第17話 計画通り(?)

 時刻は午後の三時を過ぎた頃。俺、広谷八尋は優雅に急須で入れた緑茶を飲みながら、テレビで将棋を見ていた。


 竜王戦はもう中盤から終盤に入ろうかという所。終盤に入ると、一手一手で将棋AIの評価値がぐわんぐわん変わることがあるから、本当に目が離せなくなる。今は丁度おやつの時間と言うことで、両対局者の今日のおやつが紹介されていた。竜王はフルーツの盛り合わせで挑戦者はプリンらしい。写真の撮り方が上手いせいか、どちらもめちゃくちゃ美味しそう。


 俺は辛いものも甘いものも大好きだ。よく世間では辛党、甘党などと分けて考えられるが、その両者は必ずしも共存できないわけではない。(ちなみに辛党って実は酒好きって意味らしいけど、世間一般では辛い物好きのことと認識されているから俺はそっちの意味で辛党という言葉を使う)


 画面の中では、解説の棋士と聞き手の女流棋士が対局者と同じおやつを美味しそうに食べてリポートしている。この瞬間だけは将棋中継はグルメ番組と化す。

 

 昔から、将棋中継と食事は切っても切れない特別な関係で繋がっている。


 将棋はあまりにも同じ絵面が長時間に渡って続くからだと思うが、食事の紹介は丁寧にそして時間を掛けて行う。特にタイトル戦など、長時間の対局では午前のおやつ、注文した飲み物、昼食、午後のおやつ、夕食。これらを全て番組内で紹介する程の力の入れようだ。さらに中継中の合間合間に、その対局が行われている地域のご当地グルメや、お土産も紹介されるのだから、将棋中継を見てくれている人を少しでも飽きさせない様にしようと言う番組制作サイドの必死さが感じ取れる。


 現状、将棋は若い人の間で人気があるゲームではないが、こうしたコツコツとした積み重ねがいつか身を結んで全世代に支持される大人気コンテンツになって欲しいと思う。


 俺の周りに将棋を指せるのも、柿木しかいないしね。


 柿木は高校の時、俺が将棋が好きだと知った次の日には将棋を覚えてきて、三局目にして俺に勝った程の強者だ。俺が好きな割に弱すぎるというのもあったのだろうが、柿木の成長スピードは尋常ではなかった。定石も何も知らなかったであろうに、俺が奇襲戦法を仕掛けても完全に防ぎ切って対処して見せた。

 きっと棋士になる人というのはこういう人なんだなと俺は思って、当時は少し嫉妬したものだ。


 ぱち、ぱち、ぱち、カキーン


 そう俺が柿木の棋力の凄さを思い出していたらスマホに電話が掛かってきた。俺のスマホの着信音はオリジナル。将棋の駒音と野球の打球音がランダムに鳴るステキ仕様になっている。

 着信元はその柿木から。捜査で何かあったのかな?

 

 そう思って電話に出る。もちろん視線はテレビに固定したままで。


「柿木か、どうしたの?」


『所長、お忙しいところすいません。今、所長の言いつけ通りに事件現場周辺の電柱を確認して回っていたのですが、現場から三百メートル程離れた場所でようやくそれらしきものを発見しました』


 ん? 俺、電柱を確認しろなんて言ったっけか? まぁ、柿木が言ってるならきっと言ったんだろうな過去の俺は。俺の記憶力程当てにならないものは無い。過去の俺ナイス!


「それらしきものって?」


『カメラです、カメラ。電柱の高所に設置されていまして、かなりの高倍率のレンズがのっていました。恐らくこれで依頼人のマンションの部屋を撮影していたのだと思われます。電力も電線から盗んでいるらしく、多分遠隔でも色々と操作可能なタイプ。さらにカメラには電柱と同じ色の塗装もされていて、所長に言われて注意していなければ絶対に気付けないレベルの偽装がされています。一応まだ触ってもいませんが、所長、これどうしますか?』


 えーー? 何それ、盗撮? 全く変態のすることは良く分からないなあ。それに遠隔操作だって? 絶対高いカメラじゃんそれ。

 そんな高いカメラならば、いくら映像を遠隔で確認できるとしても、きっと犯人はそれを回収しに来るはず。……それがいつなのかは分からないが。


 せっかく見付けたカメラだ。そのまま回収してしまってもその映像が犯罪の証拠になるだろうが、より有効に利用させてもらおう。カメラの付近で待ち構えて、犯人がそのカメラを回収しに来たところを現行犯逮捕。それがこの状況でのベストだ。


 でも犯人は変態だしなあ。そんな変態を簡単に捕まえられるのだろうか。うーん…………まぁ柿木も今井も護身術を身に着けてるし素人相手なら大丈夫か。


「そのままにして(カメラを)監視しておいて。犯人がやって来ると思うから」


『分かりました。ではそのように。また何かありましたら連絡します』


 そう言って柿木は通話を切った。



今井舞視点

「あのカメラはそのままにしておいた方が良いらしいです。それと犯人がやって来るから監視をしておけと」


 広谷先輩と連絡を取っていた柿木先輩がそう私に伝える。


 犯人がやって来る? 全く、毎度のことながら広谷先輩の推理力はどうなっているんだろうか。私達と同じような情報しか持っていないはずなのに、こうしてまるで未来視のようなことをやってのける。


「柿木先輩、監視って言ってもどこを監視するんスか?」


「犯人は、犯行後も未だに事件現場をカメラで監視しています。先の事件で依頼人の部屋での犯行が終わったのならば、こうして証拠が残るカメラを残すはずがありません。つまり、まだ犯人はあの部屋ですることがある。所長はそれが実行されるのが今日だと推測しているようです。さらに、今日は所長の指示でここに超遠距離専用カメラ『撃つるんです』があります。

 ――つまり、監視すべきは……依頼人の部屋です!」


 なるほど、それなら全てが繋がる!


「おぉ! つまり、とうとう『撃つるんです』が活躍する時が来たんスね!?」


「その通りです。ここまでは所長の計画通りに進んでいるのでしょう。所長はとてもリラックスしていた様子でした。きっと今井さんが仕事を果たすことも確信しているのだと思いますよ?」


「うおおおお。やってやるッスよー! この『撃つるんです』で決定的証拠を掴んでやるッス!」



広谷八尋視点

 将棋もとうとう終盤に入った午後五時過ぎ。


 将棋AIによるとやや竜王が有利とのこと。だがまだまだ勝負は分からない。


 カキーン、ぱち、ぱち、カキーン


 すると今度は今井から電話が掛かってきた。


「今度はどうしたー?」


『センパイ! センパイの推理が当たりましたッ! 犯人がやって来ましたッ! 今『撃つるんです』で撮っているんで、パソコンで確認してください!』


 今井が興奮したようにそう告げてくる。


 何と! 俺の推理が当たっただと!? それはめでたい。俺の推理がこんなにドンピシャで的中するなんてこの仕事を始めてから初めてじゃないだろうか。今日はお赤飯だな。


 それにしても犯人もカメラを回収しに来るの早かったな。

 きっと犯人が盗撮に使用していたカメラを自ら回収するという決定的な証拠を撮影する場面なのだろう。今井が早く早く、と急かしてくる。


 分かったよ。さて、世紀の変態の姿を拝んでやろうじゃないか。


 俺は将棋を見ているテレビの真横に置いてあるパソコンを操作し、『撃つるんです』で今撮っている映像を表示させる。


 するとそこには――――



 ――犯人と思しき男が、洗濯物の前で失禁して泡を吹きながら気絶している姿が映っていた。



 この犯人、どれだけ洗濯物に興奮してるんだよ。いくら何でも変態すぎるだろ……!

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