第60話 参加型アトラクションかな……?
温泉、カラオケ、卓球、ビリヤード、映画館、お洒落なバー。
このホテルには何でも揃っている。
昨日の夕方にホテルへ着いた俺達は、各々が思い思いの時間を過ごし、この社員旅行一日目を満喫していた。
柿木と今井は近くのお店へショッピング。
南は散策がてら周囲をジョギングし、甲越は知らないおじさん達と麻雀で仲良く遊んでいた。
そして佐藤は……何時間もずっと温泉に籠っていたらしい。長時間に渡り風呂に入っていたせいで、完全にのぼせてしまい、ホテルのスタッフさんに部屋まで運ばれたそうだ。……どれだけ水着姿の女性が見たかったんだ、あいつは。
ちなみに俺は何をするでもなく、ボーっとマッサージチェアに座り、身体の疲れを存分に癒していた。
そんな楽しかった昨日から一夜明け、今日は社員旅行の二日目。本命の遊園地に向かう日である。
ここ赤森ファニーランドは、大きく二つのパークに分かれている。
一つが絵本や昔話をテーマとするファンタジーパーク。そしてもう一つが映画やドラマをテーマとするリアルパークだ。
基本的にはファンタジーパークが子供向けで、リアルパークが大人向けといった区分分けがされているが、どちらも作り込みが凄く、クオリティが高い。なのでどちらに行っても楽しめますよ、というのがホテルのスタッフさんの言葉だ。
今日俺達がこれから向かうのはファンタジーパーク。ファンタジーパークは、キャラクターのショーやらグリーティングやらが充実しているから、可愛いもの好きが多いうちの所員にもきっと楽しんでもらえると思う。
意外とみんな、もこもこしたぬいぐるみとか着ぐるみが好きだからなぁ。流石に俺と甲越はぬいぐるみを愛でる趣味は無いけれど。
そしてリアルパークの方には明日行き、明後日は自由時間にして、夕方ごろにバスで帰るというのが今回の社員旅行の予定だ。きっと思い出に残るような最高の社員旅行になるだろう。
「それでは皆さん。こちらのリストバンドを受け取ってください」
朝一にホテルのロビーに集合した俺達は、フロントへ部屋の鍵を預けると同時にリストバンドを受け取っていた。
どうやらこの遊園地は紙の入場券でなく、ICチップが内蔵されたリストバンドがその代わりとなっているらしい。
そして今はホテルのスタッフさんが俺達にそのリストバンドの使い方をレクチャーしてくれる所だ。
スタッフさんは爽やかなイケメン男性で、その所作からは高い品位が感じられる。やはり高級ホテルは一味違うな。スタッフの質が高い。
そんなイケメンスタッフさんは俺達一人一人にリストバンドの入った小さな箱を手渡していく。箱にはそれぞれ俺達の名前が印刷されている事から、使いまわしなどではなく、俺達個人専用のリストバンドという事なのだろう。
「このリストバンドを持っていれば、期間内は何度でもパーク内に出入りできます。さらにこのリストバンドは、皆さま個人のクレジットカートと紐付けております。パーク内の飲食やお土産の購入も、専用の機械にこのリストバンドをタッチして頂ければ、それだけでお買い物は完了となります。ですので、くれぐれも! このリストバンドは失くしたり、落としたりしないようにご注意ください」
へぇ、お金を出さなくていいのは便利だな。
手に持ったリストバンドを伸ばしたり、ぐにぐにと形を変えて遊んでみる。ふむ、どうやらかなり丈夫な出来のようだ。
「手首に嵌めて頂ければ、まず間違いなく紛失したりすることは無いと思いますので、是非今装着してみて下さい」
イケメンスタッフさんは元気いっぱいの笑顔で俺達にリストバンドの装着を勧めてくる。
俺以外の皆はイケメンスタッフさんの言葉通り、聞き手と反対側の手首にリストバンドを装着していく。しかしどうにも俺はこれを付ける気にならない。
「八尋君は付けないんですか?」
すると柿木がリストバンドの装着を渋る俺に気付いた。
「いやぁ、これを見てるとアレを思い出しちゃってね」
「アレ?」
俺はアレに一種のトラウマを植え付けられている。下手すれば死ぬところだったからだ。
「『腕時計型爆弾』だよ。なーんか、似てるんだよね」
「あぁ、センパイが完成した次の日に使用したせいで即、塵となった伝説の爆弾っスか」
「あれは完成度高かったよなぁ。アレを作るにはとんでもない資金が必要だし、もう二度と作れねぇだろうな」
「当然です。会社の資金を使って爆弾を作るなんてあなた達は何を考えているのですか。あの後社長に事情説明するのが大変だったんですよ?」
『腕時計型爆弾』はその名の通り腕時計型の爆弾だ。腕時計には多くの火薬が詰め込まれており、決められたコマンドを入力すると、指向性の爆弾が爆発する。
詩乃ちゃん(と俺)が誘拐された時は脱出するのに大いに役立ったが、あの爆発を見た俺は二度とあんな危険なもの手首に巻かないと心に誓ったのだ。そして俺はアレからトラウマで腕時計を付けられない身体にされてしまった。
「お、お客様、困ります。爆弾などと口にされては。他のお客様が何事かと驚いてしまいます」
そんな俺達の爆弾トークを耳にしたイケメンスタッフさんは大慌て。なんとか俺達の口から爆弾という単語が出るのを防ごうとする。
まぁ確かにこんな人の沢山いるホテルのロビーでする話題じゃない。
俺は申し訳なくなって平謝り。
「ごめんごめん、そうだよね。遊園地のリストバンドがまさか爆弾なんてそんなはずが無い。もしこれが爆弾だったら、この遊園地もホテルも即日廃業だ。俺は遊園地を……そしてこのホテルを信用している」
そんな俺の言葉に、イケメンスタッフさんもうんうんと頷いている。しかし、そのイケメン顔には玉のような汗が浮かんでいるのが見える。
「あれ? スタッフさん、大丈夫? もしかして体調が悪かったり?」
もしかしたらこのイケメンスタッフさんは年末年始を休みなく働いていて、今まさに体力の限界を迎えようとしているのかもしれない。
うんうん、分かるよ。体調が悪くても職場に迷惑をかけたくなくて頑張って出社しちゃうよね? でも、そういった時は思い切って休んでも良いと俺は思うんだ。
「い、いえ、ご心配には及びません。私は大丈夫です」
しかしそんな俺の心配もイケメンスタッフさんの心には届かなかったようだ。イケメンスタッフさんはまだ頑張れる、まだ働けると、ブラック企業の社員も真っ青な気合とやる気を漲らせ、仕事を続行する。
「そう? まぁ君がその道を選択するのなら、俺はもう何も言わないよ」
若い時の苦労は買ってでもせよとはよく言うが、俺は全くもってそうは思わない。だって苦労なんてしないに越したことはないじゃん。苦労をしたからって何かが大きく変わる訳でもないし、ましてや成長なんてするはずが無い。苦労をして得られるのは、苦労に対する慣れだけだ。
苦労に慣れたら、確かに次の苦労は最初に比べて楽に感じるかもしれない。でもそれはただの勘違い。実態と感覚のズレが生み出しているまやかしだ。体は苦労に対して毎回同じだけの負担とストレスを感じているのに、感覚はどんどんそれと乖離していく。これが続くことで、最終的には精神を病んだりとかある日ぽっくりと……という事態に陥ってしまうのだ。
だから俺は全力で言いたい。人間、休み過ぎなくらいが丁度いい、と。
しかしこれは俺の考えで合って俺の生き方だ。見ず知らずの他人である彼に強制することは出来ない。
俺に出来るのは、彼がこのまま死ぬ気で働いて本当に死ぬという悲しい結果にならないよう、陰ながら祈ることだけ。
「死ぬなよ……!」
俺は彼の肩に手のひらを乗せ、小さく一言だけそう呟く。
「!?」
イケメンスタッフさんは俺のそんな言葉にひどく驚き、目を大きく見開く。そしてわなわなと小さく震えながら俺をガン見している。
「や、八尋……。この人、死ぬの?」
俺の近くに居て、俺の言葉がたまたま聞こえていたらしい佐藤が俺におずおずと訊ねてきた。
そうだね――――
「このままだと、死ぬかな?」
「「!?」」
どれだけ仕事で結果を残そうが、死んだら何も残らない。だから早いとこ、このイケメンスタッフ君にはブラックな労働環境と生き方を見直して欲しい所だ。
「あの……私はどうしたら、生き残れますか? 最近子供も生まれたばかりなんです。私は、まだ死にたくない」
イケメンスタッフ君は俺の言葉を受けて、なにか感じる所があったのか。俺に縋るような視線を向け、そう問いかける。
「俺から言えることは一つだけ。今日は帰った方が良い。酷い顔色だよ? 家で奥さんと子供と一緒に久し振りの休みを満喫するんだ」
「し、しかしこのままでは――」
「大丈夫。案外なんとでもなるもんさ。君は立派に仕事を果たしたよ」
人数がカツカツで、一人でも欠けたら仕事が回らなくなるような状況でも、意外とどうにでもなっちゃうものなのだ。
それに何よりここは高級ホテル。きっとそんなギリギリの人数で仕事を回したりしていないだろう。だから体調不良で帰っても大丈夫だよ。
俺はイケメンスタッフ君にそう微笑みながら、手に持っていたリストバンドを左手首に付けて見せる。
「そ、そんな……。あなたは全て分かっていながら、それでも――!?」
彼の今の仕事は俺達にリストバンドの説明をする事だったはず。こうして俺もリストバンドを装着したことで、彼の仕事は完了した。さぁ気兼ねなく家にお帰り。
「ありがとうございます。ありがとうございます。そして――すいません」
イケメンスタッフ君は何度も俺に頭を下げ、そして最後に謎の謝罪をして去っていた。
「所長、スタッフの人に何言ったんですか? めちゃくちゃあの人感極まってましたけど。てか涙までしてましたよ?」
南、あれはね? 何日も職場に縛り付けられていた人が、ようやく家に帰れるという時に流す、感動の涙だよ。仕事からの解放感というのはそれはもう涙が出るレベルで嬉しいものなんだ。
しかし俺はそれを南に教えたりしない。
ホテルの従業員がそんな過酷な労働環境を強いられていると知ったら、これまでのようにのびのびと羽を伸ばせなくなってしまうかもしれないからだ。この事実を知るのは、俺と……あとたまたま俺と従業員の話を聞いてしまった佐藤だけが知っていれば、それでいい。
「ナーちゃん、そんな事よりも! 早く遊園地の方に行かないと! 開園前から列に並んでおかなきゃ、入場が遅くなるっスよ!」
「なに!? それはいけませんね、今井先輩! 早く入場しないと、人気アトラクションの優先チケットが貰えない!!」
今井と南の二人はそう言って、駆け足でホテルから出て行く。まぁホテルの正面を出て直ぐが、遊園地の入り口だから迷う事も無いだろう。
「ちょっと待ちなさい、二人共! 皆で行動しないと迷子になりますよ!?」
「うおおおお! とうとう遊園地に入れるぞぉ!!」
「ったく、皆あーしを置いて先に行っちゃうなんて何考えてるのさ」
残った柿木、甲越、佐藤の三人もそれに続いて走っていく。やれやれ皆子供だなぁ。
しかしつい走りたくなってしまう気持ちは俺にも理解できる。早く、遊園地をこの目に見たいし、少しでも早くその園内に入りたい。やはり遊園地というのは、大人を童心に帰らせてくれる魔法の空間なのだろう。
俺も皆に追いつくため、ホテルを出ようと足を踏み出したその瞬間――。トントンと後ろから肩を叩かれた。
「お客様」
ホテルのスタッフさんかな? まだ何か言い忘れていたことがあったのだろうか? それともホテル内を走った皆へのお説教?
後ろを振り返ると、俺の予想通り、ホテルのスタッフがそこにはいた。
先程の過労死寸前イケメンではなく、三十代半ばあたりのベテランの風格を漂わせた女性のスタッフだ。
「何ですか?」
「お客様、こちらを耳にお取り付けください」
そう言ってスタッフが渡してきたのは小さなイヤホンが一つ。
無線で動くタイプらしく、ケーブルのようなものは見当たらない。
俺はそのイヤホンをスタッフに言われた通り、耳に装着する。
一つしかないので、どちらの耳に着けようか悩んだが、なんとなく右耳に着けてみた。
「それで、これは――?」
あれ? 居なくなってる。
このイヤホンはなんなのか聞こうとスタッフに訊ねようとするも、いつの間にかスタッフの姿は消えていた。
渡すだけ渡して消えるとか、不親切なスタッフだなぁ。
一体どうしたもんかと思って呆然としていると、突如右耳のイヤホンからこんな声が聞こえた。
『こんにちわ、広谷八尋。突然だが君のリストバンドには爆弾を仕掛けさせてもらった。死にたくなければ、こちらのいう事を聞いて貰おう』
!?
こ、これはもしや…………
…………遊園地の参加型アトラクションの一つかな?
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