第8話 明日から捜査だ

 そんな感じの不思議エピソードが、今井には山程あるので俺は強大な守護霊的な何かが今井に憑いているのではないかと疑っている。だからきっとこの依頼も無事に遂行してくれるだろう。


「所長、ではせめて明日まずどういった行動をすればいいかだけでも教えて頂けますか? 流石に今回はヒントが少なすぎます」


 ヒント? ヒントってなに?

 事件の捜査にセオリーはあっても正解なんて存在しないだろうに。

 いや、もしかしたら久しぶりに俺のいない捜査だから、柿木も緊張しているのかもしれないな。ふっふっふ、よしここは一つ、まず捜査の初期段階として何をすべきかだけでも教えてあげようか。


 まずやらなければならないのは、事件の細かい事情を聞くことだ。さっきの木崎ちゃんの説明だけじゃ流石に足りなすぎるから、明日木崎ちゃんが学校から帰ってくる頃にでもおうちにお邪魔して、事件の詳細と犯行現場を確認する必要がある。


 でもそうなると、木崎ちゃんが学校から帰ってくる夕方までは何をしてもらうべきか。何もすることが無いと、今井はともかく、柿木は確実に俺の近くに居ようとするだろう。そうなると、俺が碌に仕事もせず、テレビで将棋を見てるだけというのがバレてしまう。それは避けなければ。


 そうだ、近隣住民に事件の目撃者がいなかったかどうか聞き込みをしないといけないな。これは木崎ちゃんの家の立地にもよるけど中々骨の折れる作業になるはずだ。


 それとさっき、社長から話があるからなるべく早い内に顔を出せってメールが来ていたな。

 面倒だし行きたくない。せめて竜王戦が終わってからなら一考の余地があるが、そうなると絶対あの社長は来るのが遅いってブチ切れる。


 うーん、よし。柿木に明日行ってもらおう。柿木なら俺と一緒に社長と何度も会ってるし大丈夫だろ。


「明日は、今井は近隣住民への聞き込み、柿木は本社に行って社長に会いに行ってくれ。今井はその後、夕方あたりにでも事件の詳しい説明を受けに依頼人の家に行けばいいよ」


 よし、これでとりあえず明日は、俺の周りに誰もいない環境を作り出せたな。


「社長に会いに本社にですか? でも社長もお忙しい方ですし、突然会うのは難しいのでは?」


 あぁ、柿木にはまだメールの件を言って無かったな。


「大丈夫。俺の代わりに来たと言えば時間を作ってくれるよ」


 そうでなくちゃ困る。だってそっちが早く来いって呼び出したんだ。俺本人じゃなくて秘書の柿木が会いに行っても時間くらい作ってくれるよ、きっと。

 てか、何で俺は呼び出されるんだ? 最近は社長にまで話がいくようなような大きなミスはしてないし、社長に怒られる覚えがないぞ? 


 ……はッ!? もしかして、健康診断のことか? 


 俺は入社して以来健康診断を受けたことが無い。何故なら病院が大嫌いだからだ。健康診断自体はわざわざ本社の方までお医者さん達がやって来てくれて、病院に行く必要は無いのだが、俺からしたらその日は本社が病院に見えて仕方なく、これまで断固として健康診断を拒否してきた。


 そういった実績からとうとう社長が重い腰を上げブチ切れたということが推測できる。


 ちくしょう、健康診断は春の話だぞ? 今になってそんな話を持ち出してくるなんて。だが、俺は何と言われようと健康診断には行かない。


 昔、労働安全衛生法という法律で、企業は社員の健康診断を定期的に行うことを義務付けられているとかなんとか本社の社員に言われたこともある気がするが、そんなことは知らん。法律の話は俺はすごい苦手なのだ。そして、病院に行くくらいならば健康診断拒否罪で捕まった方がマシだ!


 そんな事を考えてたら、何故か俺の正面に座っている今井からすごい、キラキラした目で見られていることに気付く。あぁ、きっと社長に会うって話になんかすげーって感じになってるんだろうな。


 まさか、健康診断拒否罪を受け入れた俺の心の内を見透かして称賛している訳でもあるまい。今井はまだ、就活の面接の時くらいしか社長とは会ったことは無いだろうし、きっと社長という役職に対して変な憧れのようなものを抱いているのだろう。


「そうですか。分かりました。それでは私は明日、本社の方に行き社長と会ってきます。何か聞くべきことなどありますか?」


 聞くべきこと、聞くべきことかぁ。


 そういえば犯人の変態はまだ日本人と決まったわけじゃないんだよな。

 確かに日本人には変態の割合が多い気がするけど、それでも犯人が外国人である可能性は捨てきれない。だって物干し竿に欲情する文化なんて日本には無いもの。海外のどこかの少数民族とかでは、もしかしたらそういった文化が根付いているのかもしれない。


 なんてことだ。よくよく考えればむしろそっちの可能性である方が自然と言えるのでは?


 参ったな、容疑者が日本人の全人口マイナス木崎ちゃん家族から地球の全人口マイナス木崎ちゃん家族に大幅に増加してしまった。これはありとあらゆる情報を握っている社長に聞いておかなければならないだろう。


「だったら、最近海外から危険な人間が入ってきてないか、それと物干し竿に欲情する部族とかがいたら教えて欲しいと言っておいてくれ」 


 これで犯人の手掛かりを掴めればいいのだが。


「わ、分かりました。そのまま伝えますからね? これで怒られるのは所長ですからね?」


 怒られるなんて心外だな。俺は事件解決の為に出来うる限り精一杯の仕事をしているにすぎないと言うのに。


「大丈夫だよ。俺が聞きたいのはそれだけだ。あと、社長にはあることを強要されると思うんだけど、それに対して何を言われても、『拒否する』、『それは無理だ』、『残念ながら……』、の三つを使いまわして切り抜けてくれ。それ以外の言葉は必要ない」


 このセリフだけを使っていれば、いくら社長が言葉巧みに柿木を揺さぶろうとしても、問題無いだろう。俺は絶対に健康診断は受けないからな!


「先輩、うちはなんか特殊なことを聞いて回る必要ありますか?」


「特殊なこと? いや無いよ。今井はいつも通り動いてくれればそれでいい」


 特殊なこととは何を言ってるんだろうこの子は。


 今井は普通に動いてくれればどうせ何か不幸な事が起こるし、当然のようにそれを打ち消すような何かも起きるだろう。そんな奇跡が今までも何度か事件を解決してきたのだ。だから今回もいつも通りにしていればそれで良い。


「はーい、りょーかいッス」


 あ、後これだけは言っておかないと。


「明日、明後日だけど、君達二人は事務所に入ってきちゃだめだからね。理由は言えないけど、俺のやらなくちゃいけない仕事に関わるからこれは守ってくれ」


 そう、仕事が一段落したからといって事務所に帰って来られては困るのだ。


 きっとこの二人のこと。柿木はその時点での仕事の進捗報告を、そして今井は報告という名目で俺の所にトランプでも持って遊びに来るだろう。そんなことになれば、おちおち竜王戦も見てられないし、そもそも見ているのがバレたら、只でさえ少ない俺の頼れる上司ポイントが消滅してしまう。それは避けたい。


「えー、センパイもしかしてうちのいない間に、最近完成したあのおもちゃで遊ぶんじゃないでしょうねー?」


「おもちゃ? 舞ちゃん、所長も仕事中にそんなことは流石にしませんよ。まぁ、何をするのかは私も非常に気になるところですが……仕方ありません。その件については承知致しました。明日から二日間は私と今井さんは事務所には近付きません」


 今井の予想はちょっと惜しい。そして柿木のその謎の信頼を裏切るのは少々心苦しいが、今更この程度のことで俺の竜王戦を見るという覚悟は揺らがないのだ。


 よし、これでこの場で確認すべきことは全て出来たな。


「そうだ、正式に依頼を受けたことだしこの事件に名前を付けよう」


 やっぱりあの事件とかこの依頼とかだと分かり難いしね。今だってうちの事務所は三つの依頼を平行して進めているのだ。分かりやすくするのは急務である。


「事件の名前ですか。確かにいつもは事件が終わってからその件をまとめる時に適当に○○事件と名付けてしまいますから、今付けてしまった方が便利で良いかもしれませんね」


 よしよし、完全にその場の思い付きだったけど柿木が賛成してくれたのなら全く問題ないはずだ。


「先輩が名付けるんですか? でも先輩ってあんましそういうセンス無いッスよね。この前もゲーム内のペットの犬に『にゃーにゃ21号』とか名付けてるの見てドン引きしましたもん」


「いやあれはやはりゲーム内とはいえ俺のペットになるからには、唯一無二の名前を付けてやろうと思って――」


「そりゃ犬に、にゃーにゃなんて名前付ける人なんていませんよ。それに21号っていったいどっから出てきたんスか。……も、もしかして先輩、にゃーにゃちゃんを改造したんスか? 改造すること21回ってことッスか!? 唯一無二の名前だけでは飽き足らず、犬という種族まで超越させて、種族としても唯一無二の存在にするなんて! センパイ、もうそれは犬じゃなくて、サイボーグッスよ?」


 酷い言われようである。


「今井よ、ゲームのキャラを改造出来るわけないだろ?」


「そ、その言い方、まるで現実世界なら出来るとでも言いたげですね? まさか、センパイ。もう既に……?」


 いや現実でも出来ないよ! 何を言ってるんだこいつは。


「ま、まぁそれは置いておいて、この事件の名前だけど――」


「話を逸らした!? これは黒、黒確定ですよ! センパイ、いつからそんなマッドサイエンティストになってしまったというのですか。後輩としてうちは悲しいッスよ」


「舞ちゃん、こうした常軌を逸した行動を世間にバレない様にするのも我々の役目ですよ?」


 我々の役目!? 我々って何!? それに俺の常軌を逸した行動を止めるんじゃなくてバレない様にするの!? もう意味分かんないよ。


「あー、分かってると思うが、一応言っておくぞ? 改造実験はしてない!」


「所長、分かっています。改造実験“は”していないんですね? 大丈夫、私達は味方ですよ?」


「センパイ、長い付き合いじゃないッスか。うちらのこと、もっと信用してくださいよー」


 なんか、話が嚙み合っていないような気もするがもう面倒だから気にしないことにしよう。


「それじゃ、明日からよろしく頼むぞ? この『木崎ちゃんのパンツ誘拐事件』を早期に解決できるように頑張ろう」


 さぁ、明日からの竜王戦が楽しみだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る