第26話 柿木菊花視点Ⅱー①

柿木菊花視点

 十二月二十四日、クリスマスイブ。


 今年もこの日がやって来てしまった。毎年この日になると、来年こそは八尋君と二人で過ごせるような素敵な関係になっていようと決意を固くするのだが、実際にはこうして今年まで八尋君とは高校生の頃からほとんど関係性が変わっていない。


 はぁ、このままでは舞ちゃんか七海ちゃんにでも八尋君を獲られてしまう。


 これまでも私を含む複数の女性が八尋君にはアプローチを掛けているが、その全てが軽くあしらわれてしまっていた。


 アプローチした女性の中には八尋君の事を超鈍感だと話す人もいたが、八尋君鑑定士一級の私はそうは思わない。


 彼の演技力は一級品だ。これまでも事件の犯人を全く分かっていなそうな素振りをしていたのに、結局は誰よりも早くその真相に気が付いていて、私達を試していただけという事が何度もある。


 推理、演技、そして情報収集。それら以外にも八尋君は様々な分野でその天才性を発揮している。だと言うのに、恋愛方面だけはまるっきりダメでただの鈍感、という事が有り得るだろうか。


 いや有り得無い。


 彼は恋愛方面でも天才だと考えるのが自然だ。


 その事から考えると、今の私達は八尋君に対等な女性として見られていないのではないかという疑念が生じる。


 八尋君だって男の子。私の最近のリサーチではちゃんと異性愛者という事も判明している。きっと八尋君は、世紀の天才である自身に釣り合う女性を待っているのだ。


 つまり私達ではまだまだ八尋君に釣り合う女性ではない、という事。


 この事実に気が付いてから、私は懸命に努力してきた。


 自分の仕事は完璧に、そして素早くこなす。しかし女性としてのオシャレも忘れず、それでいて八尋君の仕事も精一杯手伝ってきた。もはや八尋君の仕事が無くなるくらいに。


 もういいでしょう、八尋君。いい加減私を恋人として認めて下さい……。


 そんな事を考えながら、テキパキと仕事をしていると八尋君が突然立ち上がり、コートを羽織った。


「所長、どこかにお出掛けですか?」


 こんな猛吹雪の中、外出だろうか。


「ちょっと予約したケーキを受け取りに、ね」


 ケーキ……?


 八尋君が仕事中に外へ出るのは非常に珍しい。いつもなら私か舞ちゃんにでもお使いを頼むというのに今日は何故自分で? そしてどうしてこのタイミングで?


 八尋君の行動はいつも唐突で、そして奇抜だ。常人の私では一瞬で全てを理解することなど出来やしない。


 ――……まさか新たな事件の匂いでも嗅ぎつけたのだろうか? 


「ケーキ? ……何かの暗喩ですか? もしや事件でも?」


 分からない時は本人に直接聞くに限る。八尋君は基本的に秘密主義だが、気紛れに情報を開示してくれることもある。


 八尋君はそんな私の質問に、ちょっと困ったような笑みを浮かべて返答。


「いや、本当にケーキを受け取りに行くだけだから。ほら、今日ってクリスマスイブだし?」


 本当にただケーキを受け取りに行くだけ……? クリスマスイブ……?


 ――……はッ!?


 そうか、そう言う事だったんですね八尋君。


 八尋君が甘いもの好きというのは私もよく知っている。だが八尋君は去年までずっと仕事終わりにケーキを買いに行っていたじゃないか。それが何故今年はこのタイミングでケーキを買いに行こうとしているのか。


 ……恐らく、今年は誰か特定の女性とクリスマスを共に過ごすことに決めたのだ。


 うちの会社がフレックスタイム制を採用している事もあり、一般的な企業勤めの方と比べて八尋君の退社時間はとても遅い。これでは例年通り仕事終わりにケーキを買いに行っていては、デートの待ち合わせ時間が物凄く遅くなってしまう。


 だからせっかくのクリスマスイブ。八尋君はその女性と過ごす時間を少しでも長くしたいと考えたのだろう。それで仕事中であるのにも関わらず、すぐ近くで私が八尋君の仕事をしているにも関わらず、ケーキを買いに行くという結論に至ったのだ。


 先程、私がケーキについて尋ねた時の困ったような笑みはきっとこれまで散々アプローチを掛けていた私を差し置いて、別の女性を選んでしまったのを申し訳なく思っていたのでは? 


 間違いない、全ての辻褄が通る。


 さっきからずっと八尋君が申し訳無さそうな顔をして送ってきているアイコンタクトは、きっと『ごめんね?』という意味なのだ。


 何てこと……私は気が付かない内に八尋君を見知らぬ誰かに奪われていたと言うの!? それも推理通りなら、他企業の、見ず知らずの女性に。


 こんなの認められない。


 でもまだ大丈夫、婚姻届けを提出していなければ決定的な敗北ではない。何とかして八尋君には今日のクリスマスデートを思い留まってもらわないと。


「で、ですが外は猛吹雪ですよ? 本当に今行くんですか?」


 先週の月曜日から雪が本格的に積もり始めたせいで足元は非常に悪く、さらに今は猛吹雪。これ以上ないくらい外出には向かない悪条件が重なっている。


 ほら、お天道てんと様も今日の外出はやめておけと言ってますよ? だから諦めてください、ケーキもデートも。


 そしてここにはもっと貴方に相応しい女性がいますよ? ほら、今日だって八尋君の仕事の95%を代わりにやったんです。褒めて下さい。


 そんな思いを視線に乗せて八尋君を見つめる。


 言葉で直接伝えた方が早いのは分かるが、素敵な女性と言うのは多くを語らないものなのだ。


 そんな私の視線を受けて、八尋君はさらに困ったような顔を浮かべる。


 八尋君を困らせるのは私も本意ではない。しかし……しかしこればかりは私も譲れない。


 暫く何かを考えるような素振りを見せた八尋君は、そうだと呟き、私にこう言った。


「柿木、代わりにケーキ受け取りに行ってくれない?」


 ……何でですか!?


 何故私の思いを受けて、考えに考えた結果がそれなんです!


 私に私以外の女と楽しむクリスマスケーキを買いに行かせるだなんて鬼畜の所業ですよ!?


 これはもうダメだ。八尋君の意思は完全にクリスマスデートにいってしまっている。


「所長、仕事中の私用による外出は禁止されています」


 だから私は方針を切り替える。デートに行かせないというのはハッキリ言って不可能。ならば、ここは仕事後にケーキを買いに行かざるを得ないように仕向け、少しでもデートの時間を削るしかない!


 日頃から八尋君の頼みならどんな事でも聞いてしまう私がお使いを断ったのがよほど驚きだったのだろう。八尋君は大きく目を見開き、困ったとばかりに次善策を考え出す。


 果たして八尋君の灰色の脳細胞が下した結論とは――?


「大丈夫だよ、柿木。店で一番大きいサイズのホールケーキを予約済みだ」


 いやなにが大丈夫なんですか八尋君! 八尋君が大きいホールケーキを予約したからって私は何とも思いませんよ!? 大丈夫な要素ゼロです!


 しかし八尋君が大丈夫と言うからには何か私を安心させる要素があるのだろう。私は先程の八尋君の発言を思い返しながら考える。


 うーーん…………


 店で一番大きいホールケーキを予約

        ↓

 大きいケーキを予約したという事は一人で食べるのではなく、彼女さんと一緒に二人で食べる

       ↓

 八号もの大きさだと食べるのにかなりの時間が掛かる

        ↓

 長時間一緒に居ることが前提の予約?

       ↓

 クリスマスデート、朝までコース!?


「今日は朝までコースという訳ですか……!?」


 何てことだ……! そう言う事だったんですね八尋君。


 先程まではクリスマスデートくらいならまぁ良いかなと考えていた私が甘かった。まさか八尋君がそんな羨ま――けしからん計画を立てていただなんて!


 クリスマスデートなんて私の考える八尋君とのベストデートグランプリでTOP3にランクインするほどの最高のシチュエーション。それが朝まで……! 


 これは明らかに許容範囲外だ。私の寛容ゲージを大きく振り切っている。そしてやっぱり大丈夫な要素はゼロだった。


「安心してくれ、三人で食べればすぐだよ、すぐ。柿木も甘いモノ好きだったよね?」


 三人!? いや確かに甘いものは好きだが、どうして私が当たり前のように人数に含まれているんですか!?


 これってクリスマスデートですよね? そこに幻の三人目は必要ですか? 絶対私の存在って邪魔だと思うんです。異物すぎると思うんです。


 八尋君のクリスマスデートを何としてでも阻止したい私だが、そこに付いて行こうなどとは欠片も思っていない。ましてや一緒にケーキを食べるなど、常軌を逸している。


 八尋君とは違い、私はあくまで一般人。そんなエキセントリックな行動をする強心臓など持ち合わせていないのだ。


 それにもし私が八尋君の彼女の立場で、クリスマスデートに見知らぬ女がケーキを食べにノコノコと付いて来たらキレる自信がある。


「私は恨まれたくないので遠慮しておきます」


 そんな私の言葉に、うんうんとしきりに頷きながら窓の外を眺める八尋君。


 いや分かっているなら私をクリスマスデートに乱入させようとしないでください。もし私が行きますと言っていたら軽く修羅場だ。一体どうするつもりだったのだろう。いや、八尋君の事だから私が断るのまで織り込み済みで、私を揶揄からかっただけな可能性もあるが。


 相変わらず八尋君の考えは私には読めない。


「やっぱりケーキを受け取るのは、自分で行くことにするよ」


 散々私を揶揄からかって満足したのか、八尋君は再びコートを羽織り所長室から出ようとする。


 しまった。このままでは朝までコースのクリスマスデートが実現してしまう……!


 未だクリスマスデートを妨害する策は思い付かないが、このまま八尋君を行かせてしまっては完全に手詰まりだ。それは避けないと……!


「では私も付いて行きます。丁度休憩を入れようと思っていたので」


 私も付いて行って、その間に策を練ろう。大丈夫、きっといい案が思いつくハズ。



 クリスマスデートなんて、私は認めない……!

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