第23話 今井も成長したものだ

「いやー、何とかなるもんスねー」


「何とかなるもんだなー」


 昨日の本社での話し合いから一夜明け、今日は事件の捜査での疲れを癒すため所長室でトランプをして楽しんでいた。メンバーは俺、柿木、今井の三人。


 いつも事件を解決した後は、こうして事件の捜査チームのメンバー同士で遊ぶというのがうちの事務所のルールだ。仕事がなくて暇な人がいればよくここに混ざってくるのだが、今日他の皆は忙しいらしい。


 これは俺がいつも事件が解決した後は気が抜けてしまい、仕事をやる気にならないからと定めたルールなのだが、みんなにも結構評判が良い。勤務時間中ではあるが、柿木と今井も今は完全にプライベートモードだ。


「今回ばかりはうちも自腹を覚悟しましたよ」


「俺は誰からお金を借りようかってことまで考えていたよ」


 今俺達が話題にしているのは、今回の捜査でついにそのベールを脱いだ新兵器、『撃つるんです』のこと。なんと昨日、柿木の判断によって正式にその開発費を事務所のお金で賄うことが決定したのだ。これで『撃つるんです』の莫大な開発費が自腹になると言う地獄を見ずに済んだ。


「借金はやめてくださいよ? 言ってくだされば私がお金を貸しますから」


「うわー柿木先輩、広谷センパイのことを甘やかしすぎっスよー」


「そんなことはありません。八尋君程の人物が誰かに貸しを作ることの方が危険ですから。私は仕方なくそう提案しているだけです」


「大丈夫だよ。今回は運良く『撃つるんです』がその真価を発揮してくれて、柿木もそれを認めてくれたからね。借金の予定は無くなった」


「運良くって、最初から最後まで所長の策略通りじゃないですか」


「そうッスよ。それともうちが何かミスするとでも思ってたんスか?」


「いやー、どうだろうね」


 俺の策略がどうのは置いておいて、実際ミスはすると思ってました、ごめんなさい。


 俺の計画では、いつも通り今井が何かやらかした後に起こる奇跡の力で、柿木が『撃つるんです』を認めてくれれば良いなと思ってたんだけど、今回今井はほとんどミスといったミスもせず、仕事をほぼ完璧にやり遂げたようだ。一度、『撃つるんです』のマガジンを高所から落としてしまったようだけど、怪我人も出なかったし、本人も充分反省しているのだからこれはミスとは言えないだろう。今井も成長したものだ。


 てかその柿木の上手くいったら何でも俺の功績にしようとするのいい加減やめて欲しい。いくら出世したくないからと言っても、ここまで毎回功績を譲ってくる必要は無いはずだ。それに今回は社長達にも捜査の詳細が伝わっているから、そんな無理矢理俺に功績を譲ろうとしても意味ないと思う。俺今回はずっと将棋見てただけだよ?


「うわっ! その反応、絶対うちがミスすることも計算に入れてましたよね!?」


「舞ちゃん、八尋君は起こり得るありとあらゆる可能性を全て考慮して計画を立てます。だからそれを悔やむ必要はありません」


「うぅ、それでもなんか悔しいです」


 いや、柿木よ。毎度思うが、何をどう考えたらそんな天才軍師みたいな真似を俺が出来ると思うんだよ。無理に決まってるだろ。


「それに今回は舞ちゃんが居なければ犯人を確実に逮捕出来たか分かりませんからね」


「え? うちそんなに活躍してました? センパイ、うち大活躍でしたか?」


 うーん、俺今回は現場に居なかったから良く分かんないんだよね。でも柿木がこう言うってことはそれが事実なのだろう。


「うんうん、今回は今井が居てくれて本当に良かったよ。今井が居なかったらこんな簡単に犯人を捕まえられなかったと思うよ?」


 きっとそうだろう。だって犯人は洗濯物を見て、失禁しながら気絶するようなド変態だし、犯行中に通信をしていた変態仲間もいたと聞く。柿木一人では手に余る相手だったことだろう。


「センパイにそこまで言ってもらえるなんてうち感激ッス!」


「今回は『撃つるんです』を使いこなせる舞ちゃんが居たことで、犯行の証拠を撮影出来ました。さらに、依頼人に部屋のカギを借り受けて犯人を確保するまで、気絶した犯人を監視してくれていたのも舞ちゃんです。舞ちゃんが居てくれて本当に助かりました。確かに丁度良い人数でしたね、八尋君」


「う、うん、丁度良いね?」


 何で丁度良いということを俺に意味ありげに言ってくるのだろうか、柿木は。


「か、柿木先輩まで。もうっ、ありがとうございます! 次回からも私を捜査チームのメンバーに選んでくださいね?」


 俺と柿木のべた褒め攻撃で、今井はくねくね体を揺らしながら恥ずかしがっている。とても嬉しそうだ。良かったね。


 にしても、捜査メンバーに今井を、か。


「柿木はどう思う?」


「舞ちゃんも最近は成長してますし、他の班の様子を見ても、メンバーに入れて問題無いと思います。ですが、私は八尋君の考えに従いますよ?」


 うーん、そういうのが一番困るんだよね。だって俺の考えって大体間違ってるから。


 今井は緊張したような、それでいてどこか期待したような面持ちで俺の答えを待っている。今井としても良く遊ぶ俺、柿木、今井のメンバーの中で自分だけがいつも広谷班と呼ばれる、俺のいる捜査チームのメンバーに入っていないのが気になっていたのだろう。


 広谷班は実質柿木のワンマンチームである。柿木はよく俺の所長としての面目を立てるため、俺にヒントという名目で色々聞いてくるが、俺の考えなど柿木にとってはヒントになるはずもなく、いつもいつも柿木はほとんど一人で事件を解決しているのだ。


 うちの事務所には今、基本的には捜査チームが三つある。今井はそのどこにも属さない遊撃的な立場で、いつも広谷班以外の二つの班を行ったり来たりしている。勿論、今井の能力が不足しているとかではなく、そういう立場の人間が一人いた方が、様々な依頼をこなす上で効率的で効果的なのだ。


 とはいえ最近では、事務所の皆がこの不甲斐ない所長の能力を補うかのようにぐんぐんと成長して、今ではほとんどの依頼をそれぞれの班だけでこなせている。だから今井もそろそろ、どこかの班に固定しようとは思っていた。


 もし今井をうちの班に入れたらどうなる? 柿木の負担が減るかな? いやでも、今井もちょくちょくとんでもないミスをしでかすからな。俺のやらかしに加えて、今井のやらかしのカバーまでするとなると柿木の負担は半端ではない。


 しかしさっきも思ったが、今井もここ最近かなり成長してきている。この調子ならば、柿木の負担になるようなことはあまり無いんじゃないだろうか。むしろ、これまで柿木に全て頼り切りだったのを、今井に少しでも負担してもらえるようになるのなら今井をメンバーに入れるのは有りなのでは?


 ……よし。


「いいぞ。ただ、これまで同様、どこかの班が今井が必要な状況になったらそっちに優先して行ってもらうからな?」


 まぁ、ここら辺がいい落とし所だろう。


「やったー! さっすがセンパイ! 話が分かるうッ。あと柿木先輩もありがとうございます!」


「いえ、私は八尋君の意思に委ねただけなので」


 これでとうとう、うちの班は三人になった。来月の国家依頼は色々と規制が厳しいので行くのは俺と柿木だけになると思うが、これからは三人での捜査と考えると気が楽になってくる。


 だって、二人よりも三人の方が依頼人から俺に向けられるプレッシャーが少なくなるからね。いつもいつも俺に対する依頼人からのプレッシャーは凄まじいものがある。なんでもうちの事務所には名探偵がいるという噂が流れているらしく、どんな難事件や依頼でもあっという間に解決してしまうと評判らしいのだ。そして不幸な事にその名探偵をうちにやって来る人みんなが、俺のことだと勘違いする。


 確かに厄介な依頼はうちの班で受けることが多いし、所長は俺で、柿木はその秘書だ。そして実際に資格の級位だけを見れば俺が一番上だから、俺のことを名探偵と誤解してしまう気持ちも分かる。でも本当に名探偵なのは柿木なのだ。俺はいつもただ柿木の横で、にこにこと事件が解決する様を眺めているだけにすぎない。それなのに、みんなが俺に名探偵としての働きを期待してくる。それに俺がどれだけ困らされているか……。


 でもそれももうこれで終わりだ。今井がうちの班に入ったことだし、依頼人との顔合わせの時にでも今井がうちのエースです、と言えばみんな今井が噂の名探偵だと思ってくれることだろう。


 前からこの作戦は考えていたのだが、いくらなんでも秘書の柿木をうちのエースですと言うわけにもいかず、計画が凍結されていたのだがようやく実行できるようになった。


「今井、これからの働きに期待しているぞ?」


「はいセンパイ! どんな厄介な事でもこのうちに、まかせて下さい!」 


 ふふふふ、次回からの依頼が楽しみだぜ。

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