第四話 思い出の庭
「……うそ」
僕の呟きに
まずい。水を差して怒らせたか?
はっとして画面から顔を上げるが、僕の顔を見つめる結衣の瞳はキラキラと宝石のように輝いていた。
「そうでしょ。嘘みたいだよね? こんな優しくて素敵な声の人が、この世に存在するなんて!」
「え……あ、ハイ」
「うれしい。マコならわかってくれると思ってたんだ!」
どれだけユキに傾倒しているのかわからないが、明らかにテンションがおかしい。
スマホは僕に持たせているから、空いた両手をぎゅうっと握り締め、身体を縮める。
喜びを噛み締めているらしい。
興奮を抑えきれない様子で、横から抱き付いてきた。
「う、うわあっ!?」
「ユキさんは優しくて、カッコよくて、爽やかで、なにをやってもさまになるし、なにより声が最高なの。聴いてるだけで、嫌なこと忘れて幸せになれるんだ」
一言発するごとに、僕の頬に頭を摺り寄せてくる。結衣の身体の柔らかな感触が、二の腕や肘に伝わってくる。
嬉しいけど……。
「ほ、本当に……好きなんだね」
「うん! 私の、一番の癒しなんだ」
か、可愛い……。
ふにゃりと微笑まれれば、もう彼女の幸せを願うほかない。
僕はされるがままになりながら、動画の続きを観た。
ユキの調理は非常に手馴れていた。手際がよく、清潔感があって、器具が立てる音が小気味よい。
視聴者が飽きないよう、各工程は適度な長さに編集されていたし、始終彼のトークは心地よかった。
真っ赤な宝石色のジャムが出来上がると、
『せっかくなので、お茶でもしようか。画面の前のみんなも、良かったら一緒に』
真横で結衣が、健気に返事をしている。
もし自分の家ならば、本当に紅茶を用意して、彼と画面越しのティータイムでも楽しんだのだろう。
僕はというと、結衣にくっつかれることにそろそろ慣れてしまい、彼女の鎖骨辺りにもたれ掛かりながら、画面に映る庭の風景を注視していた。
整ってはいるけれど、厳しく揃え過ぎない大小の庭木。
太陽の光を浴びて鮮やかに光る、色とりどりのチューリップ。
平らに刈り込まれた柔らかそうな芝生。
ちょっと広い家の庭なら、どこにだってありそうなものだが、その配置や雰囲気、日当たりの全てに見覚えがあった。
ティーセットとジャム、焼きたてのスコーンを並べたガーデンテーブルは、どうやらここ最近彼が自作したもののようだけれど。
陽が暮れて、結衣は自分の家に帰ってしまった。
危ないのでもっとうちに居るように勧めたが、さすがにこれ以上遅くまで邪魔はできないと断られてしまった。
結衣の父親が帰ってくるのは日付が変わる頃。
それまでは、なにもないはずだ。
僕はベッドの上に伏せられたまま暇を持て余していた自分のスマホを取り上げた。
少し迷ってから、記憶の片隅で埃をかぶっていた番号をダイヤルする。
「僕が結衣のために出来ること……」
そんなもの、ひとつしかなかった。
<つづく>
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