第16話 今井舞視点③
近くにあったカラオケ店にやって来た私達は、すぐさま部屋に入る。
「いやー、やっぱ店内はあったかくていいっスねー」
「そうですね。やはり十二月ともなれば寒さは尋常ではないですから。――それで、まずはそのギターケースの中身を見せてもらえますか?」
やはり柿木先輩はこのおもちゃの中身に興味津々な様子。それではご覧いただこう。私はギターケースの留め金を外し、その中身を柿木先輩に見えるように開く。
「これは……銃、ですか?」
「まぁ、形はそうッスね。でも、もちろん弾は出ませんよ? 銃刀法違反になっちゃいますから。詳しい機能は後で説明するとして、まずはこのおもちゃの名前をお教えしましょう」
「名前? もしやその名付け親は……?」
柿木先輩もどうやら気付いたようだ。うちの事務所のメンバーでおもちゃに積極的に名前を付ける人なんてあの人しかいない。
「はい、もちろん広谷センパイですッ!」
「はぁ。あんまり名前に意味は無さそうですけど、聞くだけ聞いてあげます。そのおもちゃは何ていうお名前なんですか?」
「その名も『撃つるんです』です!」
私は分かりやすいように、その名前をメモに書いて柿木先輩に見せる。
「なるほど、写るではなく、撃つですか。――その銃ホントは撃てるんじゃないでしょうね?」
すごい疑い深い目で柿木先輩が私を見つめる。
「撃てませんってばッ! 銃っぽいのはガワだけで、その中身は銃とは全くの別物ですよ?」
私達がその開発に三ヵ月もの時間を掛けた大作だ。それがそんなバリバリ法律違反の代物なわけがない。
「そんなものどうやって作って、いえ、その前にそれを作った時に掛かった資金はどこから出ているのですか? もしや――」
「ピンポンピンポーン! 大正解ッス。この『撃つるんです』は私達三人が、三か月もの時間を掛けて、さらに事務所のお金をこれでもかという程いっぱい使って、よーうやく先週完成した傑作品なのですッ!」
「はぁ、頭が痛くなってきました。いつも言っていますよね? 事務所のお金を使って物を作りたいなら、私にその計画と事件の捜査への有用性を示しなさいと。それを! また! 無断で! 作ったのですか!?」
「いやぁ、こういったものはやっぱり現物があって初めてその効用が分かるものッスからね。それに! センパイも了承してくれました!!」
「そりゃあ開発メンバーに八尋君がいるんですからそうなんでしょうけど、そもそも物事には順序というものがありまして――――」
あ、これは長いお説教が始まる。これまでの経験からそう直感した私は無理矢理話を進める。
「それでこの『撃つるんです』の機能なんですが――」
「はぁ、もういいです。後で八尋君に注意しておきますから。それで、どんな機能なんですか?」
「なんと! 写真が撮れるんです!」
「……はい?」
「さらに! 動画も撮れるんです!」
「…………そんなものに事務所のお金を使ったのですか!?」
あ、柿木先輩がお怒りになっている。その背後には恐ろしい表情をした仁王像の姿が見え隠れしている。さ、錯覚だよね? 凄い迫力だ。
「いえいえ、先輩、落ち着いてくださいよ。この『撃つるんです』の真価はそこじゃありません」
そう言って私は一旦間を置き、そして再び話し始める。
「写真や動画を撮るというのはスマホにも搭載されているくらいありきたりな機能。で、す、が! この『撃つるんです』の形状を見てください。銃の形をしているでしょう? 命を刈り取る形をしているでしょう? そしてそういった銃には視認性を上げるためにサイトやスコープが付いているもの」
そう言って私は柿木先輩の方に銃のスコープを近付ける。
「当然、この銃にも超高倍率のスコープが取り付けられています。さ~ら~に! これはそんじょそこらの安物じゃ無い! アメリカからわざわざ取り寄せた本物の軍用品ですよ? どうッスか、すごいでしょ?」
「いえ、その凄さが私には分からないのですが……」
「では先輩にも分かりやすいように説明しましょう! この『撃つるんです』の高倍率スコープは最大五十倍まで対応可能でして、そのスコープに映っている景色や光景はそのまま写真や映像として保存可能! 凄くないッスか? これで数百メートル、場合によっては数キロ離れていても事件の証拠写真や、証拠映像を撮ることが可能になっちゃいますよ!?」
「確かに、そう聞くととても有用そうな代物ですが、日本は道路や建物が入り組んでいてそんな遠距離で撮影が出来るような場所なんてほとんど無いですし、そもそもそんな形状のものを人目に付くところで覗いていたら確実に通報されますよ?」
うぐっ、流石柿木先輩、痛いところを突いてくる。
「で、でも他にも凄いところはまだまだあるんスよ? なんとこの『撃つるんです』は銃のトリガーを引くことで写真や動画を撮影します。ロマンありますよね? さらに銃のセレクター部分をSEMIにすると写真モード、AUTOにすると動画モード、SAFEで電源オフと、子供や老人にも分かりやすい親切設計! さらにはお手持ちのスマホやパソコンに映像を生中継することも可能ッ!」
そう言って柿木先輩に見えるように、銃のトリガーやセレクター部分をカチカチ動かす私。
「いや、これうちの事務所で使うつもりなんですよね? そんな親切設計されても、うちには子供も老人もいないのですが……。というか普通のカメラの方が操作も直感的で分かりやすいし、親切じゃないですか?」
「はぁ、まったく、柿木先輩はこれだから。ロマンは何物にも代えがたいものなんスよ? センパイもそう言ってました」
柿木先輩は生真面目で融通が利かないように見えて、広谷センパイにはゲロ甘だ。こうしてセンパイも言ってましたと言えば、確実にこのおもちゃへの反応も優しいものになるはず。
「それにこいつは、普通のカメラによくあるバッテリーやストレージの問題にも着手してるッス。何と、『撃つるんです』は銃のマガジン部分が専用のメモリーカードとバッテリーになっていまして、充電が切れそうになった時や、長時間動画を撮影していてストレージが足りなくなった時は、本物の銃の様にマガジンを交換することによってそれらの問題を解決するのです。どうです? 欲しくなってきたでしょう?」
「いえ、全く。つまりその専用のマガジンが無ければ何も出来ず汎用性も無い、さらには通報されるリスクもある、劣化カメラということですよね?」
あれ? 魔法の言葉を使ったのに、効果なし? もしや柿木先輩の目には、よっぽどこのおもちゃがゴミに見えているんだろうか?
「ぐぬぬぬぬ。先輩、さっきも言いましたが、これはロマンです。ロマンを追い求めた結果がこの『撃つるんです』であり、ロマンを丸めて熱した後、綺麗に型に嵌めて作られたのが『撃つるんです』なのです!」
自分でも何を言っているかよく分からないが、それだけこの『撃つるんです』にはロマンがあるということなのだ。
全く、柿木先輩はこんなにも魅力的なおもちゃを劣化カメラだなんて……。失礼しちゃうわ、ぷんぷん。
「はぁ、もういいです。取り敢えず今回の捜査に役立ったら事務所のお金を使った件は不問にしますから、自腹を切りたくなかったら頑張ってくださいね」
「それは勿論ですよ。広谷センパイがこの事件に『撃つるんです』を持ち出したということは、今日何らかの形でこいつが役立つということですから。しっかり見ててくださいよ?」
「やはり舞ちゃんもそう思いますか。私もそう思って、さっきから私もこの『撃つるんです』を捜査に有効活用する方法を検討しているのですが、全く思い付かなくて……」
なんていうことだ、柿木先輩でもまだ分かっていないなんて……。本当にこの子を有効に活用なんて出来るんだろうか。少し不安になってきた。だがあのなんでも見通す広谷先輩のことだ。きっと大丈夫、何とかなるだろう。
「広谷先輩のことですから捜査を進めていくうちに、ここだ! っていう場面がやってくるんスよ、きっと」
「だと良いんですが。取り敢えず、使い道が分からないこのおもちゃの活用方法は置いておいて、今日の捜査の打ち合わせでもしましょうか」
それもそうだ。このカラオケの部屋は一時間しか取っていないから、それを過ぎたら捜査を再開しなくてはならない。今日は広谷センパイからの指示ももらっていないし、きちんと打ち合わせをして捜査に挑まないと!
「でも聞き込みは昨日やりましたし、今日同じことをしても大した成果は期待できないッスよ? 他に何かすることあるのかなぁ」
そう言えば、昨日柿木先輩は空飛ぶ洗濯物はドローンによるものだと推測していたが、それ以外の可能性は無いのだろうか。
「柿木先輩は昨日、洗濯物はドローンによって回収されたって推測してたっスけど、何でドローンなんスか?」
「あぁ、あれですか。最初から違和感はありました。それは洗濯物だけでなく物干し竿まで一緒に盗まれたという事。盗むにあたって衣服ならカバンに詰め込むなり、車に押し込むなり出来ますが、物干し竿はそうはいきません。結構大きいですし、形が固定されていますからね。さらに売却するにも価値が低い。人間の手で犯行が行われたのならまず間違いなく物干し竿は盗まれません」
「確かにどう考えても犯行の邪魔になるだけでリターンが無いっスね」
「では何故犯人は衣服だけでなく邪魔になる物干し竿まで盗んだのか。それは物干し竿が衣服を盗むのに必要だったから。
犯行当時、衣服は干されていたようですから物干し竿に釣るされていたのでしょう。ならば何らかの手段で物干し竿を運んでしまえば、そのまま干してある衣服は勝手に付いて来る。昨日の舞ちゃんの話によると、盗まれた洗濯物は空を飛んでいたと。ならば飛行能力のある何かで物干し竿を持ち上げて、車まで運んだと考えるのが自然でしょう。
そして洗濯物と物干し竿、その両方を合計するとかなりの重量がありますが、最近のドローンは数十キロくらいの物なら簡単に持ち運べるくらいパワーがあるものまであります。ドローン二体が物干し竿の両端を持ち上げて洗濯物を盗んだと考えれば、全ての話に筋は通る。ということで私はこの犯行はドローンによる仕業であると推測したのです」
なるほど、流石の推理力である。私は昨日は寝坊を誤魔化すことで、今日は『撃つるんです』を有効活用することで頭がいっぱいで、洗濯物が空を飛ぶなんて不思議だなー、としか思っていなかった。
「すごいッスね! 確かにその推理を聞くとドローン以外は有り得ないような気がしてきました」
「分かってもらえたようで何よりです。勿論、この推理が外れていることも考慮して今日は動きますからね。舞ちゃんは昨日の聞き込みで、洗濯物を回収していったクリーニング屋の車がどこのクリーニング屋のものか特定できるようなことを聞きませんでしたか?」
私もそこは気になった。気になって空飛ぶ洗濯物という衝撃的瞬間を目撃したと言う人全員に、その車について少しでも何か覚えている事は無いか聞いて回った。だが、誰一人としてクリーニング屋の名前は憶えていなかったのである。
「いやー、それが誰もその車の特徴とか覚えていなかったらしくて……。多分洗濯物が飛んでいたのが衝撃的過ぎて車の特徴まで見る余裕が無かったんじゃないッスかね? 一応事件現場付近の店では無いと思うとの証言はありますが……」
「そうですか。ならばクリーニング屋さんから犯人を特定するのは難しそうですね」
このクリーニング屋さんがどこの店か特定出来れば事件は解決出来たかもしれない。そう思うと、とても悔しい。
「柿木先輩は広谷センパイから他に何かヒントとかもらってないんスか?」
「ヒントと言っていいかは分かりませんが、一応それらしい言葉は聞いています。『電柱が危ない』だそうですよ? ですからこの後はまず電柱を見て回ろうと思っています」
電柱が危ない? センパイ、私には全く意味が分かりませんよ……。
きっと柿木先輩も意味はまるで分かっていないのだろう。電柱を見て回ると言う、意味不明な捜査計画を立てているのがその証拠だ。たまに、私達はセンパイの言葉に振り回されて、こうして意味の分からない行動をさせられる。
もっと分かりやすいヒントが欲しかったと思わないでもないが仕方ない。現状では事件解決への唯一のカギだ。
「さて、取り敢えずの捜査の方針は決まりました。早速行動を開始しましょう」
「了解ッス」
そう言って私は部屋を出ようとするが、何故か柿木先輩に腕を掴まれてしまう。
「? どうしたんスか?」
「どうしたもこうしたもありません! その『撃つるんです』を抜き身で持ち歩くなんて何を考えているんですか!?」
はっ!? いつものサバゲ―をやっている時のクセで、ついつい銃をそのまま持って部屋を出るところだった! 危ない危ない、こんな姿でお会計に行ったらまるで強盗じゃないか!
「……やはりそのおもちゃは有用どころか、無用なトラブルを引き寄せるだけな気がします」
何てことだ! 広谷センパイ、すいません。私がサバゲ―脳だったばかりに、この『撃つるんです』の評価がまだ何もしていないのにマイナスからのスタートになってしまいました。
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