第14話 今井舞視点①

今井舞視点

 今日は昨日と違い、柿木先輩と一緒に捜査を行う。だから昨日よりも早く起きて、待ち合わせ場所に向かわなければならない。


 実は昨日は二時間程寝坊してしまったのだ。いつもと違い、事務所に行って出勤の打刻をしなくても良いと思い油断していたのだろう。目覚ましが鳴って一度は起きたのだが、見事に二度寝をかましてしまった。そのせいで捜査を開始したのは午後三時くらいからと、予定よりもかなり遅れてのスタートとなった。


 もしこの事実がバレれば、絶対に柿木先輩に怒られる。そう思った私はそれはもう頑張って寝坊した分を取り返そうと、片っ端から聞き込みを行った。依頼人の家に行った時には既に体力が尽きかけて、顔色が悪いとそのご家族に心配されてご飯までご馳走になったくらいだ。


 いやー、昨日の報告会の時にバレなくて良かった。もしかしたらあの異常な観察力と推理力を持つ広谷センパイにはバレていたかもしれないが、柿木先輩は気付いていたら絶対に何か小言を言ってきたであろうから少なくとも柿木先輩にはバレていないだろう。


 私は昔から朝が苦手だ。学校に遅刻したことも一度や二度ではない。もしかすると、小学校から通算したらその回数は三桁に到達しているかもしれない。そんな私が今の会社に入社した理由は、一番はあの偉大なるセンパイ達がいたからだが、二番目はその勤務時間にあった。


 うちの会社は、基本的にフレックスタイム制を採用しており、八時から二十一時までの間に、休憩時間一時間を含む九時間勤務すれば良いことになっている。それもその日の仕事内容によっては、事務所に出社する必要もなし。

 朝が苦手で、通勤時間や通学時間を人生の無駄遣いと思っていた私にはまさにピッタリの会社だった。


 最初の一年目こそ、センパイ達とは違う事務所で仕事をしていたが、二年目からは広谷先輩が新たに設立される事務所の所長になるということで、私もその事務所に異動。


 同じ会社なので、センパイ達とはちょくちょく会って話をしてはいたが、同じ事務所ともなれば毎日会えるし毎日話せる、そして毎日遊べる。一緒に事件を解決しちゃったりしたら最高だ、と当時の私は舞い上がったものだが……現実はそう甘くなかった。


 センパイが所長になり、柿木先輩を秘書としたことで、事件の解決率100%の最強コンビが高校の時以来の再結成を果たしてしまったのだ。


 そのせいでうちの事務所に持ち込まれた、特に厄介な依頼はこの二人が全て片付けてしまう。そしてそういった厄介な事件でも、二人は毎度毎度、一週間も経たない内にスピード解決してしまうため、そこに私を含む他人の入り込む余地など一切なかった。


 たまに事務所全体で依頼が無く暇な時は、センパイがみんなに声を掛けて、二人の仕事に研修という名目で事務所の皆が付いていくことがある。だが、そんな状況でもあの二人は二人だけの力で事件を解決に導く。


 私もいつかこの二人の間に入って難解な事件を解決したい。


 だが広谷センパイがそういった事件の担当に柿木先輩以外のメンバーを入れないのは、きっと今の私達の実力ではまだまだだと判断しているからだと思う。


 センパイの人を見る目は確かだ。神懸かっていると言ってもいい。


 これは柿木先輩から聞いた話だが、センパイは一度仕事を一緒にすると、その人の現時点での実力や能力をすぐさま把握してしまい、さらにはその将来性までも見通してしまうらしい。


 ここだけ聞くと神様や仙人のような話だが、私はこの話は真実だと考えている。


 柿木先輩の広谷先輩に対する観察力は昔から異様に正確で鋭い。好きな食べ物から靴下のローテーションまで、あらゆるデータを把握している柿木先輩の広谷先輩評が間違っているとはとても思えない。そしてこれまで積み上げて来た、センパイの所長としての実績もある。


 うちの会社では基本的に、依頼に関わるメンバーの人選や仕事の期限の設定、求める仕事のクオリティ、果ては給料の額に至るまで、事務所内に関する全ての決定権をそれぞれの事務所の所長が握っている。

 これは本社の社長の、『各事務所は本社からは独立した一つの集団なのだから、その中での決定に本社は口を出さない』という方針から来た仕組みらしい。


 広谷センパイはこの方針のことを、社長が子分以外の面倒を見るのが大変だから全部丸投げしているだけだ、と言っていたが……。


 その真偽はともかく、この仕組みで実際、会社が大きな成功を収めているのだから社長は凄いと思う。もしかしたらセンパイの次くらいに尊敬しているかもしれない。ちなみに一昨日の夜に判明したのだが、そんなすごい社長と会うことをセンパイはアポなしで実現することが出来るらしい。それも本人の広谷先輩が行くのではでなく代理の柿木先輩を出向かせて。


 これには私もセンパイすげーーッ! と心の中で大興奮だった。


 さらに昨日柿木先輩よりもたらされた情報によると、センパイは国家公認探偵の特級というかなり特別な国家資格を保持しているらしい。私自身はまだ三級だし、そもそも資格自体が一級までしか存在ないと思っていたのでダブルで驚いた。


 センパイ、パネーーーーッ!! 昨日は柿木先輩の報告を隣りで聞きながら、内心大興奮だった。


 そんな所長という地位の持つ権限の強大さは勿論うちの事務所でも同様。そしてだからこそうちの事務所は、同系列の三十を超える探偵事務所の中でもトップクラスの実績を誇っていると言える。だってその強大な権限を与えられているのが、他の誰でもない広谷センパイだからだ。


 広谷センパイがこれまで事務所のメンバーに割り振った仕事は、どれも苦労したものこそあれ実力不足で遂行出来なかったことや残業しなければ間に合わないといったことはただの一度も無かった。さらに一度割り振られた仕事はよっぽどのことが無い限り、かなりの裁量を担当者に与えてくれる。勿論、センパイや柿木先輩が無理だと判断したものはストップが掛けられるが、そうでない限り自分の思い通りに仕事を進めることが出来るのだ。


 そしてそれぞれの性格に合った、その人の能力に見合った仕事を割り振られ、こなしてきた私達は我ながらこの数年でかなりスキルアップしてきたと思う。だからだろう。うちの事務所のメンバーはいつの間にか、得意分野に関しては、皆が他の事務所でいうエース級にまで成長していた。


 そしてそんなメンバーが揃っていることから、厄介な依頼を他の事務所から回されることが年々増えてきている。まぁそれでも未だにうちの事務所は会社の中でトップクラスの依頼解決率を保持しているのだが……。


 勿論、そんな厄介な依頼を多くこなし、能力の高い者が多いうちの事務所の給料は他の事務所に比べてかなり高い。

 そこら辺の理由からうちの事務所は他の事務所から嫉妬や、羨望の眼差しを良く受ける。


 こんなすごい実績を事務所が設立されてから数年で広谷センパイは成し遂げているのだ。センパイの人を見る目は神懸かっているというのは真実と考えるしかない。


 そんなセンパイがなんと、今回の事件の捜査メンバーに私を指名した。これまで広谷先輩と柿木先輩のコンビで携わる事件に、誰かが単独で呼ばれたことは無かったのに関わらず、だ。今回、センパイは事務所からは出ないらしいが、きっと事務所の中でこの事件に関連する何かをやっているに違いない。柿木先輩もそう予想していたしまず間違いないだろう。


 ということはこの事件が私にとって、初めての先輩方二人と共同で捜査する事件となるのだ。


 広谷センパイの推測によると、今日この事件についてはケリがつくらしい。センパイがそう断言したのならまず間違いないく事件は今日解決する。だからこそ、今日の内にセンパイ達には私がこんなにも成長したんだぞというところを見せつけて、次回からも私を捜査の仲間に入れてもらえるように頑張らないといけない。


 自宅の玄関の扉を開ける前に、頬をパンと自ら叩き、朝の怠さを無理やり吹き飛ばす。そして気合十分となったところで玄関の扉を開き、外に出る。


 さぁ、今日は先輩達にうちの活躍を見せつけてやるぞ!!

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