第六話 危険なリスナー
『はい。みなさんこんにちは。ユキです。
今日はね、ちょっとお菓子を作ってみようと思って。
なんだと思う?
そう、みんなも大好きな、サクサクして甘いものだよ。
俺の息子がね……ああ、今ちょっと離れて暮らしてるんだ。高校生なんだけどね。明日、遊びに来るんだ。
とても元気で楽しい子なんだ。
はは、わかる? すごく楽しみだよ。
だから今から、かわいい息子のために、クマのアイスボックスクッキーを作ってみようと思うんだ。
普段から料理はするほうだけど、どうだろう? うまくできるかな。
レシピがいろいろあって迷ったんだが、今日は俺の友達が教えてくれた、とっておきのレシピを紹介するよ。
よかったら、皆も一緒に作ってみて。
小さいお友達は、大人のひとに手伝ってもらってね。
それじゃ、作っていこう』
画面に向かって朗らかに話しかける男は、僕の父さんだ。
活動名はユキ。本名が
どんな人にも理解しやすいように工夫しているのか、言葉の一つ一つに、ややオーバーなジェスチャーをつけている。
今日は息子である僕のために、クッキーを焼くとのこと。
……息子って、僕だよね?
僕に兄弟はいないし、別居はしているものの、母さんとはまだ婚姻関係が続いている。
加えて、双方初婚だ。
父さんの家に行く約束なんてしてたっけ?
しばし首をかしげたが、そんな事実はない。
またおいで、と言われただけだ。日時の指定もしていない。
もしかして、動画のネタにされたのかな。
なんだか複雑な気分だが、父さんは僕が動画を観ているなんて知らないんだろう。
そうだ。
明日、結衣を誘って遊びに行こう。
どこに行くかは内緒で。
憧れの配信者に直接会えるなんて、きっと喜ぶぞ。
先日会いに行ったのも、そのきっかけを作るためだ。
友達を連れて来てもいいかという僕のお願いに、父さんは快く承諾してくれた。
その友達が僕の幼馴染で、僕の気になっている女の子のことだとは知らないはずだけど。
『よし、できた。
どう? きれいに焼けたでしょ。
きっと息子も喜んでくれるよね。じゃ、ひとつだけ、味見してみようかな。
うん、おいしい! バターの香りが口いっぱいに広がって……』
焼きたてのアイスボックスクッキーは、程よい焼き目がついていてとてもおいしそうだ。
プレーン生地とココア生地の接着面が剥がれたり、焼き膨れて形が崩れたりするものだろうと思っていたのに、とても綺麗に形が整っている。
この動画を撮る前に、何度も練習したのだろうか。
父さんは、器用でなんでもできてしまう。
しかし、それ以上に努力家なのだ。
昔から、そうだった。
どんなに難しいことでも、僕がお願いしたことは、必ず叶えてくれた。
クッキーの甘い香りに包まれながら奮闘する父さんを想像すると、なんだかかわいらしい。
事前に連絡しておけば、僕と結衣もこの美味しそうなクッキーが食べられるかもな。
「ん……?」
僕はコメント欄をスクロールしていた親指を止めた。
真っ赤なクマのぬいぐるみのアイコン。
その下にぶら下がったコメントに、視線が吸い寄せられた。
“息子って、だれ? パパには息子なんていないでしょ。どうしてウソをつくの。”
なにいってんだ、この人。
ネット界隈では珍しくもないのかもしれないが、相当イタイ人だな。
書かれて間もなく、リプライがいくつかついている。
“ユキさんの子供って、マ?”
“来るのは息子さんだけなんだよね?”
“嘘乙”
“ユキさんも大変ですね……”
あのフワフワした父さんのリスナーだけあって、リプライ欄は割と平和だが、皆このコメントに違和感を持っているようだ。
これが若者ばかりの集まるトップ配信者のコメント欄だったら、容赦なくボコボコにされているのではなかろうか。
父さんはなんて返信するんだろう。コメントが多すぎて、一つ一つは無理かな。
というか、ヤバそうな人は相手にしないのが一番なんだけど、なにせあの優しい父さんだからなあ。
心配していると、コメント欄に赤いクマのアイコンが増えた。
“パパ、酷いこといってゴメンナサイ。クッキー、とってもきれいに焼けてる。さすが私のパパだね。パパはなにをしても上手だもんね。本当は、私のために焼いてくれたんだよね。うれしい、ありがとう。パパがクッキー持ってきてくれるの、ずっと待ってる。楽しみにしてるね。パパ、大好き。”
「……っ」
これは、かなり気味が悪いぞ。
ちょっといっちゃってる雰囲気の彼女(たぶん)を憐れんでか、それとも配信者である父さんのコメント欄を荒らしたくないためか、それ以上のリプライはつかない。
代わりに、親指を下に向けたバッドマークの横の数字がみるみるうちに膨れ上がっていく。
僕もちょっと押したい気分だった。
直接ではないが、自分の存在を否定されるのはあまり気分がよくない。
「父さんも大変だなあ」
気にしないように言いたいけれど、動画を観てるのは明日まで内緒にしたい。
とりあえず、明日家に行くことをメールで伝えた。
手作りクッキーをねだるのも忘れない。
とても大変な作業に見えたけど、父さんなら、きっと快く焼いてくれるだろう。
結衣もきっと喜ぶ。
明日が楽しみだ。
<つづく>
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