消えたサンタクロース事件編

第25話 クリスマスイブ

 クリスマス。それはサンタさんからプレゼントを貰える日。そしてもう一つ、家族で仲良くケーキを食べる日でもある。


 既に立派な大人である俺には、サンタさんからのプレゼントは縁遠いモノとなってしまったが、それでもこの日に食べるケーキは格別だ。


 食べているケーキ自体は日頃のものと何一つ変わっていないはずだが、クリスマスという特別な空気感がケーキの美味しさをより一段と引き立たせる。

 食事において雰囲気作りはとても重要。クリスマスケーキはそれを我々人類に教えてくれる。


 俺は昔から辛いモノだけでなく、甘いモノも大好きだったから、小さい頃は事あるごとにケーキを親におねだりしていたものだ。そして自分で稼げるようになった今では、週に一つはホールケーキを購入している。


 そんなケーキ大好き魔人の俺が何ヵ月も前から待っていた今日はクリスマスイブ。


 一年でクリスマスイブとクリスマスの二日間だけは連続してホールケーキを食べても良いと言う自分ルールを自身に課している俺は、この日を今か今かと楽しみに待ち望んでいた。


 早く帰ってケーキ食べたいなぁ。


 朝起きてから、ずっとケーキの事しか考えられない。そして当然仕事も全く手についていない。まぁ、いつも手についていないんだけど。


 手につかずに溜まっていく仕事は、我が優秀な秘書である柿木がほとんど片付けてくれていた。


 うちの事務所はそんなに大きくないから秘書室なんてものは存在しない。だから柿木も所長室で俺と一緒に仕事をしているのだが、常にケーキの事を考えてぼけぇっしてる俺と、テキパキと仕事を終わらせていく敏腕秘書の柿木とでその差が如実に表れてちょっと面白い。 


 あぁ、もうダメだ。今日は仕事どころじゃない。予約したケーキの味が気になってまるで集中できない。今日一日で何度時計を眺めた事か。


 よし、今から受け取りに行こう。


 どうせ仕事が手につかないなら、今ある憂いを全て失くしてしまった方が良い。ついでに他の用事も済ませてしまえば一石二鳥だ。


 そう思い、イスから立ち上がった俺は近くに置いてあったコートを手に取り羽織る。


「所長、どこかにお出掛けですか?」


 そんな俺に気付いた柿木は、仕事の手を一旦止め、俺にそう問いかけた。


「ちょっと予約したケーキを受け取りに、ね」


「ケーキ? ……何かの暗喩ですか? もしや事件でも?」


 いやいや、何を言ってるんだこの秘書は。


 柿木は俺をこれでもかという程サポートしてくれる完璧秘書であるのは間違いないのだが、たまにこうした意味不明な事を言うのと俺に仕事の功績をなすり付けてくるのが数少ない欠点だ。全く、ケーキはケーキだよ……。


「いや、本当にケーキを受け取りに行くだけだから。ほら、今日ってクリスマスイブだし?」


 仕事中の私用での外出は本来NG。だけどクリスマスイブに免じて今日は許してくれないかな? そうアイコンタクトを柿木に送る。すると柿木は暫く考え込み、


「で、ですが外は猛吹雪ですよ? 本当に今行くんですか?」


 そう言って窓の外を指差す柿木。それに釣られて俺もそちらに視線を向ける。


 ゴォオオオオオオオオオ


 た、確かに物凄い猛吹雪だ。大量の雪が横殴りの風に吹かれて、窓の外は一面ホワイトアウト状態。これでは1メートル先を見通すことも難しい。


 ケーキの事を考え過ぎていて全く気付かなかったな……。最悪の悪天候に柿木も心なしか眉を顰めているような気がする。


 困った、これではケーキを受け取りに行くのは難しい。


 外がキンキンに冷えているから、ケーキが暑さで傷む心配はしなくても良いが、肝心の俺が行きたくなくなってしまった。


 一体どうすれば――……そうだ!


「柿木、代わりにケーキ受け取りに行ってくれない?」


 こんな困った時、いつも助けてくれるのは柿木だ。きっと柿木ならこの猛吹雪の中でもケーキの一つや二つ、簡単に手に入れてきてくれるだろう。この前だってどうやったのか分からないが、プレイステ〇ション5を俺と今井と自分の分で3つも入手してきたし。


「所長、仕事中の私用による外出は禁止されています」


 と思っていたら、まさかの拒否。


 いやいやいや、確かにルール上ではそうだけど、うちの事務所ではほとんど形骸化してて誰も守ってないじゃん! 柿木だってこの前俺のためにドーナッツを買いに行ってくれたよね? 一体ドーナッツとクリスマスケーキの何が違うって言うのさ。


 ……もしや自分の分が無いと思ってる?


 確かにクリスマスというのは誰も彼もがこぞってケーキを購入するため、事前に予約しておかないとその入手は非常に困難なものとなる。きっと柿木は俺が一人暮らしだからって、ショートケーキを一つとかその程度しか予約していないと勘違いしてるんだろう。 


 ふふふ、自分の分が無いから拗ねるだなんて、意外と子供っぽい所もあるじゃないか。


 だが安心してくれ。俺はケーキに全力を尽くす男。一か月前から8号のホールケーキ(直径24cm)を予約済みさ。当然、柿木になら分けてあげるよ。


「大丈夫だよ、柿木。店で一番大きいサイズのホールケーキを予約済みだ」


 俺は柿木を安心させるため、満面の笑みで君の分もあるよと伝える。


「今日は朝までコースという訳ですか……!?」


 あ、朝までコース? 何を言ってるんだ柿木は? 昔から柿木は言葉を省略し過ぎるきらいがある。


 ……あぁ、なるほど。さては柿木、大きいホールケーキを全て食べきるまで帰れないと思い違いをしているな? そんなテレビの企画みたいな酷い真似を俺が柿木にするはずが無いじゃないか。柿木と……そうだな、さっき廊下ですれ違った今井の二人が満足するまでケーキを食べたら、残りは全部俺が家に帰ってからゆっくりと食べるとするよ。


 うちの事務所の社員は、甘いものが苦手という人がとても多い。ケーキを配って分かりやすく喜んでくれるのは柿木と今井の二人くらいだ。……いや、辛いものは俺以外全員ダメということを考えると、甘いもの好きは多い方なのかも。皆一体何が好きなんだろう。やっぱプロテイン?


 しかし頭の良い人ってのは、言葉の一言一言に意味があると考えて深く推測し過ぎだ。一般人はそこまで言葉に深い意味を含めて喋ってないし、俺だっていつも何も考えずに会話してる。そんな俺の言葉の意味を探るとかただの時間の無駄だからやめた方がいい。


 IQに大きな差のある者同士の会話は成立しないというのはよく聞くが、俺と柿木はまさにそれだろう。たまに会話してても話が嚙み合ってないような錯覚に陥ることがある。


 探偵という職業上、日常においても常に推理をし続ける柿木はまさに理想の探偵像と言えるが、勝手知ったる仲である俺との会話くらいは頭を空っぽにしてやり取りして欲しいものだ。


「安心してくれ、三人で食べればすぐだよ、すぐ。柿木も甘いモノ好きだったよね?」


「私は恨まれたくないので遠慮しておきます」


 恨まれるってなに!?


 ケーキを食べただけで一体誰に恨まれるって言うんだよ……。


 やはり頭の良い人の考える事は俺には理解出来ないな。しかしここでそれどういう意味?と柿木に聞くことも出来ない俺は柿木の発言をスルー。


 大人になると、質問ってしにくいよね? まぁ俺の場合は子供の頃から意味が分かってなくても、うんうんと知ったかぶりしてたけど。


 俺は柿木に言葉のキャッチボールも出来ない無能だと言う事を悟られないように、うんうんとしきりに頷きながら窓の方へ視線を向ける。すると、いつの間にか吹雪はやんで外には快晴が広がっていた。


 良かった。これでケーキを買いに行くことが出来る。


 冬の天気は変わりやすい。グズグズしていたらまたいつ吹雪になるか分からないから、さっさと事務所を出よう。


「やっぱりケーキを受け取るのは、自分で行くことにするよ」 

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