第七話 憧れの人
「うそっ……本当に? 本当にあのユキさんなの?」
予想通りのリアクションを得て、僕は満足していた。
それから、目の前にいる倍以上も年上の男性が憧れの配信者であることを知ると、大きな
父さんは少し驚いたようだったけれど、
「はじめまして。
気を悪くしたふうでもなく、僕と結衣をもてなしてくれた。
庭のガーデンテーブルを囲んで、約束通り用意してくれていたクッキーと、香り高い紅茶を楽しんだ。
結衣は始終興奮した様子で、父さんを質問攻めにした。
結衣が父さんに夢中になりすぎて蚊帳の外になるという懸念は、父さんが程よい間隔で僕に話を振ってくれたことで解消された。
いい雰囲気だったと思う。
帰りのバスの中で、結衣が僕の肩に寄り掛かってきた。
「……夢みたいな時間だった」
僕はというと、この距離感にすっかり慣れ切っていて、もはや少しも動じない。
学校の友達に『マコは淡白だよな』と言われることがあるけれど、こういうところなのかなあ。
父さんことユキのことになると、彼女は距離感がバグってしまうということは、既に学習済み。
僕は手頃に抱き付くことができる、ヌイグルミみたいなものだろう。
それでも、結衣には僕の他にこんな相手はいないのだから、悪い気はしなかった。
「そう。よかった」
「ねえ、またユキさんのおうちにお邪魔してもいい?」
「そうだね。たまになら」
いつでも来ていいと言ってくれたものの、父さんにだって仕事があるだろう。
なにをやっている人なのかはわからないが――前に聞いたはずなのだが、よくわからなかった――、けっして暇なわけではないはずだ。
月に一度、母さんの口座に結構な額を振り込んでくれているらしいし。
母さんは、『真琴を養うのなんて、あたしひとりいれば十分よ』なんて言っていたが。
「また一緒に行こう」
「良かった。ありがと、マコ。大好き」
「……ぼ……いや、オレもだよ」
きっかけなんて、どうでもよかった。
結衣といい雰囲気で寄り添ったまま、夕陽に染まるバスの中で揺られた。
別れ際、痛いくらいの力で手を握られた。
僕もその手を優しく握り返した。
結衣との距離が一気に縮まった日だった。
翌日、僕は父さんにメールを送った。
昨日のお礼も言いたかったし、勝手に素性をバラしてしまったことが気掛かりだったのだ。
芸能人ではないが、父さんはチャンネル登録者が八十万人(昨日確認してびっくりした)もいる配信者だ。
結衣なら心配いらないと判断したうえではあるものの、父さんからすればリスナーが押し掛けてきたのと変わらない。
いくら結衣を喜ばせたい一心とはいえ、いささか自分勝手だった。
父さんからの返信は早かった。
まるで僕がメールを送ることを、わかっていたみたいだ。
“メールありがとう。
俺は全然気にしていないよ。まさか真琴があのチャンネルを観てくれてたなんて思わなかったけどね。
そんなことより、昨日は真琴が会いに来てくれて嬉しかった。
またいつでもおいで。待ってるよ。”
優しい父さんの返事にほっとする。
すぐにではないけれど、また結衣を連れて遊びに行こう。
父さんが待ってる、あの赤い屋根の家に。
<つづく>
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