第五話 再会


真琴まこと


 嬉しそうな声で、名前を呼ばれるだけで分かった。


 真っ赤な三角屋根の白い家の前で僕を待ち構えているその人が、昨日の動画でジャムを作っていたユキその人だってこと。


 学校帰りに寄ってもいいかと連絡した時の喜びようといったら、尋常ではなかった。


 そりゃそうだ。


 僕がこの家に寄りつかなくなってしまってから、もう七年が経つ。


 理由は僕が一方的に張り通してきた、つまらない意地だ。


 父さんは会いたかったのだ。

 七年もの間、僕に……ずっと。


 けれども僕はそれを拒否した。


 何度か電話が来たものの、一度も応じなかった。


 父さんが家に押し掛けてくることもなかった。

 僕が嫌がるって、わかっていたからだ。

 父さんは僕の負の感情に敏感だった。


「よく来たね」


「うん、久しぶり。父さん」


 僕は少し素っ気なく答えた。

 気恥ずかしかった。そういう年頃だ。


「大きくなったなあ」


 七年経てば、育つに決まっている。


 僕は憎まれ口を叩きそうになって、やめた。

 そんな雰囲気ではなかった。


 僕を見つめるとび色の瞳から、溢れんばかりの慈愛が伝わってくる。


「えっと……父さんは、全然変わらないね」


 僕は、自分より頭ひとつぶん以上背の高い父親を見上げた。

 母さんも相当な若作りだが、この人も本当に変わらない。


 四十を超えているはずなのに、僕のクラスの担任(確か三十五歳だと言っていた)よりも年下に見える。


 手脚がすらりと長く、引き締まったボディは中年太りなど無縁だろう。


 顔は、非常に人好きのしそうなハンサム。


 優しいのに涼しげな目元。高すぎない形のよい鼻に、微笑んだ口元から零れる真っ白な歯。


 なんの変哲もないショートヘアはただ小綺麗に整えられているだけなのに、どういうわけか死ぬほどさまになっている。


 派手さはないが、見るからに非の打ちどころのないイケメンだ。


 着ているものもいちいち趣味よく、おそらく高級ブランドのものだろうと思うのに、まったく嫌味がない。


 妬む気も起きないくらい完璧な容姿。


 俳優だと名乗っても、疑う人はいないだろう。


 疑わしいといえば、彼は本当に僕の父親なのかということだ。


 夫婦揃って、容姿に恵まれすぎている。


 それに比べて僕ときたら、どこもかしこも控えめ過ぎやしないか。


「真琴はかっこよくなった。その制服もよく似合ってるよ」


「そう?」


 この完璧な父親に言われると悪い気はしない。

 なんでもないようなそぶりで、ついと目を逸らす。


 久々の父さんとの対面は、なんだかちょっと照れくさい。


 実の父親なのに、憧れのスポーツ選手にでも会ったみたいな感覚なのだ。


 父さんはケーキがあるからと僕を家の中に招こうとしたが、僕はそれを断った。


 すぐに帰ろうと思ったからではない。

 どうせなら、この懐かしい庭で食べたいと思ったのだ。

 父さんが作ったという新しいガーデンテーブルも見てみたかった。


 街の小さなお菓子屋さんで買ったというフルーツのケーキは、信じられないくらい美味しかった。一気に食べ切ってしまうと、今度はまるで女の子のメイクパレットみたいにカラフルなマカロンが出てくる。


 それをつまみながら、僕は入学したばかりの高校の話や、受験勉強を頑張ったこと、それに結衣のことなんかを一方的に話した。


 話の途中で、思い出したようにメールアドレスを交換した。


 メッセージアプリでも良かったが、なんとなく、父さんはそういうのが苦手なのではないかと思った。


 普段は飲まない紅茶を、僕は四回もお代わりした。


 最後のフランボワーズを口に入れたとき、僕はようやく、夕陽が沈みかけていることに気付いた。


「それじゃ、気を付けて帰るんだよ」


 名残惜しそうに送り出され、僕は笑顔で手を振った。

 車で家まで送ると言われたが、近くのバス停にちょうどバスが来る頃合いだったので、断った。


 なんだか断ってばかりだな。


 申し訳なく思って父さんの顔を見上げるものの、あまり気にした様子はなく、優しく微笑み掛けられた。


 バス停に着くと素晴らしいタイミングでバスがやってくる。

 小さい頃に、この場所に通うために何度も乗ったバスだ。


 数分ごとに眠りそうになったが、何とか最寄りのバス停で降りることが出来た。


 今日は気分がいい。

 七年のわだかまりが、ようやく溶けたような気がした。


<つづく>

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