第十二話 行方不明

「帰って来てない!?」


 深夜零時過ぎ。森川家の前。


 ただでさえ他人様の家に訪問する時間ではないというのに、あまりにも非常識な声量で問い詰めてしまったのは、目の前の男が親としてあまりにも無責任だったからだ。


「うるせえな、大声出すんじゃねえよ」


 結衣ゆいの父親が、鬱陶しそうに僕を睨む。


 外を歩いていて小さな子供に声でも掛けようものなら、職務質問されそうな凶相である。


 思わず怯みそうになったが、負けじと睨み返した。


「そんなこと言ってる場合ですか!」


「あ? なんだ、お前。よく見たら、真琴まことじゃねえか」


 ぐっと顔を近付けて、無遠慮に覗き込んでくる。

 あまりの酒気に、顔をしかめて呼吸を止めた。

 一体どれだけ飲んでるんだ?


「そうです。僕は、隣に住んでる宝居たからい真琴まことです。結衣さんと連絡が取れないので直接会いに来たんです。いつもなら家に帰っているはずなのに、灯りが全然つかないからおじさんが帰ってくるのを待ってたんですよ」


「はぁ? ストーカーかよ」


「茶化さないでください! 結衣さん、いつから帰ってないんですか? 僕もう十日も会ってないんです」


「……ちょっと待てよ」


 結衣の父親は出っ張った腹をぼりぼりと掻きながら、家の中に入っていった。

 それから、『俺もちょうど十日間、顔見てねえよ』と答えた。


 意外なことに、日付を覚えていたらしく、カレンダーを確認しに行ったようだ。

 うるせえ、知るかなんて突っぱねられる気がしていたので、やや安堵した。


「警察には連絡したんですか?」


「そんなモン、しねえよ」


 結衣の父親は、吐き捨てるように言った。


「騒がしいのは好きじゃねえし、第一、アイツは俺に愛想尽かして出てったんだ。探されたって迷惑なだけじゃねえのか?」


「そんな……いや、そうかもしれませんけど! 心配じゃないんですか?」


 荷物はどうなっているのか。


 なにか手紙を残していないのか。


 僕は彼を質問攻めにしたが、


「……知らん。俺は自分のことで手一杯なんだ。家出したガキのことなんか知るかよ。もう帰れ」


 結衣の父親は、僕の肩を掴んで乱暴に押し返すと、こちらに背を向けた。


 小さく丸まった背中は寂しげで、人生に疲れ切っているように見えた。


 ブラック企業で連日夜中まで酷使され、心身ともに限界に近付いていたのだろう。

 酒に逃げるのも無理はない。だからといって、結衣に暴力を振るうのは許せないことだが。


 ともかく、この男はあてにならない。


 ぴしゃりと閉められた引き戸に、取り付く気にもならなかった。


 結衣……。

 結衣も、限界だったのかもしれない。


 母親を早くに亡くし、父子家庭で育った彼女が隣に引っ越してきたのが七年前。

 僕が父さんの家に行かなくなって、すぐのことだった。


 あの頃は、結衣の父親も優しかった。

 今と変わらず口は悪かったけれど、娘想いの父親だった。


 それなのに、いつからか彼は変わってしまった。


 結衣には父親しかいなかったのに。


 僕は気付けなかった。


 もう手遅れになりかけていた頃に、ようやく知った。


 もっと気を付けていてあげれば良かったのに、僕の父さんに会えて喜ぶ彼女を見て、案外大丈夫なのかもしれないと勝手に思い込んでいた。


 不安と後悔で胸がくしゃくしゃになる。


 結衣。結衣。


 いったいどこへ行ったんだ。


<つづく>

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