第28話 予約したケーキ②

「それでは話を詳しく聞かせてください。先週、おじいさんは自分の住んでいる場所についてヒントになるようなことを口にしていませんでしたか?」


 そうマスターに訊ね、優雅にエスプレッソを飲む柿木。


 うーむ、まさに名探偵って感じだ。一体どうして彼女は俺の助手兼秘書なんてしているのだろうか。そして正真正銘探偵である俺はどうして話そっちのけでカレーとパフェをガツガツと食べているのだろうか。まぁ美味しいから良いんだけど。


「そうだねぇ、おじいさんが来た時は他のお客さんもいたから少ししか話してはいないんだけど……あぁ、最近引っ越したと言っていたね」


 引っ越した。うーん、それくらいじゃ何のヒントにもならなそうだな。


「最近引っ越した、ですか……。その時の会話を正確に覚えていますか?」


「あぁ覚えてるよ。僕は昔から記憶力だけはいいんだ。確かあの時は、注文されていたアメリカンを僕がおじいさんの座っている席に持って行った。そうしたら、おじいさんが足にギプスを嵌めているのが見えてね。隣りのイスには松葉杖も立て掛けられていたから、その足どうされたんですかと僕は訊ねた。するとおじいさんは『最近家の階段で転んで骨を折ってしまってな。これがあんまりに不便だから先週家を引っ越したくらいだ』と苦い顔をして言っていたよ。随分とケガに悩まされていたみたいだ」


 ふむふむ、怪我をして即引っ越しを決めるとは、このおじいさんさてはお金持ちだな?

 敷金礼金、仲介手数料、保険料など……とにかく引っ越しをするとなると費用がバカみたいにかさむものだ。それをそんな簡単に成し遂げるとは……。俺も行きつけの将棋道場近くに引っ越ししたい。 


「それを聞いた僕は引っ越しとは思い切りましたねと言ったんだ。そうしたら『よく言うだろ? 〈思い立ったが吉日〉とか〈玉の早逃げ八手の得〉とか。儂は妻も子供もいない独り身だからな。フットワークが軽いんだ』と言われたよ」


「ふむ、どうですか所長、おじいさんの住所は判明しましたか?」


 一通り話し終えたらしいマスターを見て、柿木が俺にそう聞いて来る。


 いや、判明するはずが無いよね? ていうかカレーとパフェ食べるのに忙しくて話半分にしか聞いてなかったよ。


 しかし優秀な柿木の事だ。これだけの情報で住所を絞り込んでいてもおかしくはない。これまでも散々柿木の常人離れした推理力は目の当たりにしてきた。


 そうなると、テキトーに話を聞いていたのがバレない様に、俺もちゃんと分かってますよという感じに返答しておいた方が得策なのでは? 目の前にはマスターだっているし、真面目に話を聞いていなかったと思われる言動は避けないと。


 どうせいつも通り推理を披露するのは柿木だ。俺は柿木の後ろで傍観していればそれでいい。


「まずまずってところかな? ただこれじゃあパズルのピースが一つ足りていない」


 実際にはピースが一つ足りないどころか、ピースが一つも存在していないのが現状な気がするけど……。


 だがお客さん(マスター)の目の前で、所長として頼り無い姿を見せるわけにはいかない。料金は発生していないが、これも立派な広谷探偵事務所の仕事。ならば所長としていつも通り、仕事がデキる姿を演じなければいけないのだ。


「流石は所長です。私には今の所サッパリ分かりませんが、所長がそう言うのならきっとそうなんでしょう。さぁ、おじいさんの住所まであと一歩です。マスター、本当におじいさんは他に何も言っていませんでしたか?」


 え、柿木も全く分かっていなかったの!? どうするんだよ、これ。柿木もまるで見当がついていないのに、何があと一歩なんだ。


 そしてこの柿木の俺に対する絶対的な信頼は一体どこから来ているのか。俺の言葉にそんな重みは無いよ? まるで頭を使って会話してないよ? だから俺の言葉なんて信用しないでくれ。


「うーん……他に何か言っていたかなぁ? ――あぁそうだ。そう言えばあのおじいさん、こんな事も言ってたよ。『今日外に出てみたら驚いたよ。雪が積もっているのなんて久しぶりに見た』って。後はもうケーキの予約で少しやり取りしたくらい。これがおじいさんとの会話の全てだ」


 雪が積もっているのを久しぶりに見ただなんて、おじいさん大分遠くから引っ越して来たようだ。ここら辺では十二月の下旬から三月の上旬辺りまで雪が積もりっぱなしだから、この辺に住んでいる人ではそんな発言にはならない。


「なるほど……。私にも大体分かってきました。所長、一つだけ聞いておきたいのですが……これは事件性のある案件ですか?」


 なんと、こんな情報だけで大体何を分かってしまったというのだろう。流石は柿木だ。やはり依頼は全て柿木に任せてしまえば安心できる。


 にしても事件性だって?


 いや俺に聞かれても全く分からないんだけど……。どうしてあなたは知ってますよね?っていう雰囲気で皆俺に色々と質問してくるのだろう。すごい困る。


 もしかして柿木はおじいさんが店にケーキを受け取りに来なかったのは、なにか事件に巻き込まれた可能性があると考えてるのかな? うわぁ、それは嫌だ。事件に巻き込まれたおじいさんがとても不憫だし、何より間違いなく今日は定時で帰れなくなる。


 ここは何も分からないけど、取り敢えず事件性は無いと言っておこう。この前の『木崎ちゃんのパンツ誘拐事件』では俺が勘違いして大事件だーとか言ってたら本当に大事件だったから、ここは間違ってもおじいさんが事件に巻き込まれたりしていないように逆張りだ。


「事件性? ないない。極めて安全で安心できる平和的案件だよ」


 大丈夫、きっとおじいさんはケーキの事を忘れちゃっただけだ。それか店の場所を忘れたか。


 うんうん、事件なんて起きていない。こうして探偵として働いて随分と時間が経つが、アニメやドラマとかと違って現実ではそうそう事件なんて起きないものだ。


「――……所長にそこまで安全性をアピールされると、逆に心配になりますね。一体おじいさんに何が……?」


 逆に心配ってなんだよ! 基本俺の言葉は全面的に信用する癖に、たまに変な勘繰りをするよね君。


 なんでも裏があるんじゃないかと疑ってかかるのは探偵の悪い癖だ。


「事件性があれば私達の捜査権を使って、すぐにでもおじいさんの住所を割り出せたのですが、所長がそう言うのならそれは難しそうですね」


 確かに、これが始めから違法性のある事件だったなら、話はもっと簡単にそして迅速に解決していた。仮定の話になるが、おじいさんがケーキの予約をした時にもし前金を払っていなかったら、ケーキを受け取りに来ていない現状から、店に対して確かな損害を与えたと認められるのでおじいさんの住所を特定するのに捜査権を使えた。


 だが現実は、どう頭をひねって考えても事件性は見つけられず、おじいさんの住所は地道に調べていくしかないという結論に至る。


 こうなったら君だけが頼りだ柿木! いつもみたいにパパっと依頼を解決しちゃってくれ! 


 そんな思いを視線に乗せて、柿木へアイコンタクトを送ると、柿木は俺に向かって首肯する。


「それでは、これまでの情報を元におじいさんの住所を推理してみましょう」

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