第4話 木崎咲視点
二十年前日本において、ある法案が施行された。
その法案とは簡単に言うと警察組織の民営化である。これにより警察組織は解体され、その役割は主に、警備会社と探偵事務所とに分割された。
年々増える防衛費、社会保障費、そして国債。
日本は少しでも財政の健全化を図ろうと、あの手この手で数々の増税を繰り返してきたが、ついにこれ以上の税収は望めないという所まで来ていた。
所得税、住民税、消費税は一般市民から搾り取れるだけ搾り取った。
法人税はまだまだ絞り取れる余地は残されているが、これ以上税率を上げると企業の反発を買い、法人税率や人件費の安い東南アジアにでも本格的な活動拠点を移されてしまう恐れがある。
そうなると、むしろ国に入る法人税は減少するし、雇用も悪化するだろう。
そこで国の政治家は、企業や高所得者からの税収を上げるのを諦め、税金の支出面に着目。特に公務員の人員削減を政策として大々的に打ち出した。これにより、多くの省庁や役所では自主退職希望者を大規模に募集し、新規の採用は大幅に減少した。
それでもまだ足りないとばかりに当時の総理が打ち出したのが、警察組織の民営化である。
もちろんこれには野党やメディア、世論からも多くの批判が出た。治安維持を民間に任せるとは何事か、と。
民営化されることでまず問題となるのは、警察がこれまで税金で行ってきた活動の資金や人件費をそのお客さんからの売り上げで捻出しなくてはならなくなる点だ。
つまり国民は、支払う税金は変化していないのに、警察組織の後釜である警備会社や探偵事務所を頼ろうとすると、料金が発生することになってしまうのである。これでは国民から批判を受けるのも当然だろう。
さらに、警察組織の民営化は犯罪組織との癒着も懸念された。企業ならば利益を最大限まで追求するのは当然だが、この警察組織が利益を追求しようとするとどうなるか。
犯罪が起きやすい土壌を作り出し、時にはわざと犯罪を起こさせ、市民の、国民の不安を煽る。
そうすることで、犯罪の被害者……つまり警備会社や探偵事務所にとっての顧客が大幅に増加し、売り上げはうなぎ登りになるだろう。
他にこんなことも考えられた。
現代の企業の凡そ八割から九割は株式会社である。
もし探偵事務所や警備会社の株式をヤクザやギャングの様な犯罪組織が買い占めてしまえば、市民を守るはずの探偵や警備員が犯罪組織間の抗争にいいように使われたり、株主である犯罪組織の犯罪を見て見ぬ振りをするといった機能不全に陥る可能性がある。
このように、警察組織の民営化はとてもリスクが大きい。
だが当時の与党はこれらの問題に対し、警察組織を監視する組織を新たに立ち上げ、その組織の人員には探偵、警備員に対してのみ有効な強制捜査権を持たせ地方各地に配置することで手を打った。
また、警察企業の株式会社化を完全に禁止。さらには業界が寡占状態になることによる業界全体での依頼料のつり上げ防ぐため、資本金の上限額にも厳しい制限が掛けられ、完全なる競争市場となるよう法律で無理やり規制してみせた。
他にも、警備会社や探偵事務所に入社するだけで事件に対する捜査権を与えるのは
この国家資格も四級から一級を設け、四級の者には軽犯罪の捜査権だけを与え、級が上がる毎に段階的に犯罪の捜査権を拡大するシステムとした。
これにより、殺人などの重犯罪の捜査権は国家資格を持つ者の中でも極めて優秀な者のみが持つようになったため、冤罪や捜査の長期化といった問題は警察組織解体以前よりも改善される結果となった。
最後にはとどめとばかりに国民の不満を解消するため、低所得者の所得税を僅かにだが減額。
こうして問題点は多く残っていたものの、法案は無事可決され、日本は警察組織の民営化が実現した。
木崎咲目線
一昨日、わたしの家はとんでもない大事件に巻き込まれた。
誘拐事件である。
と言ってもわたしのお母さんやお父さん、ましてやわたし自身が誘拐されたわけではない。洗濯物が盗まれたのだ。
洗濯物というと、なんだ誘拐なんて大げさじゃないじゃないか、と思う人もいるかも知れない。しかし間違いなくわたしにとっては誘拐だ。
だってお日様の下に干した衣服は、あんなにもポッカポカでふっわふわな愛すべき存在なのだから。
何かを盗まれたならば、取り返せばいい。それが叶わないのならば買い直せば元通り。でも、わたしにとって洗濯物達は買い直すことでは元通りに出来ない存在なのだ。
あの子達は一人一人がジョーであり、エレンであり、ボブ、キャシーであり世界に二人とはいないかけがえのない子達なのだから。
故にわたしにとってこの事件は正しく窃盗ではなく、誘拐となる。
それに、今回の洗濯物達の中には先月我が家にやって来たばかりの鳳凰柄パンツのぴーちゃんまでいた。
ただでさえまだ慣れない環境だったというのにこんなことになるなんて……あの子は特に心配だ。
誘拐犯、わたしはあなたを絶対に許さない。
わたしは干した洗濯物が大好きだ。愛していると言っても過言ではない。本当は毎日自分で洗濯をして干してアイロンがけをしてと、洗濯物達のお世話をしてあげたい。
だがわたしは未だ学生の身分で、太陽が輝く洗濯日和の日中はどうしても学校に行かなければならない。
一度我慢できなくなって洗濯物を学校で干そうと、リュックに洗濯物を詰め込んだことがあったが、お母さんにばれてそれはもうとんでもなく叱られた。
もう二度とこんな事はしないと朱雀柄Tシャツのどんちゃんに誓わされた。
これでは誓いを破れない。
だから土日だけは洗濯の当番をわたしに譲ってもらった。まぁ両親はわたし程、洗濯物に対する情熱を持っていないから、どうぞどうぞという感じだったが。
~~~~~~
誘拐事件が起きてから二日が経った。未だ犯人の足取りは掴めていない。昨日一昨日と、事件当時家にいた両親に聞き取り調査を行ったが、芳しい成果は出ていない。
学校の授業もいつも以上に身が入らなかった。
これは事件が解決されるまで、わたしは何も手につかないかもしれない。もちろん宿題も手につかなかった。そしてそのせいで先生に怒られた。
有り得ない、わたしは我が子同然の洗濯物達を誘拐されているんだよ? ちょっとは被害者に対する優しさとか気遣いは無いの? と逆切れしそうになったが、ギリギリ我慢した。かなり危ない所だった。
まずい、これではいつわたしの内なるビーストが暴走するか分からない。そう思って、仲の良い友達に相談するとこんなことを言われた。
「駅の近くにある小さな公園があるじゃない? 隅っこの所にシーソーがあるんだけど、その目の前に目立たないけどカフェがあるんだよ。んで、そこの二階に名探偵のいる探偵事務所があるってお母さん言ってたよ。昨日の選挙で再選した市長も前にそこで事件を解決してもらったんだって」
これはすごいことを聞いてしまった。
ここら辺はかなりの田舎で探偵事務所もあるにはあるが数は少ない。どこも昔ながらの浮気調査だったり素行調査といった業務しか請け負っていない探偵事務所ばかりだ。そう思っていたからこそ、わたしはこの誘拐事件を自力で解決しようとしていたのだが、その探偵事務所は話を聞く限りどうやら事件の解決能力を持った人員、いわゆる資格持ちが何人もいるらしい。
これは天啓だ。
そう思ったわたしは、学校から帰るなりお母さんの許可を得てその事務所へ向かった。きっとそこならこの事件をなんとか解決してくれると、そう確信して。
~~~~~~
事務所へ入ると思っていたよりも綺麗な場所だった。
わたしはてっきり探偵ドラマに出てくるような、紙の資料や栄養ドリンクが散在し、タバコの匂いが充満している荒廃した空間をイメージしていたのだが。
そんなことを考えていると、
「いらっしゃいませ。広谷探偵事務所へようこそ。ご依頼でしょうか?」
奥から若いお姉さんがやってきてそうわたしにそう聞いて来た。学校の先生や家族以外の大人とあまり話したことの無いわたしは少し緊張しながらも、そうですと答える。
「かしこまりました。それでは中の部屋で詳しいお話を聞かせて頂けますか?」
「はい」
さあ、名探偵さん。この大事件を解決してちょうだい。
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