無能な俺が名探偵に!?

蒼守

木崎ちゃんのパンツ誘拐事件編

第1話 依頼人がやって来た

「わたしのパンツの行方を捜してください! 一昨日から行方不明なんです」


 開口一番そんなことを目の前の女の子は言い放った。


 俺は二十数年生きてきたが、挨拶や自己紹介もすっ飛ばして第一声が『わたしのパンツ』だった人間には出会ったことが無い、いや無かった。

 これはもしかしたらとんでもない変質者が来てしまったのかもしれない。


「パ、パンツですか? ええと、つまり下着泥棒の捜査の依頼ということでよろしいでしょうか?」


 そう戸惑いながら返答したのは俺の秘書の柿木菊花かきききっか。こんな未知なる変質者に対してもある程度冷静に対応出来るなんて流石の一言だ。


 ちなみにこういう場面で俺はあまり口を出さないよう心掛けている。だって聞かなければいけないことは柿木が全部聞いてくれるし、俺が口を挟むと碌なことにならないしで、それが一番効率的で楽だからだ。それに変質者(暫定)にあまり関わりたくない。


「いえ違うんです。正確には私のパンツ含む家族全員分の衣服が行方不明なんです。事件が起きたのはそう、一昨日の土曜のことでした……」


 そうしてこの小さな女の子は語りだした。


「土日はいつも私が洗濯当番なんですけど、その日もいつも通りお昼頃、洗濯機から取り出した衣服をベランダに干して、その後るんるん気分で友達の家に遊びに行ったんです」


 るんるん気分か。それはいいことだね。


「そして門限である夕方の五時前に家に帰ってきたわたしは、ポッカポカでふっわふわになった史上最高傑作の洗濯物を取り込もうとベランダに出ました。すると驚くことに、まるで最初からそんなものは無かったと言わんばかりに全て無くなっていたんです。洗濯物は勿論のこと、それを干す物干し竿まで……。それも犯行現場のわたしのうちがあるマンションの二十六階からですよ?」


 そう言って変質者の少女は感情が昂ったのか、机をトンと拳で軽く叩く。


「その時のわたしの気持ちが分かりますか? 数多くの愛する我が子達が少し目を離した隙に一斉に誘拐された母の気持ちが! 怒りや悲しみといった感情もありましたが、それを全て覆いつくすほどの圧倒的絶望感に私は打ちひしがれました。これほど自分自身の無力さを嘆いたことはありません。子供達の中には私の一番のお気に入りだった鳳凰柄パンツのぴーちゃんまでいたのに……」


 母!? 子供達!? ヤバい、この子の言っている事がまるで理解出来ない。一体いつから人類は衣服と親子関係を結べるまでに進化したのだろう。


「こんなことになるなんて知ってたら、あの子達から目を離さなかった! もうこれは日本中を揺るがすとんでもない大事件といっても過言ではないですよ。……あ、ちなみにわたしの名前は木崎咲ささきさきです、どうぞよろしくお願いします」


 こちらが引くくらいに、興奮気味にそう事情を説明する見た目小学生の木崎咲ちゃん。


 なんでこんなに洗濯物に愛情持ってるんだよこの子、怖いよ。パンツに名前まで付けてるし。

 そして日本中を揺るがす大事件と言うには明らかに過言だ。まぁ、窃盗に当たるから事件と言えば事件だけども。


「それは大変でしたね。私は柿木菊花と申します。隣に座っている当探偵事務所の所長である広谷ひろやの秘書でございます」


 木崎ちゃんの簡単な説明が終わると同時に、柿木はメモを取るために動かしていたボールペンを机に置き、最後の思い出したかのような自己紹介に対してそう返答する。


 全く柿木め、そんなありきたりな自己紹介じゃ駄目だよ。この業界は実力と信用が依頼数や依頼料に直結するというのに……。

 ここは俺が所長として責任を持って、いつも通り依頼人に広谷八尋ひろややひろは仕事がデキる男で信用できる、という事実と反した印象を与えなければならない。


 やれやれ苦労するぜ。


「探偵の広谷八尋、二十二歳独身、趣味は将棋と野球だ。最近はタピオカをタピオカ抜きで飲むことにはまっている。そしてこの件の犯人は既に絞り込んだ」


 どうだ見たか、二人とも。

 自己紹介は短く、そして自分自身を分かりやすく表現。そしてこの時点でもう犯人を絞り込んでいるという仕事の速さ。



 まぁ、どうせ両親が勝手に洗濯物を取り込んだとかそういうオチだろう。分かってる。だってパンツだけならともかく家族全員分の衣服と物干し竿とか持ち運ぶの大変すぎだし、もし外部犯ならどうやって二十六階のマンションのベランダから運び出すというのか。


 おや? これは珍しく俺の推理が冴えに冴えているのでは? 


「流石ですね所長。これだけの情報でもう犯人を絞り込んでいるのですか? 私にはまださっぱり分かりません。


 そう言って柿木は口元に手を当て考え出す。


「うーん……事件が起きたのは一昨日。昨日一日分の時間が経過していることから、木崎さんもご自身である程度の調査をしてこちらにいらしたのでは? ならば木崎さんのご家族が木崎さんのいない間に取り込んだという線も考えにくい。下着ドロというには家族全員分の衣服とましてや物干し竿まで持ち去るなんて不自然。考えれば考えるほど分からない……。いったい誰が何の目的で……?」


 マジでか……。柿木の独り言により、早速俺の推理に暗雲が漂い始める。


「え? こんな情報だけでそんなこと分かるものなの? 適当言ってるだけじゃ……いやこの道のプロが言うんだ、きっと間違いないはず(小声)」


 この子、何気に失礼なことを言うな。一応小声だけど、俺に丸聞こえだよ? 


「――あ、失礼、つい考え込んでしまいました。やはり専門家というのは頼りになりますね」


 さっき適当言ってるだけじゃ……とか言ってたよね、君。まぁいい大人であり社会人でもある俺は敢えて指摘したりはしないけどさ。


「そちらの柿木さんの言う通り一昨日の事件発生から昨日に掛けて、わたしは黒いコートにあんパンを装備して両親に聞き取り調査を行いました。その結果、両者共に洗濯物に触れるどころかベランダにすら出ていないという証言を得て、このことから私は犯人は外部犯であると睨みました。しかし、外部犯がわたしの両親にバレずに犯行現場の二十六階のベランダまで行き犯行を行うなんて、どう考えても不可能。こんな難事件、わたし個人の能力では犯人特定は現実的ではないと感じ、ご近所で評判のこちらの事務所にお邪魔したのです」


 なんということでしょう。匠(俺)の渾身の推理が一瞬にして破綻してしまったではありませんか。


 やはり冴えていると思ったのはいつもの勘違いだったようだ。ちくしょう、いつになったら俺の推理能力は向上するんだ。こんな小さい女の子の変質者(確定)にも思いつくことが考えつかないなんて。


 というか、黒いコートにあんパンを装備って必要だったのかな。もしかして装備ボーナスで推理力アップとかあるんだろうか。オカルティックな話だが、少しでも可能性があるのなら俺も試してみたい。 


 まぁいつも推理を手伝ってもらって……いや実質的に推理をしてもらっている柿木が俺の心の内の推理を否定するんだ、間違いなく俺の予想は間違っているんだろう。俺は自分自身の推理よりも自分の秘書の推理を百倍は信用している。


 さて困った。依頼人に対してデキる男ムーブをかまそうと思ったら一瞬で躓いてしまった。

 あれだ、自己ベストを目指す意気込みで参加したフルマラソンでよーいドンの一歩目で転んで足を骨折してしまった感じだ。さっきまでは結構自信あったのに……もう無理だろこれ。いや無理だよこれ。


 ふぅ、落ち着け広谷八尋。冷静になるんだ。俺は不屈の男、例え躓いても何度でも立ち上がるんだ。冷静に考えればいつも通りじゃないか。


 俺は躓くのがデフォだ。そしてここから立ち上がってまた躓いて周囲の人からぽかーんとした目で見られるまでが一セットだ。


 何ならまだ犯人を絞り込んでいると誤解されていて、まだ立て直し可能な今の現状を考えると今日は絶好調といってもいんじゃないか? よし自信が出てきたぞ。


 取り敢えず俺の推理が的外れだったことを二人に悟らせるわけにはいかない。ここからなんとか修正できるか? まだ『犯人は絞り込んだ』としかいって無いから大丈夫な気はする。

 丁度今、容疑者の日本全国の老若男女から木崎ちゃんとそのご家族が除外された所だ。絞り込めたというのもあながち嘘でもない。


 よし大丈夫そうだな、このまま私は分かってますよオーラ全開で適当なことを言ってのらりくらりと乗り切ろう。そうすればいつも通り優秀な柿木が真実を明らかにしてくれるはず。


 ていうか、外部犯であるならもう下着ドロで確定…………――――ッ!? 


 いやそんなちゃちなもんじゃねぇ! 

 だって無くなったもの思い返してみろ。


 木崎ちゃんのパンツ←小学生くらいの子が履いてる鳳凰柄のパンツとか理解に苦しむが下着ドロの仕業と考えればまあ分かる。


 その他の衣服←下着だけでなく全ての衣服に熱い思いを持っている下着ドロ(?)と考えればなんとか理解できるが、木崎ちゃんの親父さんの下着や衣服までともなると守備範囲が広すぎてちょっと理解できない。


 物干し竿←形容し難い程のおぞましい何かを感じるし、理解できるはずがない。というか理解したくない。


 以上のことから犯人は女物はおろか男物の下着や衣服、さらには物干し竿にまで興奮する世紀のド変態という事実が発覚してしまう。


 なんてこった。こんなに業の深い変態は聞いたことが無いぞ。こんな変態が世の中を好き勝手に生きているなんて……。確かに木崎ちゃんの言う通り、日本中を揺るがす大事件と言っても過言ではないのかもしれない。


「これは確かにとんでもない大事件かもしれないな。犯人が今も自由に往来を歩いていると思うと背筋が凍る。早く何か手を打たなければいけない」


「ッ!?」


 恐らく先程までの俺と同じように、国中を揺るがす程の大事件と言うのは言い過ぎだと考えていたであろう柿木が驚きの視線を俺に向ける。


「しかし、契約をするまでは我々は動けない。そういう決まりだからな。逸る気持ちはあるが先にそっちの話をしよう」


「そ、そうですね。こちらからも見積もりは出しますが、木崎さんはご両親から何か聞いていますか? それともご両親に直接お話を伺ったほうがよろしいでしょうか?」


 確かに、普通に考えてこんな小さな子と直接契約するのはリスクが大きい。もし保護者が契約の無効を訴えればその主張が通る可能性がかなり高いし、そこまでの働きが水の泡と化してしまう。


「それについてはお母さんが、自分の貯金からお金を出す分には構わないけど契約の際は事務所の人と直接電話させてって言ってました。あ、あと私の全財産は五千円なのでその範囲内でお願いします」


 なるほど五千円か…………って無理だろ!


 さすがに五千円で歴史に残るような世紀のド変態を捕まえるのは割に合わなすぎる。下手したらこっちまで変態のターゲットにされそうだし。


 しかしそんな変態がいると分かったしまった今、木崎ちゃんの変質者レベルくらいじゃ何も感じなくなってきたな。だってありとあらゆる衣服と物干し竿に欲情し、果てには他所の家のものまで盗んでしまう変態に比べたら、洗濯物を我が子のように可愛がるなど一般人に毛が生えたようなもんじゃないか。


 いやー、心の中とはいえ変質者呼ばわりして悪かったね。世の中には上には上がいると再認識したよ、と心の中で目の前の木崎ちゃんに俺は謝罪した。


「なるほど、かしこまりました。それでは見積もりを出すために広谷と少し相談をして参りますのでしばらくお待ちください」


 そういって柿木は新しく淹れたお茶を木崎ちゃんの前に置き、三人で話をしていた第三会議室から所長室へと俺を連れ出した。

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