第15話 今井舞視点②
まずは昨日の夜センパイに言われた通り、おもちゃを回収するために駅に向かう。そしてそれを回収したら柿木先輩と合流だ。
それにしてもあのおもちゃ、どうやって事件の捜査に使えばいいんだろう?
おもちゃの開発費には事務所のお金が使われている。
使われているというか、勝手に使ったというか……まぁそんなとこで、現在その事実を知っているのは開発に携わった三名のみだ。
そう、この事実はあの柿木先輩ですら知らない。
勿論、このおもちゃが誰の目に見ても事件の捜査に有用であるならば、その開発に事務所のお金を使うのは問題ない。だが、このおもちゃは開発者である私達でさえ、使い所が限られていて、捜査への有用性を万人に理解してもらうのは難しいと考えていた。
考えてはいたが開発中は皆、謎にテンションが上がってしまって、なんとかなるだろうという楽観的な思考が働き、事務所のお金をじゃぶじゃぶと使い続けてしまったのだ。
それを今日、とうとう実戦に投入する。それも事務所の会計業務にも携わっている柿木先輩の目の前で。
ここで有用性を柿木先輩に認めてもらえなければ、数十万もの開発費は全て自腹で立て替えなければいけなくなってしまう。それは困る。ひっじょうに困る。
事務所の全権限を握っているのは所長であるセンパイだが、そのセンパイも柿木先輩お得意の正論パンチの前には無力。これまで頑なにあのおもちゃを誰にも見せない様にしてきたのはセンパイだ。恐らくセンパイも、ただこのおもちゃを柿木先輩や他の皆に披露した所で、その有用性が認められるのは難しいと考えていたのだろう。
だが今回、センパイは私にとうとうこのおもちゃの使用を許可した。それは恐らくこの事件の捜査において、おもちゃの有用性が発揮される場面があるとその天才的頭脳で推理したからだ。
そして私には今回、そのおもちゃを最大限に活用し、柿木先輩に有用性を認めさせることを期待されているんだと思う。
このおもちゃをどうやって事件の捜査に活用するのか、そしてどうすれば柿木先輩がこのおもちゃを認めざるを得ない結果を残せるのか。今の私には何も分からない。だけどセンパイは今の私に出来ないことは決してやらせないはず。今後、先輩達と一緒の捜査チームに入れてもらうためにも、何とかして期待された役目を果たさないと。
――そうこう考えている内に駅に到着した。
駅はもう既に昼頃だということで、いつも大勢いるサラリーマンや学生の姿はほとんど見られず閑散としている。きっとここが都会の駅なら、この時間帯でも外回りのサラリーマンとか大学生がいっぱいて賑やかなんだろうなと、どうでもいいことを考えながらコインロッカーのある場所に向かって歩いて行く。
目的の場所に着くと、そこには誰もいなかった。まぁ駅にあんなに人がいないんだからここも人がいる訳無いよね。
私はロッカーの施錠を解除をする為の操作パネルの前でスマホを覗く。
ここのコインロッカーは暗証番号を入力して解除するタイプだったので、昨日の内にセンパイからメールで教えてもらっていた暗証番号をそのまま入力する。
ぽち、ぽち、ぽち、ぽち、ぽち、ガチャン
暗証番号はきちんと正しいものであったらしく、一番サイズが大きいロッカーの内の一つのロックが外れる。
「はぁ、こうやって収納したんスねー」
ロッカーの中に入っていたのはギターケース。
だが当然だが、中に入っているのはギターではない。
恐らくこのギターケースでの持ち運びを考えたのは、センパイじゃない方のあの上司だろう。あの人はスパイ映画とか、戦争映画が大好きなミリタリーオタクでもあるから、きっと何かの映画でこうしてギターケースに偽装して物を持ち運ぶシーンでもあったに違いない。
よし、駅での用も済んだし、柿木先輩との待ち合わせ場所に向かおう。
私はやたらと重いギターケースを背負い、駅を後にした。
~~~~~~
待ち合わせ場所に着くと、既に柿木先輩は到着していた。
待ち合わせの時間には間に合っていたが、柿木先輩の鼻や耳が真っ赤になっていたので、この様子を見ると結構な時間を待たせしてしまったのかもしれない。
「おはようございます柿木先輩! すいません、お待たせしちゃったみたいで」
「いえ、私がたまたま早く来てしまっただけなので気にしないでください。それで……それが例のおもちゃですか?」
「そうッスよー。あ、中身はギターじゃないッスからね」
「分かっていますよ。どうせそれを作ったのは、舞ちゃんを含むいつものぶっとび三人組なのでしょう? だったらギターケースの中にギターが入っているなんて当たり前のことをするはずがありません」
さすが柿木先輩だ。ギターケースを見ただけで、いつもの私達三人組の仕業だと見抜いてしまった。それにしてもぶっとび三人組だなんて酷い言われようである。そんなこと初めて言われた。
「柿木先輩、そのぶっとび三人組ってなんスか!? 初めて聞きましたよ! 今までは普通にあの三人とか、いつものメンバーとか言ってたじゃないっスか!」
「え? ――あぁ、これは公称じゃ無かったんですか? てっきりまた八尋君が名付けたものとばかり。いつもいつもとんでもない物を作ったり、色んな事をしでかすから、きっとこれまでの敬意(経緯)を込めてみんなそう呼んでるんですよ」
「そ、そんなばかな…………」
何てことだ。そんな二つ名みたいなのが付けられる程、はっちゃけて活動していた自覚が無かっただけにその名前はとても心にくる。他の二人はともかく、私は至って真面目に活動していただけなのに……。
「それで、その中身の説明を今日はしてくれるのでしょうね?」
そんな私の心に負ったダメージを知ってか知らずか、柿木先輩は今回の捜査で重要な役割を担うと思われるおもちゃに話題を切り替えてくる。
仕方ない。その不名誉な名前を返上する為にも、今度は皆をあっと驚かせるようなすごい物を作ってやる! そう心に固く誓い、私は気持ちを仕事モードに切り替える。
「それは勿論ッスよ。ただここだと人の目があって中身を見せられないので、場所を変えましょう」
そう言って歩き始める私に、柿木先輩は素直に付いて来てくれる。
いつもだったら簡単な説明くらい出来るでしょうと言われていた場面だと思うが、もしかしたら柿木先輩も寒くて早く暖かいところに移動したかったのかもしれない。
「丁度今日の打ち合わせもしたいと思っていた所です。それで、どこに向かうのですか?」
暖かくて、人目に付かない、そして事件の話をすることから情報が外部に漏れない機密性の高い場所が理想だ。この全ての条件に当てはまる場所と言ったら――
「カラオケっス」
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