第十五話 会いに行きます

「こ、怖いこと言わないでよ父さん」


 結衣ゆいが、もうこの世にいないなんて……たとえばの話でも考えたくない。


「ごめんね」


 父さんは綺麗な顔でニコ、と笑ってから、


「でも本当のことだ。パパはもし人を殺したとしても、真琴まことには正直に言うよ?」


 僕の肩に両手を置き、いとおしむような眼差しを向けてくる。


 ……これをやられると弱い。


 父さんでも母さんでも結衣でも。

 まっすぐに見つめられると、逃げられなくなる。


「わかったよ……」


 僕はうなずき、父さんのシャツの袖をぎゅっと掴んだ。


「ねえ父さん、僕どうしたらいい? 結衣を探したいんだ。あの日別れてから、家にも帰ってないって。スマホにも連絡がつかない」


「そういえば、昨日の動画にもコメントがなかったね。彼女目立つから、探さなくてもすぐにわかるんだ」


 父さんが、ポケットからスマートフォンを出して確認する。


「うーん、ないねえ」


 間延びした声は、行方不明の女子高生の話をしているなんて思えないほど呑気だ。


 だんだんわかってきた。


 父さんは、結衣のことなんか心底どうでもいいのだ。


 結衣が僕のことなど、なんとも思っていなかったのと同じに。


「放っておいたら? もうこれ以上あのに関わらない方がいいよ」


「な……なに言ってんだよ、父さん! わかってるんだろ、僕が結衣のことどう思ってるか。そりゃ、結衣は……僕のことなんてどうでもいいのかもしれないけど」


「どうでもいいなんて、思っていないさ」


 父さんは、まだスマホを操作していた。

 僕と話している時に、スマホを触っているのは珍しい。


「気休めなんて要らないよ」


「じゃ、有用な情報を提供するよ。ほら、これ。どう?」


 父さんが、スマホの画面をこちらに向けた。


 素手で触っているはずの画面は、指紋ひとつなくピカピカだ。


“パパ、私、転生しました。新しい私になって、貴方の娘になって、会いに行きます。そのために、邪魔者を消すことにしました。”


 もはや見慣れてしまった、正気とは思えない文面。


 すぐに、結衣の……赤いテディベアのものだとわかった。


「アイコンが変わってるからすぐに気付かなかったけど、これって森川さんじゃない? 時刻はちょうど、今から一時間前。彼女は無事ってことだ」


「結衣……よかった……」


 父さんのスマホを縋るように抱き締める。


 よかった。本当に。


 父さんが変なこと言うから、もしものことだって考えてしまっていた。


 そうでなくたって、結衣は女の子なんだ。夜道を歩いていて誘拐とか、そういう可能性だってあったかもしれない。


 最初は気持ちが悪いと思っていた、あの狂気じみたコメントが、こんなに嬉しく思える日が来るとは思わなかった。


 父さんはなんだか、複雑な表情を浮かべている。


 気になることでもあるんだろうか?


「今から結衣に電話してみるよ!」


「やめておいた方がいいと思うな」


「どうして?」


「こんな夜中に電話して、もし彼女の機嫌を損ねたら、着信拒否されちゃうかもしれないよ」


「そ、そっか……そうだよね」


 結衣がそんなことで怒るとは思えないけど、もし着信音が大きくて、結衣が父親にどやされたりしたら大変だ。


 僕はおとなしく従い、ポケットに突っ込んだ手を引っ込めた。

 父さんが満足げに僕の頭を撫でる。


 暖炉の中のクマは、とっくに燃え尽きていた。


<つづく>

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