよ! てめぇの情報があれば事件の捜査もいくらか楽になるってのに」
「いやー、そんなこと無いと思うよ? みんな俺よりも優秀だ」
「ッ! お前は! その真剣な顔して! 皮肉を! 言うのを! やめろ!」
皮肉? あぁ、みんな俺よりも優秀なのに所長の座に居るのは俺っていうね。確かに皮肉が効いてる。悲しくなってくるな。
そういえば、盗まれた洗濯物は取り返せたのだろうか。何か大変そうだから犯罪組織の拠点を捜査するのは別の事務所に丸投げしてしまったけども。
「ぴーちゃんってどうなったか分かる?」
「あん? ぴーちゃん? 誰だそれ?」
あぁ、柿木のやつ事件についてはあらかた話したって言ってたのにぴーちゃんについては話していないのか。今回の誘拐された被害者の一人だぞ?
「パンツだよ。そして鳳凰柄」
「所長、その辺にしておいた方が」
「広谷、姐さんをこれ以上挑発するのをやめろ」
さっきからずっと事件について話し合っていた二人がそれを中断して俺に注意してくる。え? ぴーちゃんの話題を事件の話よりも優先しちゃうの? 君達はそのまま事件について考え合って、早く事件の謎を解き明かしてくれよ。犯人は変態なの? そうじゃないの? どっち!?
「はっはっは、広谷、てめぇはパンツに名前を付けんのか? 付けねぇだろ? そんな変人見たことも聞いたこともねえよ。だからいい加減あたしをおちょくるのをやめろ、社長権限で減給するぞ」
社長がこめかみに青筋を立てながら頬を引きつらせてそう言う。
なんだか爆発寸前の爆弾みたいな表情だ。
てか減給だって!? それは困る!
「申し訳ございませんでしたー!!」
何に社長が怒っているのかよく分からないが、給料を減らされるのはホントに困る。社長はやると言ったらやる人だ。脅しなんてしない。だから俺は取り敢えず頭を下げて謝っておく。
これが俺が社会人になって培った技術だ。相手が怒ったらとにかく謝っておく。理由なんて知ったこっちゃない。謝ることが大事なのだ。それも相手が引くくらい勢い良く。あ、この人、怒ってるなと思ったらその瞬間に頭を下げる。そうすれば相手は大体びっくりして怒りが収まるのだ。
「お、おぅ。そこまで頭を下げなくてもいいぞ? あたしもそこまでは怒ってない…………なんて言うと思ったかバカめ! てめぇのその謝罪をあたしが何度見てきたと思ってる。そのやり口はお見通しなんだよ!」
な、なんてことだ。俺の奥義が見破られた、だと? 確かに社長には両手と両足の指の数では足りない程の謝罪をしてきたが、これまではなんだかんだこれで許してくれていたはず。ちくしょう、何がいけなかったんだ。
仕方ない土下座でもしようか。社長の怒りが収まるのなら安い物だ。……いや、この社長のことだ。人の土下座なんてきっと見慣れていることだろう。土下座を見ることが日課でもおかしくはない。
ならば、土下座よりも上位の謝罪方法を試してみよう。
ここは三点倒立の出番だ。
三点倒立とは地面に頭と両手を付けて倒立をする動きのことである。
土下座は地面に付く程頭を下げることで謝罪の気持ちの深さを表現している。
だが三点倒立ではその上を行く。
頭と両手を地面に擦り付けるのは土下座と同じだが、胴体や下半身をより高みに上げることで、その下げている頭の低さを強調しているのだ。これは極限の謝罪方法と言っても過言ではない。
俺は謝罪の意を示すため三点倒立をしようと、座っていたソファーから立ち上がり、両手と頭を床に付け、勢いよく足を上にやる。
……成功だ。
三点倒立は久しぶりにやったが、我ながら見事な出来である。これにはさすがの社長も怒りを収めてくれることだろう。
「広谷、それは一体なんの真似だ」
田中さんが眉をひそめながら俺に疑問を投げ掛ける。なんの真似って、三点倒立以外の何物でもないと思うんだけど。他に何があるのだろうか。
「三点倒立だけど?」
俺は美しい三点倒立をキメながらドヤ顔で答える。
何だか社長と田中さんの俺を見る目が、宇宙人でも見るような目に代わってきているのだが……何故?。
「いや、どうしてそんな真似をしているのか聞きたかったのだが」
田中さん、そう言いたかったのならそう言ってよ、全く。俺は頭が良くないから直接そう言ってくれないと分からないのだ。
それにしても情報通の田中さんが知らないとなると、三点倒立謝罪法、あまり流行ってないのかな?
「謝罪だけど」
「「「ッ!?」」」
なんか三人揃ってびっくりしている。もしや皆この謝罪方法を知らなかったのか?
まぁ仕方ない。この三人は探偵としてかなり優秀だし、失敗することなんてこれまでほとんど無かったのだろう。謝罪の機会も無かったから謝り方も知らないと……。
ふっふっふ、俺はこの三人に適う所は何も無いなんて思っていたけど、あるじゃないか、俺にも勝てる所が! 謝ることにかけては俺は三人よりも上だ!
「ごめん、こういった謝罪は初めてかな? 数多くの謝罪方法の中でも最上位の謝罪なんだけども」
俺は入社したての新人にビジネスマナーを教えるかのような口調でそう言う。
「だめだ、天才の考えはあたしには理解出来そうもねえ」
「姐さん、あれは永遠に理解する必要のない物ですよ」
「所長、貴方はいったいどこに向かっているんですか」
皆、散々な言い様である。こんなにも心の底から謝罪しているってのに酷い奴らだ。でも社長の怒りは収まったみたい。良かった良かった。
社長のご機嫌取りに成功した俺はようやく三点倒立をやめ、ソファーに座り直す。
「はぁー、てめぇのそのぶっとんだ所が無ければ、あたしの代理として日本各地に飛んでもらえんだけどなぁ」
社長は特級持ちな上、会社の代表ということで、よく遠方からの依頼や難事件の相談役として日本各地から引っ張りだこだ。時には海外で仕事をすることもあるらしい。
そんな重要な仕事の代理に俺を選ぼうだなんて、破滅思考でもあるのかな? 相変わらず社長の考えは恐ろしい。是非今後もそういった仕事は社長一人で頑張ってください。
「それは困るな」
「あたしの方が困ってるよ。まぁいい。一時間程前に、昨日お前が後始末をぶん投げた事務所の方から連絡が来た。犯人の男から聞いた組織の拠点は既に制圧済みで、そこにいた奴らも逮捕したそうだ。今回の件や他の犯罪の証拠もたっぷりだとよ。
そして今回盗まれたと思われる衣服と物干し竿もそこで発見したらしい。色々確認が済んだら後で依頼人に返してやりな。……それにしても拠点の場所を教えたのはついさっきだってのに、やけに仕事が早かった。
広谷、てめぇ何かしたろ?」
おぉ、それは良かった。木崎ちゃん、衣服に並々ならぬ情熱というか愛情を注いでいたから、もしこれが見つからないとなると俺は殺されちゃうんじゃないかと心配してたんだよ。
それにしても、何かしたろとはいったい……? 俺はいつも何もしないことで有名なはずだが。
「? 何もして無いけど?」
「ちっ、まぁいい。どうせ後で分かることだ」
俺は何もして無いと言っているのに、社長は俺が何かしたと確信しているような口振り。どんだけ信用無いんだよ俺の言葉。
「そういや広谷、今回の事件、事務所に籠って何してやがったんだ? 柿木がてめぇから離れるなんて滅多にねえだろ」
うげ、それを聞かれると困っちゃうな。まさか皆が事件の捜査を頑張っている間、優雅にテレビ見てましたなんて言えないし。
俺が答えに窮していると、
「姐さん、それが犯人の男の供述によると、どうもこの近辺の一級以上の探偵には全員監視が付けられていたらしく、広谷が事務所に籠っていたのも、恐らくこちらが事件の重大性に気が付いていないと思わせて油断させる為かと。結果として昨日も犯行が行われ、犯人の一人を逮捕出来ましたし」
おおー。天の声きたー! 何だか分からんが、俺のサボりは犯人を油断させる為の作戦だったらしい。策士だね、俺。
田中さん、いつもいつも俺のピンチを救ってくれてありがとう。
「流石所長です」
ここぞとばかりに柿木がよいしょしてくれる。いやー、仕事をさぼってテレビで将棋を見ていただけで、こんなに評価されてしまう人間なんて俺くらいじゃないだろうか。
「成程な。そういうことだったのか。それで? それはあたしにも監視が付けられていたってことか?」
「えぇ恐らくは。その話を聞いて先程周囲に人員を配置しましたので、すぐに監視していた人物を捕縛できるか……少なくとも監視の目は無くなるかと」
「チッ。早くしろよ。
それにしても一級以上全員というのが気になる。以上と言っているからには奴らは特級持ちの存在を認識している。このことを知っているのはほんの一握りの人間だけだぞ? それに誰が一級以上の資格を持っているのかを完全に把握しているような口振りじゃねぇか。
確かに多くの資格持ちは仕事の為に、級位を公表しているが、中にはあえて隠している奴もいる。広谷みたいにな。にもかかわらず、それを全員把握出来ているというのは不自然だ。国の方に情報を流している人物がいるとしか思えねぇ」
俺は別に隠している訳じゃ無いんだけどね。ただ、こういう資格を持ってますよと言うと、それ相応の能力を期待されてしまう訳で、本来四級程度の能力しかない俺はその期待のプレッシャーに耐えられないから資格の事を滅多に口にしないだけだ。
「有り得ますね。あのテロ組織は全世界でかなりの支持者がいますから。国の中枢にそういった人物がいてもおかしくはありません」
「メンドくせーなぁ。おい広谷、てめぇこの期に及んでまだ国家依頼を断るとか言うなよ。てか元々あれは、一応の形式として依頼を受けるかどうか聞いてやってるだけで、てめぇに拒否権はハナから無い!」
国家依頼を受けるのは望むところだ。だって資格を失っちゃうからね。クビになっちゃうからね。それに今回の国家依頼は、特級持ちが何人も召集されているらしいから俺の様な無能が一人加わっても、問題なく事件が解決しそうだからむしろいつもよりやる気は十分。
「大丈夫。受けるよ。元々そのつもりだったんだ」
「あ? なら何でこの前は拒否したんだよ」
社長が警戒したようにそう聞いてくる。いや、俺だって国家依頼と知ってたら拒否しなかったよ。てっきり健康診断のことだと思ってたんだ。それを社長に言えば簡単に説明は出来るが、健康診断のことを口に出したが最後、社長は絶対に健康診断を受けろと言い出す。それはとても困る。うーん、適当にそれっぽいことを言って誤魔化しておこう。
「あの時はそれがベストだったんだ。でも今はこれが最善。大丈夫、全て計画通りだよ」
「流石は所長です。やはり何もかもお見通しだったんですね」
そんなハズ無いだろ? 俺は十分後に自分が何をしているかも想像できない程、先を見通せない男だよ。だがそんなことを正直に言えるはずもなく、
「どうだろうね」
そう、どちらにでも取れるようなことを言い、お茶を濁しておく。
「ならいい。仕事自体は一ヵ月以上先の一月三十日。朝の九時に外務省のいつもの会議室に集合だ。 バックれんなよ? 前みたいに当日になってお腹が痛いとか言って帰ろうとすんなよ?」
「分かった分かった。大丈夫だから。全く少しは信頼して欲しいね」
今回は大丈夫だよ。
前に腹痛を理由にバックれようとしたのは、国家依頼の癖に特級持ちどころか召集された探偵が俺しかいなかったからだ。柿木もその時はまだ俺の秘書じゃ無かったから現場に連れていけなかったし。
そんなどう考えても俺のせいで事件が迷宮入りするだろう状況に俺は耐え切れなくなり、現場から何度か逃げ出したのだ。
「てめぇは、しょっちゅう常人には理解しがたい行動をとるからな。警戒されて当然だ」
「心配しないで。今回は大丈夫だよ」
だって、柿木も隣りにいるし、特級持ちも俺以外に何人も来るのだ。きっと俺が家でテレビを見ていても事件は勝手に解決する。心配することは何も無い。
「はいはい。今回こそは他所の人間と問題を起こさずに事件を解決することを願ってるぜ」
そう社長が半ば諦め気味に言って、社長室でのお話は終了した。
…………あれ? そう言えば俺、今回の国家依頼の内容まだ教えてもらって無いんだけど!?
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