第11話 報告を受ける

『――と、いった感じになりました』


 竜王戦の一日目が終わり夜も更けてきた頃、俺はテレビ電話を柿木と繋ぎ今日の報告を受けていた。今井と柿木は一緒にいるようで、俺のパソコンの画面には二人の姿が映り込んでいる。


 とりあえず柿木の話から聞こうと、柿木の報告を静かに聞いていたのだが、何だかとんでもない話になっていた。


 え? 社長の話って健康診断受けろって話じゃ無かったの? てっきりその話かと思って今日一日びくびくしてたのに。

 そして健康診断の話じゃ無かったのはすごく嬉しいんだけど、話に聞く限り今はそれよりもまずい事態になっているっぽい。


 なんと、今の俺は資格喪失が懸かっている状況らしい。


 何故こうなった……。


 俺は国家公認探偵という国家資格の特級位保持者である。

 世間一般にこの資格は四級から一級までしか認知されていないが、実際は一級保持者の中でも特に優れた者は国の方から特級への打診が来るのだ。しかしその人数は日本全国で見ても二十人に満たないことから、特級になるのはかなり狭き門であることが分かるだろう。数が少なすぎて特級持ちだけのライングループが存在するくらいだ。


 一般的に公開されている情報には特級について一言も触れられていないし、何より恐らくこの人数の少なさが、世間で特級が噂話や幻扱いされている原因なのだと思う。


 そしてなんと特級になるとより危険な事件に多く関わることから、特級の資格保持者は拳銃の所持とやむを得ない場合の発砲が許可される。


 一部の人間からは、特級の資格は殺人許可証と同義であるなんてことも言われたりしているくらいやばい資格なのだ。


 俺は会社に入社して初めて受験した四級の試験こそ、一生懸命勉強して合格したが、三級以降の試験は過去問を見ただけで自分の能力では受からないと確信し、早々に諦めていた。どうせ仕事自体は、四級を持っていれば問題無いから三級以上を目指す気にもならなかったのだ。


 しかし当時、俺の周囲にいる連中が上司も含めて皆、何故か事件解決の手柄を毎度毎度俺に譲ってくるので、その報告を見て俺を有能だと勘違いした本社に三級以降の試験も無理やりを受験させられてきた。


 試験は、実技、筆記、面接の三種類があり、それぞれの合格基準を全て満たして初めて合格となる。


 実技は過去に起きた実際の事件を参考にした資料を渡され、その場で推理して見せなければならない。

 筆記は、探偵の業務に関わるあらゆる知識を備えていることをマーク式試験で確認される。

 面接では、その資格をその者に与えても良いのか人格や、宗教観、政治的思想など、あらゆる事柄を複数の面接官が判断する。


 俺のスペックは極めて普通と言える。高校の時の模試でも全国偏差値は全教科で50ジャストを記録したし、体力テストでは全ての種目において同年代の男子の平均値を記録したくらいだ。何故か先生方や同級生には毎度毎度、真面目にやれと注意されていたが俺は当然真面目にやっていた。すごく失礼な話である。


 そんな俺が三級以降の試験なんて受かるはずがない。


 だって三級からは俺の苦手な法律分野の細かい知識まで問われるし、英語のリーディングや試験用に作られたオリジナルの暗号文の解読なども出来なくてはならないからだ。

 

だから俺は、試験を無理やり受けさせられるのは会社からもお金が出るので甘んじて受け入れたが、試験勉強や面接対策は一切しなかった。きっと試験に落ちることで本社からの俺への過剰な期待も無くなるだろう、そう思って。


 それに、受かるはずのない、もっと言えば受かる気のない試験の為に勉強するなんて時間が勿体ない。そんな時間があれば俺はプロ野球を見たり、将棋を指したり観戦したりしたいのだ。


 試験の当日は当然、実技、筆記、どれも問題の意味すら分からず、ちんぷんかんぷんな状態。面接は一応聞かれている事は分かったが、万が一にでも受からない様に、質問は全て聞き流し、テキトーに返答しておいた。


 それなのに……それなのにも関わらず、俺は何故か一級の試験に合格するまで一発合格を繰り返し、今では探偵の頂点である特級にまでなってしまっている。もう理解不能である。この国どうなってんだよ。


 あまりにも意味不明だから、社長が試験委員会に裏金でも渡しているんじゃないかと思ったくらいだ。このことを社長に問いただしたらめちゃくちゃキレられたけど。


 そんな俺でも特級であるのは確かなので、国家依頼と呼ばれる国が特級保持者へ名指しで与える依頼はよっぽどの理由がない限り必ず受けなければならない。

 だが柿木はそんな国家依頼を断ったと言う。他でもない俺の指示で。


 なんてこった!! 


 いや確かに何言われても断れって感じのこと言ったよ? でも国家依頼の話だと思わないじゃん? ましてやそれを断ってくるなんて思わないじゃん! 


 勿論、柿木に特級のこととか説明して無かったのは俺が悪いけどさあ。

 なんだか分不相応な資格を与えられているせいか人に言い難いんだよ。特級持ちも表向きは一級の資格保持者として扱われるから、別に言わなくても問題は無いし……。


 あぁ、どうしよう。これ確実に依頼を断ったペナルティくらうよね? 

 確か一番軽くて一か月の資格停止処分で、重いのは資格の永久剥奪だっけ。資格の剥奪は事件の捜査権が永久的に失われることを意味する。


 それはやばい、ほぼ間違いなく会社はクビになる。同業界への転職も不可能だ。


 何とかペナルティを回避する方法は無いだろうか。


 ていうか、柿木は何故か俺が今回の国家依頼の事を知っているテイで社長との話を進めていたらしいが、俺が彼女に拒否するようお願いしていたのは健康診断なのだ。決して国家依頼などではない。


 ったく社長め、人の話を真面目に聞かないで必要な会話を端折るからこういうことになるんだ。俺の資格が剥奪されたらどうしてくれる。


 そもそもの前提として俺は当然、今回の国家依頼について何も知らない。そりゃそうだ。だって教えられていないんだもの。そしていつもならそんな俺に色々と教えてくれる柿木まで今回については何も知らないとなると、もうお手上げだ。情報はゼロ。詰んだなこれは。


 仕方ない、背に腹は代えられないから明日、本社に行って社長にやっぱり依頼受けさせてとお願いしに行こう。さすがに社長もまだ国の方に俺が依頼を拒否したなんて返答して無いでしょ。あの人結構ズボラだし。


 だが俺は再び思い出してしまった。明日は竜王戦の二日目、最終日だ。竜王タイトル防衛かそれとも挑戦者のタイトル奪取か。その決定的瞬間を、俺は見逃すわけにはいかない。


「明日全てにケリが付く。だから明後日、そう、明後日、俺と柿木で本社に、社長に会いに行こう」


 明日行けないのはもうしょうがない。だって竜王戦だもん。だから最速で行ける明後日行こう。


 はぁ、それにしても本社になんて行きたくない。だってあんな元ヤンの巣窟のような場所、自ら進んで行きたがる方がどうかしている。

 いつカツアゲされたり、タイマンを申し込まれるか分からないから、いつもびくびくしてしまう。だが今回ばかりは仕方がない。クビが懸かっているからな。本社に行く覚悟を決めようじゃないか。


『明日ケリが付く?』


「そうだ。本来ならば少しでも早く本社へ行く方が良い。だが明日、この勝負の結果が決まる。だからどうしても俺は事務所を離れるわけにはいかない。全てが終わった明後日、本社の方へ行こう。アポも取っておいてくれ」


『さっすがセンパイ! まだうちの報告も聞いていないのにそんなこと断言しちゃうなんて自信満々っスねぇ!』


『所長がそう言うのならそうなのでしょう。承知致しました』


 今井よ、流石も何も当たり前じゃないか。竜王戦は二日制の将棋で明日が二日目だからね。まず間違いなく終わる。そりゃいつも自分に自信の持てない俺でも断言しちゃうよ。自信満々だよ。てか竜王戦の終局と君の報告に関係性は無いよね。


 あ、そう言えば二人には竜王戦のこと秘密にしてたんだったけか。危ない危ない。まぁ、二人には俺の今事務所でやっている書類仕事か何かにケリが付くとか、そんな感じに受け取られているだろうから大丈夫だろう。


『先輩はもう既に色々分かっちゃってるっぽいですけど、一応うちの報告しますね?』


 分かっちゃってるっぽい? 何を? まぁいいか。


「あぁ、頼む」


『うちは今日、朝早くからせっせと先輩の指示通りまずは周辺の聞き込みをしてたんですよ。そしたらその内の三人が奇妙な光景を見たらしいんです』


 朝から? すごいなぁ。俺は朝は弱いからとても動く気にはなれないよ。


『奇妙な光景ですか?』


『はい、なんでも洗濯物が空を飛んでいたと』


 ? ――…………ッ!? とんでもない大事件じゃないか!

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