第3話 適合者
俺が第三会議室に戻ると木崎ちゃんは既にお茶を飲み切っていて、手持ち無沙汰のようだった。何かお菓子でも出せばよかったな。ごめんね?
「ごめんごめん、待たせたね。今柿木が新しいお茶を持ってくるけど、煎餅は好きかい? ちょっと
柿木が戻るまで依頼の話はしない。だって事件を解決するのはいつだって彼女だし、彼女がいない場で依頼の話をしても無意味だからね。この依頼は断るにせよ、だ。
ということで俺は事件とは関係のない話をすることにした。
『も~も~カンパニーの超激辛煎餅』の普及活動である。
この煎餅はさっき柿木に言われるまで気付かなかったが、事務所の皆にはあまり評判が良くないらしい。
それにたぶん俺の周囲にいる人で自主的にこれを食べている人も存在しないと思う。見たことないし。そのくらいこの煎餅は極一部の人以外からは忌避されている。
しかしその現状を我々、〈辛さこそ旨さ、辛さisジャスティス〉がモットーの、全国に細々と点在している『激辛党』の党員は納得していない。(ちなみに『激辛党』は俺が産まれる前から存在する、辛い物好きが情報交換したり、同じ嗜好を持つ者同士が交友を深めるために存在するコミュニティだ。真の辛い物好きにとっては結構有名で、ここに加入するのは一種のステータスにもなる)
だってそうだろう、こんな一般的な辛い物好きにも敬遠されるような超激辛な食べ物を次々と商品化する『激辛党』の神的存在、『も~も~カンパニー』にはもっと稼いで欲しいし、その利益でもっとたくさんの激辛商品を開発してもらいたい。間違っても倒産されては困るのだ。
そんな思いから俺や他の党員達は日々新たな『激辛党』の党員獲得と激辛商品普及の為に、たとえ仕事中でも普及活動を行うのだ。まぁ、俺は未だ新規党員獲得はゼロなんだけど……。
「え、いいんですか? わたし辛い物大好きなんですよ。ラーメンとかカレーも辛いものほどおいしいですからね。それではいただきます」
ふっふっふ、この煎餅をそんじょそこらの辛い食べ物と一緒にするとは、この子うちの業界を舐めているな? 俺たちの業界からすれば辛口のカレーなんて全く辛さが足りていない。
中には「辛口カレー? このどこに辛さがあるのだ! むしろ甘い、甘すぎる。こんなものは『辛』の称号を背負うに相応しくない! よってここにカレーは甘味であると認定する!」と一方的に謎の認定を下してしまう過激派まで存在するのだ。
一応さっき聞いた噂の反省を活かして、いつも俺が食べている『も~も~カンパニーの超激辛煎餅』ではなく辛さを少し抑えた『も~も~カンパニーの激辛煎餅』を渡したが、この煎餅も完食することが『激辛党』の入党条件になっている程の逸品だ。
この子がどれほど耐えられるのか
「お、おいしいです! 頭おかしいくらい辛いですけど……いえ良い意味でですよ? 良い意味で。 なんというかこの刺激、そう刺激がなんだかクセになりそうです!」
な、なんだと!? こやつ、この煎餅を食べて喋れるのか!? それにおいしいだって?
何てこった。この子の辛い物好きを舐めていたのは俺の方だったらしい。
それに辛さの刺激がクセになるだと? その良さがこの年にして分かっているなんて……素晴らしい。これは将来有望だな。
認めよう、あぁ、認めようじゃないか。木崎ちゃん、君は『激辛党』の党員となるに相応しい資格を持っている。
俺の周囲では初めての『も~も~カンパニー』製商品への適合者だ。すごく嬉しい。
今は無理でも成長したらうちの事務所で働いてくれないかな? そして毎日『も~も~カンパニー』の激辛商品を一緒に食べて感想を言い合いたい。
しかし、そうなるとこの依頼を断るのは悪手なのでは?
『激辛党』はただでさえ党員が少なく、選民思想の強い者が多い。党員数増加の為にも辛い物好きなら積極的に受け入れるべきという意見も稀に出されるが、多くの党員からしたらこの激辛煎餅も食べられないような者は辛い物好きに非(あら)ず、というのが共通認識であるため一瞬で却下される。そして穏健派の人間も確かにこの煎餅くらいは食べれないとなと納得してしまう。だからこそ木崎ちゃんのような適合者はすごく稀で貴重なのだ。
「そうかそうか。それは良かった。うちにはあまり辛い物好きはいなくてね。この美味しさを分かってくれる人は少ないんだ。もう一ついるかい? あ、帰りにお土産として俺の激辛コレクションを少し分けてあげるよ」
「い、いえこれ以上は晩御飯が食べれなくなるので。お土産は有難く頂きます。それにしても喉が渇いてきましたね。部屋が乾燥しているのかな」
手をパタパタして自身を扇ぐ木崎ちゃん。心なしか顔も赤くなってきている気がする。この部屋そんなに暑いかな?
「そう? 一応加湿器は動かしてるんだけど」
そんな会話をしていると、ドアがノックされ柿木がお茶を持って帰ってきた。
「大変お待たせ致しました。こちら新しいお茶でございます。クッキーも置いておきますね?」
柿木はいつもの無表情で木崎ちゃんの前にクッキーとお茶を置く。そしてお茶が置かれた瞬間、木崎ちゃんは物凄い勢いでお茶を飲み始めた。そんなに喉がカラカラだったのか。まぁ、煎餅を食べるとお茶が欲しくなるしね。
柿木は俺の隣りに座ると、木崎ちゃんからは見えないように俺に見積書を差し出してきた。
依頼を受ける気があるならこれを木崎ちゃんに見せろということか。
「そ、それで依頼は受けてもらえるんでしょうか? わたしの愛すべき子供達を攫った犯人にどうか、どうか正義の鉄槌を下してください。お願いします」
さて、どうするか。
勿論犯人の変態を相手にするこの依頼は厄介だ。やりたくない。所長室にいた時の気持ちのままならばすぐさまお断りしていただろう。
しかし俺は知ってしまった。木崎ちゃんが『激辛党』党員に今すぐにでもなれる逸材だと。変態の被害に遭った未来の同志をここで見捨てるわけにはいかない。そんな気持ちが俺の中で少しづつ大きくなってきている。
変態か辛さか。難しい二択だ。
――……だがここは覚悟を決めるか。
「依頼についてだが、こちらは前向きに検討しようと思う。この見積書に書かれている依頼料で納得してもらえるならば、俺達は今からでも行動に移ろう」
俺は机の下に隠していた見積書を木崎ちゃんに見えるようにして机に置く。
隣りの柿木が少し驚いているのが伝わってくる。
すまない、確かに変態の相手は苦労することになるだろう。もしかすると、手痛いしっぺ返しを食らうことになるかも知れない。
だが俺は辛い物好きが助けを求めているのを見捨てることはできない。
だって〈辛さisジャスティス〉なんだから。
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