第12話 報告を受ける②

『はい、なんでも洗濯物が空を飛んでいたと』


 ? ――…………ッ! とんでもない大事件じゃないか! 発言がぶっ飛びすぎていて一瞬言葉の意味が分からなかったぞ?


『奇妙と言うからには、それは風に飛ばされた程度のものではなかったんですね?』


『そうなんスよ。なんでもたくさんの洗濯物がゆっくりと滑空して、下にいたクリーニング屋さんの車にキレ―に吸い込まれていったらしいッス』


 何だその摩訶不思議現象は。

 いくらクリーニング屋さんとは言え、洗濯物をキャトルミューティレーションするのはどうかと思う。 


 あれ? でもその状況から考えると、もしや犯人の変態はクリーニング屋さんの店員なのでは? 

 だってクリーニング屋さんの車で洗濯物を回収したと言うことは、犯人はその車を使うことが出来る人物。まさかクリーニング屋さんでもない人間が、『○○クリーニング店』的な感じで塗装された車を持っていたりしないだろう。


 ということはだ。犯人は仕事中、大好きで大好きで仕方なく、性的興奮まで覚えてしまう衣服達に囲まれて日々仕事をしているというのか。


 とんでもない天職に就いているじゃないかこの犯人は。

 いや、客視点で見るとこれ以上無いくらいに嫌な店員だな。


『三人も同じような光景を見ていたらしいッスからね、この謎現象が現実に起きたのは確実。それもその不思議現象は、どうも依頼人の住んでいるマンションで起こったらしいんスよね』


『なるほど。ではその洗濯物というのは今回盗まれた洗濯物と見てまず間違いないでしょうね』


 うん、確かに確かに。自分の洗濯物が突然キャトルミューティレーションされたら絶対に驚くし、騒ぎになるはずだからね。今のところ、この近辺で洗濯物で騒ぎになっているのは木崎ちゃんの一件だけだ。


『……変な音が鳴っているとかは言っていませんでしたか。例えば機械の駆動音とか、モーターの様な音が』


『うーん、音については特に何も聞いてないッスねえ。でも何でッスか?』


『そうですか。いえ、洗濯物がひとりでに滑空するなんて有り得ないので、何か機械を使ったのではないかと。例えば、――ドローンのような』


 ドローンか。最近はドローンの価格も下落してきて一般人でも気軽に買うことが出来るようになってきた。本物の宇宙人の仕業でも無ければ、洗濯物が勝手に車に吸い込まれていく訳も無いし、人が運んだのなら空は飛べない。そんなスーパーマンが居たら目撃者もその人について言及していることだろう。


 安物のラジコンならともかく、ドローンならその姿が隠れるように布か何かを被せても、問題なく飛行出来るようなタイプも存在する。こう考えると、柿木のドローンを使ったのではないかとという推測は正しいように思えてくるな。


 しかしそうなると問題は音だ。ドローンは小型のものであればそこまででも無いが、洗濯物を運ぶようなパワーのあるドローンにもなるとかなりの音が出るはず。その音が目撃者の証言には含まれていないのはおかしい。


 もしかしてドローンの音を掻き消すような他の音があった? だが、そんな大きな音がマンションがあるような住宅街にあるだろうか。


 ――……そうかッ、子供の声だ! 住宅街と言うことはたくさんの人が住んでいて、事件当日の土曜日はきっと多くの人が家族と過ごしたり、子供達同士で遊んでいたりしたはず。その遊んでいた子供達の声にドローンの音は搔き消されたのではないか?


 柿木と今井はどうやらこの事実にまだ気が付いていないらしい。

 ふっ、ここは珍しく俺が上司らしくアドバイスでもしてやろうか。


「柿木、今井、事件は土曜日に起きた。その点をよく考えてみるんだ。土曜日という特殊な状況がその謎を解決してくれる」


『土曜日ですか……』


『えー、センパイ、答えを知ってるならもっと分かりやすいヒントくださいよー』


 もっと分かりやすいヒント? うーんじゃあ、


「こどm――」


『ッ! なるほどそういうことですか』


 俺がもっとヒントを出そうとしたらどうやら柿木が答えに辿り着いたらしい。流石だ。


『土曜日という特殊な状況。確かに事件のあった土曜日は、普段の土曜日と比べて特殊でしたね』


 え? 普段の土曜と比べて特殊? 彼女は何を言っているんだ。土曜は土曜じゃないか……。俺が言いたかったのは平日と比べて土曜や日曜は仕事や学校がお休みだから特殊だよねっていうことだったのに。


『柿木先輩、うちから見れば事件当日の土曜もその前の週の土曜も同じように感じるんスけど……』


『いえ、それが明確に違うんです。それは次の日の日曜日が原因です』


『日曜日? うーん……センパイと遊園地に行ったからうちにとったら特殊な日だったッスけど』


 あ、今井、それを柿木の前で言うんじゃない! 


『遊園地……?』


 確かにこの前の日曜日、俺と今井は遊園地に遊びに行った。というのも以前にあったある事件で(その時は珍しく事務所全体で手が空いていた為)事務所のメンバー全員で事件の捜査を行ったことがあった。


 当然俺はいつもの如く役立たずで、その時は今井がなんかミラクルを起こして柿木の推理で事件が解決したのだが、みんながいつものように俺に事件解決の功績を渡そうとしてきたのだ。

 さすがに後輩から手柄を奪うのは俺も罪悪感が半端なくて拒否したのだが、今井も珍しく俺の言うことを聞いてくれず、これはセンパイの功績と言って譲らなかった。


 そこで今井からの妥協案として手柄は俺のもので、もしそれで今井に悪いと思うなら一つお願いを聞いてくれと言われたので俺は仕方なくそれに了承したのだ。

 そしてその結果が、日曜日の遊園地。


 ちなみに柿木はどうも俺の秘書でいるのが一番良いらしく、万が一にでも出世したら困ると言われているので功績を譲られるのも仕方ないことと諦めている。世の中には出世せずに気楽に仕事をしたい人だっているだろうし、もし俺が柿木の功績をもらわなかったら確実に所長の座からは降ろされ、その後釜は柿木になってしまう。


 俺だって所長なんて実力に見合っていない地位に就いているのは嫌だが、柿木にはこれまで大分世話になってきたため、少しでもお返しが出来ればと思いこの状況を受け入れているのだ。


 とは言え、今井と同じようにあの事件の功労者である柿木を差し置いて、俺と今井だけで遊園地に遊びに行ってしまったのは紛れもない事実。遊園地の件は柿木に秘密にしていたのだがとうとう暴露されてしまった。


 今井に口止めしておけばよかったなー。


『所長? どういうことですか? 私誘われていないんですけど』


 柿木はいつものように表情を変えず、だが声にははっきりとした威圧感を込めてそう言った。


「い、いやあ、最近の柿木は何だか疲れてそうだったし? 何て言うか、休日くらい俺と一緒にいない方が気が休まるかなーって」


『はい?』


 うおっ、めっちゃ怖い。柿木さんのご機嫌が斜めだ。どうすればこのお怒りを鎮めてもらえるんだろうか。


『柿木先輩、センパイはうちと遊園地に行くことを選んだんです。せっかくの休日ですし、きっとうちのエンジェルスマイルでも見てリフレッシュしたかったんでしょう、うんうん』


『舞ちゃん、それはあれですか? 私には笑顔が足りないと? だから私は遊園地に連れて行ってもらえなかったと? そう言いたいんですか?』


 あぁ、またいつもの柿木と今井のバトルが始まってしまった。二人共いつもどうでも良い事で争うんだよね。

 しかしこうなったことで柿木のヘイトが俺から今井に移ったぞ。良かったぁ。二人がこの状態になったら俺に出来ることは何もない。しばらくこの口喧嘩は続くだろうから俺は今日の竜王戦の棋譜並べでもしていよう。


『いえいえ、そんなこと言ってませんよ。ただ、うちの笑顔が先輩を魅了してしまった結果が、遊園地デートになったという事実を述べただけッス』


『でえと? ふふ、舞ちゃんは相変わらずおかしなことを言いますね。どうせ今回もあなたが八尋君に無理やり連れて行ってもらっただけでしょう? 私はちゃんと分かってるんです。そうじゃなきゃこの世界は狂っている!』


『ちっ、柿木先輩は相変わらず鋭いですね。そしてセンパイへの想いが重い。ですが! センパイと! うちが! 二人きりで! 遊園地に行ったのは、紛れもない事実!! あぁ楽しかったなあ、遊園地デート!』


『はぁ、八尋君も大変だったでしょうに。せっかくの休日を生意気でちんちくりんな後輩の面倒を見るために使う羽目になったなんて……。舞ちゃん、何回迷子になりましたか? トイレは一人で行けましたか?』


『うがあーーーー! うちがそんな子供みたいなことする訳無いでしょう! むしろセンパイが迷子になっていたのを助けたくらいッスよ』


『八尋君が迷子? ふっ! そんなの有り得ませんね。八尋君は一度見た光景は忘れない。道を覚えるくらい朝飯前です。それでどうやって迷子になるって言うんですか。語るに落ちましたね、舞ちゃん。このことから判断して迷子になっていたのは、あなたです!』


 バーンと自信満々に今井を指さす柿木。まるで物語の名探偵が、推理を披露して事件を解決するシーンのようだ。


 っていうか一度見た光景は忘れない? 何だその超人は!? もう中学校や高校への通学路すらうろ覚えなんだが……。


『な、なんだって~? ま、迷子はうちの方だった? そうだったのか……。お店に並んでいたら突然センパイが居なくなったから、てっきりセンパイが迷子になったのだと思っていたけど、実際はうちが迷子だったなんて……! そう言えば迷子のセンパイを見つけた時になんだか申し訳なさそうな表情をしてたけど、もしや迷子になってごめんねという意味ではなく、この年で迷子になるなんて困った後輩だなという意味だったのでは!?』


『間違いなくそうでしょうね。きっと八尋君は優しいから、舞ちゃんが自分ではなく八尋君が迷子になったと勘違いしている事実に気が付いても、舞ちゃんがショックを受けないようそのままにしておいたのでしょう』


『そんな……。うちは知らず知らずの内にセンパイに迷惑を掛けた上に、気まで使わせてしまっていたなんて……!』


『そんな状況のことをデートだなんて、舞ちゃんの中でのデートとは子守りかなにかなのでしょうか』


『ぐぬぬぬぬぬ』


 そんなやり取りを視界の隅に捉えながらも俺は今日の竜王戦の将棋について考える。


 今日の将棋は早くから過去の前例から外れる将棋になった。近年の将棋はAIの普及により序盤戦は、棋士の実力というよりも事前の将棋ソフトを使った研究の成果によって形勢が決まることが多い。

 だがこの対局は両者共に相手の研究から早々に外れたかったのだろう。横歩取りという急戦(早々に勝負を決めにかかること)になりやすい戦型を選択し、解説がタイトル戦でこれは珍しいと盛り上がったと思えば、両者共に玉周りをガチガチに固めて、気付けば持久戦模様の勝負となっていた。


『八尋君は日曜日のことどう思っているんですか?』


 今日一日の段階では、将棋ソフトによると未だ両者共に拮抗した形で終わっている。だが明日両者がこの局面からどう勝ちに結び付けていくのか、今から楽しみで仕方ない。さてもう一度初手から並べ直してみるか。


「ここは衝撃の攻めだったよなー。相手も表情こそ変えていなかったけど、きっと心の内では驚いていたはずだ。だがそれに対する相手の受けも中々芸術的だったな。さすが関西の受け師と呼ばれる男。そのせいで攻める方も中々攻め方に苦労してたからな。最終的には攻めるのを諦めて受けに転じてたし」


『『ッ!?』』


『柿木先輩、な、なんかセンパイ、うちらのことほっといてとんでもないこと口にしてますよ?』


『そ、そうですね。八尋君はけっこう考えていることを口に出してしまう癖があるので、今回もそれだと思うのですが、この内容はさすがに……』


『攻めだとか、受けだとか言ってますよ? これはもう完全にBLの話に違いないッス。それに関西の受け師って……どんなことをすればそんな称号を得られるんスか! ヤバすぎッスよ!!』


『芸術的な受けって何なんでしょうか。あまりそういう方面に疎い私でも、気になってしまいます。最終的に攻めていた側は受けに回ってしまったようですし。これは関西の受け師は攻め師でもあるということなんでしょうか?』


 一手一手について色々と考えていたら、柿木と今井が俺を見ていることに気が付いた。まずい、話を聞いていなかったことがバレる。


 今井はともかく、柿木は話を適当に聞いているとちょっと不機嫌になってしまうのだ。


『八尋君、今度一緒に(BLグッズを)買いに行きましょうか。きっと男性一人では行きづらいでしょうから』


『センパイ……、うちはどんなセンパイでも受け入れますよ?』


 一緒に買いに行く? あぁ、さっきまで二人は遊園地の話をしてたからな。多分今井が、遊園地で買ってたでっかいぬいぐるみの自慢でもしたんだろう。もふもふだったもんなあれ。それで柿木も欲しくなってしまったと。柿木もこの年になってもやっぱぬいぐるみとか好きなんだな。で、日曜日は今井と俺が二人で遊びに行ったのだから、今度は柿木も一緒に行きたいということだろう。


 確かに世間一般的には男一人で遊園地に行くのはハードルが高い。俺は遊園地大好きだし、たまに一人でも行くのだが、やっぱり誰かと一緒に行くのが一番楽しいものだ。


 でも今井は突然何を言っているんだろう。どんな俺も受け入れるって……嬉しいけど、別に今言うような事じゃ無くない? まるで敵に心の弱さを突かれて、ダークサイドに堕ちてしまった仲間に主人公が掛けるセリフのようじゃないか。ちょっとカッコいい。


 まぁ、今井が意味わかんないことを言うのはいつも通り。気にする事でも無いだろう。


「そうか、それは嬉しいな。いやー、やっぱ男一人で行くと周りの視線がどうしても気になっちゃうんだよね。柿木も付いて来てくれるんなら心強いよ」


『センパイ、もう既に一人で行くのは経験済みなんですね』


 今井が達観したような表情で俺を見てそう言う。


「そりゃ好きだからな。周りの視線を気にして我慢なんて出来ないよ」


『八尋君、我慢できない程好きなのなら私にも相談してほしかったです。きっと力になれたのに』


「いやー、男でこういうの(遊園地)が好きなのッて珍しいじゃん? 女の子は結構好きっていう子が多いけど。だからちょっと恥ずかしくてね。でもお前らも俺に付いて来てくれるくらい好きだったんだな」


『『え!?』』


 え? 違うの? 今井なんか遊園地に一緒に行こうってお願いしてくるくらいだし、柿木も一緒に行きたかったみたいな感じだったじゃん。


『柿木先輩、なんかうちらBL好きの同士と勘違いされてますよ? 好きなのはBLの方じゃないのに(ひそひそ)』


『確かに女性には多いですけど、その誤解はちょっと困りますね。ううん……八尋君が好きなのならば少しは知識を持っておいた方が良いのでしょうか?(ひそひそ)』


『いやー、うちはちょっとパスっスね。というかセンパイがBL好きなら実際の趣味もそっちなんスかね?(ひそひそ)』


『そ、それは困りますッ。八尋君には女の子を好きになってもらわないと(ひそひそ)』


『まぁ今までの反応を見る限り普通に女の子が好きな気しますけどねー(ひそひそ)』


 なんだか二人が画面の中で俺に背を向けて話し合っているが、小声なので全く聞き取れない。何を話しているんだろうか。


 ――しばらく話し合ったところで二人は俺に向かって同時に振り向き、真剣な表情で柿木がこう言った。


『ところで八尋君。男性の秘書、新しく欲しくないですか?』


 は? 突然何を言っているんだ、柿木は。

 さっきまで遊園地の話をしていたはずなのにどうして新しい秘書の話になった?


「いや、柿木がいれば充分だし、必要ないよ?」


『!! そうですか。どうやら私の早とちりだったようです。急にすみませんでした』


「いやそれは別にいいけど……」


 くるん。


 あ、また二人が画面の中で俺に背を向けて内緒話を始めてしまった。……少し寂しい。


『舞ちゃん、聞きましたか? 八尋君は私が居ればそれで良いらしいですよ? 八尋君の私に対する愛が伝わってきますね(ひそひそ)』


『いやいや柿木先輩、流石に今のを愛とまで言うのは言い過ぎッス。仕事上の信頼程度は伝わってきましたが。とは言え、男の子を自らの手元に置ける最大のチャンスを見逃すくらいですからね。やっぱりセンパイはノーマルで間違いないッスね(ひそひそ)』


『そうですね、そこを確認出来ただけでも良しとしましょう。これで気兼ねなく八尋君の隣りに居続けられます(ひそひそ)』


『いやいや、やっぱ男の人は若い女性を無意識に欲しますからね。もしかしたらうちに、「今井、俺だけの秘書になってくれ(低音ボイス)」なあんて言ってくるかもしれませんよ?(ひそひそ)』


 せっかくテレビ電話を繋いでいるのに二人は俺に聞こえない様にキャッキャと内緒話を続けている。とても楽しそうだ。


 だが今はまだ仕事中。脱線してしまった話を元に戻すのも上司である俺の役目だろう。(断じて話に混じれなくて寂しいからとかそういうのではない)


 そう思い俺は二人に声を掛ける。

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