第13話 報告を受ける③

「さて、話は戻るが柿木。君は俺の言いたいことが分かったらしいね? 今井に説明してあげてくれ」


 さっきの会話的にどうも俺の思ってた土曜の特殊性と、柿木の思ってた土曜の特殊性が違うっぽいので、柿木に全部説明してもらう。

 だってどう考えても俺の思い付いたことよりも、柿木の思い付いたことの方が正しいし。


 画面の二人がまたくるんと同時に俺の方へ振り返る。さっきから同時に同じ動きをしてるけど打ち合わせでもしてるの? 君達昔から仲良いよね。


『そうですね。所長のヒントによりようやく気付けた私が説明するのも気が引けるのですが、それでは説明させて頂きます』


『おねがいしまーす』


 どうやら柿木も今井も仕事モードに戻ってくれたようだ。二人共先程までのゆるい雰囲気は鳴りを潜め、真剣な顔つきに戻っている。


『先程、土曜日の特殊性は、日曜日が原因というところまで説明しました。それでは日曜日に何があったのか。今井さん、遊園地以外で何か思い付きませんか?』


『ゆ、遊園地以外? うーん、うちの好きな深夜アニメの最終回ですか?』


 お、今井のやつ、もしかしてあのアニメ好きだったのか? 

 俺も好きなんだよ。七話くらいまでは完全にギャグアニメでみんな笑って見てたのに、八話で突然メインキャラの一人が失踪。そこから一話ずつ誰かしらが謎の失踪を遂げ、最終的にメインキャラは主人公しか居なくなるというホラーサスペンスなアニメだ。


 世間では、ギャグアニメとして七話までは非常に評価が高かった。七話の時点では、多くの人がこれは今期の覇権アニメだ、とか言って持ち上げていたくらい。しかし、八話以降のシナリオの急展開に付いていけない人が続出し、最終的にはクソアニメという評価に落ち着いてしまった、とても儚く、そして悲しい作品だ。

 そんなアニメを最終話まで見ているなんて、今井とはやはり気が合う。


『深夜アニメの最終回が、土曜日にまで影響を与える訳が無いでしょう。それにあのアニメ、途中までは面白かったのに脚本家の暴走のせいで、最後の方はほとんど話題にもならなくなっていたじゃないですか』


 おお、なんと柿木もそのアニメは知っていたようだ。しかしどうも前半部分のギャグアニメな所が好きだったらしい。表情からは察せないが、柿木のこの口振りからすると、このアニメの脚本家にかなりの怒りを覚えているみたい。

 まぁ、コメディとして見ていた作品が突然、伏線も何も無くホラーサスペンスになったのだからそりゃ怒るよね?


 それでも楽しめてしまう俺と今井は、自分達でも自覚しているが少数派だ。


『じゃあ分かりませんッ!』


 自らの力で答えに辿り着く事を諦めたのか、そう今井が元気よく答える。どうやら今井にとって、前の日曜日は俺との遊園地と深夜アニメの最終回が全てだったらしい。


『はぁ、社会人なら知っておくべきですよ、舞ちゃん。この前の日曜日は、市長選挙があったんです。ほら、半年くらい前に依頼に来た市長さんがいたでしょう? あの人が見事再選を果たしたとして、ニュースや新聞でも取り上げられていましたよ?』


 なんと! それは驚きだ。前に来た市長のことは勿論覚えているが、日曜日に選挙があったなんてまるで知らなかった。

 毎度毎度、大人として投票には行かなきゃなと思っているのだが、俺はどうにも仕事以外では家にいることが多く、選挙の投票日が気付かない内に過ぎ去っているのだ。


『え、選挙があったんスか? うわー、また選挙に行く機会を逃しました。成人した記念に行ってみたかったのに……。柿木先輩どうして教えてくれなかったんスか!?』


『今井さん、もしや貴方、新聞とかニュースを見ていないんですか? これらを見ていれば選挙の日程位分かるはずですが』


『い、いやうち貧乏で……。テレビを買うお金も無ければ、新聞を購読するお金も無くて――』


『なにしれっと嘘ついてるんですか。今井さんにお金がないのはその散財癖のせいでしょう。前に家に遊びに行った時は8kテレビも最新のゲーム機も超高性能のデスクトップパソコンまであったじゃないですか』


『柿木先輩、よくそんなに覚えてますね』


『私は一度見たものは忘れないので。どうせ、テレビはバラエティやドラマばっかり見てニュースは全く見ていないんでしょう? そして新聞は元から読む気が無いから購読していないと』


 柿木のその発言は俺にも良く当てはまってしまう。だって、ニュースとか新聞とか見てても面白くないしね? しょうがないよね?

 

 仕事から離れている時くらいは楽しいものに囲まれていたい!


 もちろん社会人として、そういったものに目を通すのは重要性というのは十分に理解している。だが幸運にも俺には優れた秘書である柿木がいる。そんなものに目を通さなくても、必要とあらば柿木が横から全部教えてくれるから問題無いのだ。


『うちの普段の生活や心の内を覗き見たかのようなその推理力、流石ですね』


『今井さんの生活態度は後から矯正するとして、話を戻しましょう』


『えっ!? 矯正されちゃうんスかッ? それはちょっと困ると言うか嫌だというか――』


 思いもよらない、柿木による今井の生活態度矯正発言を聞いた今井はとても狼狽している。可哀そうに。柿木は指導する時はスパルタだからな。きっと苦労することだろう。

 万が一にでも俺にその被害が飛び火してきても困るので、俺はちらちらと救いを求めて視線を向けてくる今井から目を逸らし見捨てる。


『そんなセンパイッ! センパイだってうちと似たような生活して――』


 おっと、それは言わせない。


「じゃあ柿木、さっきの説明に戻ってくれ」


『承知しました。それで選挙なのですが、選挙には選挙活動というものが付き物です』


『センパイずるいッ!』


『今井さん、貴方の為に説明しているのですよ?』


 柿木が凍える様な視線で今井を見つめる。


『ひっ! は、はい、申し訳ありませんでした! 今井舞、これより偉大なる柿木先輩のお言葉を真剣に拝聴させて頂きます!』


 それに怯えた今井が敬礼しながら、普段とは違うおかしな口調でそう答える。


『よろしい』


 よろしんだそれ! 


『選挙活動は、例えば駅前とかでよくやっている街頭演説や、道路を走行しながらのスピーカーを使っての連呼行為がそれに該当します』


『ふむふむ、なるほど。よく見かけるあれっすね。その連呼行為なんてまじうっさいッスよね』


『まぁ、そういう意見もあります。それでこの選挙活動なのですが、選挙当日には禁止されています。法律によって選挙活動は選挙の前日までしか出来ないよう制限されているのです』


 当日できないんだ! それは知らなかったな。 


『今回の市長選挙の立候補者にとってもそれは同じ。選挙活動なんてものは基本的には名前を売る行為です。ほとんどの市民にとっては立候補者は知らない人ですし、どういった経歴で、どういった思いで市長を目指しているのかを自ら調べて投票する人なんて極僅か。だからこそ選挙活動によって、自分自身を知ってもらい投票されやすくしようという訳です』


 ふむふむ。市民に名前を憶えてもらってさえいれば、能力が無くてもワンチャン生まれるってことか。


 まさに高校時代に知名度だけで生徒会長に選ばれた俺みたいな話だな。


『そしてその選挙活動が最も効果を発揮するとされているのは選挙の前日。一週間前に聞いた名演説よりも、前日に聞いた下手くそな演説の方が人々の記憶に圧倒的に残りやすい。さらに土日は休日の人がかなり多いため、選挙活動の効果は倍増。だからこそ選挙前日の土曜日は最も選挙活動が盛んに行われるのです』


 へー、柿木はやっぱり物知りだなあ。


『私は今回の犯行がドローンによって行われたものと推測しています。しかし今井さんの聞き込みによると、ドローンが動いていたような音は確認されていない。それはおかしい。私の推測が間違っているとも一瞬思いましたが、所長のヒントによってその問題も解決しました』


 すまん、そのヒント全く別の答えのヒントなんだ……。まぁ敢えて言ったりはしないが。 


『おそらく犯人は、ドローンの音を聞かれない様、被害者の自宅近辺に街宣車がやって来たタイミングでドローンを飛ばし、洗濯物を強奪。幸い街宣車の走行速度はとても遅い。犯行が終了するまで街宣車はその音消しの役割をきっちりと果たしたことでしょう』


『確かに、あんな爆音で、〇〇を〇〇をどうぞよろしくお願いしますとか言ってたら、ドローンの音なんて搔き消されちゃいますね』


 すごいぞ、柿木。俺の思ってたものとは遠く懸け離れてしまっているが、子供の声に搔き消されたという俺の推測の百倍は説得力があるじゃないか。


『それでもまだ犯人の目的が分かっていませんが、所長が明日ケリが付くと言っているのです。きっと大丈夫でしょう』


 ? 今度は柿木が意味不明なことを言いだした。明日ケリが付くのは竜王戦だよ? もしかしてそれが終わったら俺が捜査に加わるから大丈夫とでも思っているのか? そんな訳がない。俺が加わっても戦力はプラスマイナスゼロ、いや柿木が俺の様々なミスをフォローをしなくちゃいけなくなるからむしろマイナスだ。


 そんな俺のもやもやした気持ちを解消できぬまま、今井が今日の報告を再開する。


『聞き取りの後は、依頼人の家に行ったんスけど、めっちゃ高そうなマンションに住んでましたよ。あ、高いっていうのは値段と高度の両方のことッス。聞くところによると三十八階建てのマンションらしいッスからね。凄すぎますよ。それで依頼人から色々と話を聞いた後は、そのお父さんとお母さんのご家族全員におもてなしされちゃいまして、いやー、お肉美味しかったです!』


 小学生か! お前のご飯に対する感想は今はいらないんだよ。


『今井さん、他に何か新しい情報は無いのですか?』


『そうそう、先月から公務員のお父さんがリモートワークを許可されて、家族全員でいる時間が増えたってすごく嬉しそうに話してましたよ? なんと出勤は毎週水曜日だけ! 羨ましい話ッスよね』


 近年は、働き方の多様性が世間で騒がれているからな。ついに公務員もその波に抗えなかったのか、続々と希望者に対してはリモートワークやらフレックスタイム制での勤務を許可する流れになってきている。


「うちの業界はなー、さすがにリモートで事件の捜査するわけにもいかないし」


『ま、うちもその辺は仕方ないんで割り切ってますよ。あと何かあったかなー。事件現場のベランダも見てみたんですけど、特に異常は無かっスね。やっぱここら辺は田舎なだけあって、高い建築物が全然ありませんから。マジで見通し良くて最高の景色でした』


『ということは、新たな情報は特に無し、ということですか』


『ま、まあ、そうっすね。てか今回の依頼人マジでヤバくないッスか? 依頼人の部屋にも一応入ったんですけど、祭壇みたいなのが飾られてて、そこに下着やら肌着やらが大量に祀られてたッスよ? 流石にあの空間には長いこと居たくなかったんで速攻で部屋は出ましたが……』


『「…………」』


 マジかよ! ヤバすぎだよ木崎ちゃん。あの子の異常性は依頼を持ち込まれた時から分かっていたつもりだったけど、俺はまだあの子の異常性の百分の一も理解していなかったらしい。


 柿木も珍しく表情に出してドン引きしてる。柿木の表情が変わるなんて相当だよ? 


 彼女はポーカーフェイスが得意だからね。年に一度でも表情が変わっているところを見れればラッキーという位だ。俺も久しぶりに表情の変化した柿木を見た。これで今後一年は、病気や怪我に悩まされることなく平穏無事に過ごすことができそう。アリガタヤー


「ま、まぁ取り敢えず、今日の報告会はこんなところかな? んじゃ明日もよろしくー」


『はーい、センパイもお仕事頑張ってくださーい』


『明日、事件がどう動くか楽しみにしておきますね』


 そう言って通話を切ろうとした時、俺はあることを思い付いた。


 そうだ、あのおもちゃここで使えるんじゃないか?


「あ、ちょっと待って今井、明日駅のロッカーにあのおもちゃ置いておくから、それを回収してから捜査を再開してくれ」


『え? いいんスか!? あのおもちゃ使っても!! よっしゃーッ! ちゃんとセンパイのパソコンからも見れるように設定しておくんで、うちとあのおもちゃの活躍、しっかり見ててくださいね?』


『おもちゃ? それ昨日も言ってましたが、何の事ですか?』


 おもちゃとは、俺と今井、それとここにはいない事務所のメンバーの一人とで合作して作った代物だ。


 そしてその開発費は、事務所のお金を使っている。……無許可で。


 俺も最初は、事務所のお金を使うのはマズいんじゃないかなあと思っったのだが、今井ともう一人が大丈夫と言うので流されて了承してしまった。俺は民主主義の申し子。故にいつも多数側についつい流されてしまうのだ。だが事務所のお金を使ったのが、とても黒よりのグレーゾーンということは理解している。だから柿木にはこれまでおもちゃの存在ごと内緒にしていたのだが……。


『柿木先輩、明日になれば分かりますよ』


「それじゃ、今度こそ、明日は頼んだよ」


 そう言って、無理やり話を終わらせようとする今井と俺。


 柿木もどうやら民主主義の申し子の一人だったらしく、俺と今井という多数派に流されて、この場でのおもちゃの追及は諦めてくれた。 


 だがいつまでも隠し通せるものでは無い。


 だから今井、どうにか明日の捜査でそのおもちゃの有効性を柿木に示して、事務所のお金を使ったことが正当であると認めさせてくれ。


 そう今井に願いながら、俺は通話の終了ボタンを押した。

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