第73話 花火

 一筋の閃光が空に上がり炸裂。それに一拍遅れて聞こえてくる爆発音。


 最初の一発に続けという勢いで次々と同様の閃光が上がっていき、そして全く異なる花を咲かせる。


 やはり花火とは良いものだ。


 季節は冬。しんしんと降り始めた雪が花火をより鮮やかに彩る。


「綺麗ですね」


「そうだね」


 今花火を一緒に見ているのは、俺の隣りにいる柿木のみ。


 佐藤ははしゃぎ疲れたらしくホテルの部屋で寝ているし、今井はその付き添い。南はいい加減プロテインが飲みたくなったらしく、ホテルで一人、プロテインパーティを開いている。甲越は昨日麻雀をやったおじさん達とまた約束していたようで、意気揚々と雀荘に向かって行った。


 皆がホテルに戻るなら、俺もそうしようかなと考えたのだが、柿木が俺を引き留めたのだ。


 二人で花火を見ましょうと。


 いやぁ、この花火の美しさを見たら、寒い中待っていた甲斐があるというものだ。

 俺もこれまでたくさんの花火を見て来たが、雪の降りしきる中で咲く花火というのは初めて見る。


「皆これを見逃したって知ったら、凄い悔しがるんじゃないかな? 写真をいっぱい撮って後で自慢してやろ」


 スマホを取り出しパシャリと写真を撮る。


 うーん……なんか本物よりも迫力がないなぁ。やはり俺の腕ではこの美しい花火をそのまま写真に残すのは難しいようだ。


 俺は写真を撮るのを諦め、この光景を目に焼き付けるように花火を眺める。


「八尋君は今日一日、楽しめましたか? ずっと爆弾を抱えたまま行動していたから生きた心地がしなかったのでは?」


 確かに。爆弾がいつ爆弾魔の気紛れで爆破されるか分かったもんじゃなかったからね。かなり緊張感のある一日であったと言えるだろう。でも――――


「最高に楽しかったよ? 爆弾は二度とご免だけど、こんな楽しい一日が過ごせたんだ。社員旅行に来て良かったって心から思える」


「それは良かったです」


 そう言ってニコリと微笑む柿木。


 ……柿木の笑顔なんて二年振りに見たな。前に見た時はいつだったか。……あぁ、俺が柿木を今の事務所に引っ張って来た時か。


 あの頃は俺も柿木も別々の事務所で頑張っていたから、顔を合わせる機会もかなり少なくなっていた。そんな中、何故か新たにに設立される探偵事務所の所長として抜擢されてしまった俺は、社長に無理を言って探偵として頭角を現し始めていた柿木を助手兼秘書として指名したのだ。


 事務所の物件探しの際、久しぶりに顔を合わせた柿木が今と同じように微笑んでいたのを俺は今でも覚えている。


「柿木は楽しかった?」


「私、ですか?」


 キョトンと首を傾げ、うーんと悩む。


「私も楽しかったですよ。皆で色んな乗り物に乗ったり、美味しいものを食べたり。これまでの旅行で一番楽しかったかもしれません。ちょっとしたハプニングもありましたが……旅行にハプニングはつきものですし」


 楽しんでもらえたのなら良かった。


 それにしても、あの爆弾騒動をちょっとしたハプニングの一言で片付けてしまう柿木は、少し感覚が麻痺していると思う。探偵だから仕方ない部分があるににしても、事件に慣れ過ぎではなかろうか?

 その内、殺人事件に遭遇し最初にキャーと悲鳴を上げるも、次のカットでは平然としている蘭姉ちゃんみたいになりそうだ。


「そう言えば聞いてなかったんだけど、爆弾魔ってなんで俺をターゲットにしてたの?」


「あぁ、それは逆恨みですよ」


 逆恨み?


「半年前に市長さんから依頼を受けましたよね? 嫌がらせを受けているって」


 そんな事もあったね。確かあれは次の市長選挙に現市長が出馬するのをなんとか阻止しようと、他の立候補者があの手この手で市長に嫌がらせをした事件だったな。


 自宅への無言電話やら、郵便受けに毎日届くカッターナイフ入りの封筒やら、ネットでの異常な誹謗中傷やら。


 そのどれもが実行犯こそ簡単に捕まえられるが、元凶である犯人にはどうやっても辿り着けないとして、俺達の所に依頼がやって来たのだ。


 前述したように、結局犯人は同じく市長選挙に立候補予定の人物だったが、その事件がこの件とどう関わって来るのだろう?


「あの時の犯人の立候補者。彼が爆弾魔そのものだったのです」


「あれ? あの人捕まらなかったっけ?」


「秘書を隠れ蓑にして逮捕は免れていたようです。知り合いの伝手でホテル会社の役員となり、ホテルの仕事を働きながら学んでいる最中に、八尋君からの電話を受けて犯行を決意したそうですよ。復讐として恥をかかせてやろうって」


 あの電話の相手が爆弾魔だったのか。それで俺の名前を聞いた途端、突然部屋の空きが出たと言ったんだな。どれだけ俺に復讐をしたかったんだよ。


 相手は市長選挙に立候補するようなエリートだ。きっと捕まりかけたのがこれ以上ない屈辱に感じたのだろう。それで俺に恨みを抱いたという訳か。……完全に自業自得だよね。


 探偵は時にこうした逆恨みに遭う。

 半年前の事件も、犯人を推理で特定してみせたのは柿木だったが、いつものように書類上では俺が解決した事とされていた。だからきっと爆弾魔も俺をターゲットに選んだのだと思うが、犯行の動機が無茶苦茶すぎる。


 せっかく逮捕を免れて、セカンドライフを始めていたのに勿体ない。


「計画も結構杜撰なものでした。協力者は脅したホテルの社員二名のみで、八尋君の監視も通信機から聞こえる音声のみで行っていたそうです」


 なんだ。一体どうやって観覧車の上でまで俺を監視しているのかと思ったら、ただのハッタリだったのかよ。

 それなら、メモ帳でも使って助けを求めていたらもっとお手軽に事件は解決していたかもしれない。


 でもまぁ、


「爆弾魔が柿木をターゲットに選んでいなくて良かったよ」


 実際に事件を解決したのは柿木なのだからその可能性も充分にあった。少し慎重に調べれば、俺のような暗愚ではなく柿木が事件を解決に導いた名探偵だと把握できただろう。だが爆弾魔はその調査を怠った。


 もしも柿木がターゲットに選ばれていたら、きっと俺達は誰一人爆弾魔の存在に気が付くことなく呑気に遊園地を満喫していたハズだ。それでどんな結末になっていたかは……考えるのも恐ろしい。


「それは……ありがとうございます」


 しかしそんな仮定の話なんて考えるだけ無駄か。

 こうして爆弾魔は逮捕され、俺達は全員無事。まさにハッピーエンドに到達した俺達は過去を振り返っている暇など無いのだ。明日もまた楽しい一日が待っている。


「綺麗ですね」


「そうだね」


 事件の話はおしまい。そんな雰囲気をお互いに感じ取り、俺達は静かに夜空を見上げ続ける。


「知っていますか? 花火って見る角度によって微妙に形が違ったりするんです」


「へぇ、それは知らなかったな」


「どれだけ正確に火薬を詰め込んでも完璧な対比とはならない事が原因なようですよ?」


 火薬の量を一ミリグラム単位で計っても、結局は小数点以下で誤差が生じる。火薬を詰める位置にしても、人間はおろか機械でも若干のズレは生じる。


 そういった修正しようのない不完全さがこの花火を作り出しているのだとすれば、不完全も場合によりけりだな。完全が不完全に劣る場合もあると言うことか。


「だから今日ここで、二人で見た花火は二人だけのものなんです。私はこの花火を一生忘れません。八尋君も、この光景を忘れちゃダメですよ?」 


 柿木のその言葉に俺はこくりと頷いて返す。


 俺の記憶力は決して良いとは言えないが、今日この光景はきっと生涯忘れない。そう自信を持って言える。


 だって――――


 ――花火に照らされる柿木の笑顔が、こんなにも綺麗なのだから。


「八尋君」


「なに?」


 柿木は花火を見るため見上げていた視線を俺の方へ向ける。


 俺もそんな柿木に釣られて、柿木へと目を向ける。


 交差する視線。


 それを確認した柿木は一つ深呼吸をしてはっきりと口にした。




「好きですよ、八尋君」




 雪が降り続ける夜空には、一際大きな花火がパッと咲いた。







遊園地、爆弾脅迫事件編 完



~~~~~~


ということで社員旅行編はこれにて完結です!

ここまで読んで頂きありがとうございました。

少しでも楽しんでもらえたなら、嬉しいです。


次回以降のお話ですが少しお時間を頂きたいと思います。

これからもマイペースに投稿していきますので、閲覧、フォロー、評価などでの応援をよろしくお願いします!

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無能な俺が名探偵に!? 蒼守 @apmwmdj

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