第十九話 告白

 しばらくして、呼び鈴が鳴った。


 やや画質の悪い白黒のモニターに、見慣れた少女の上半身が、やや上から見下ろすようにして映し出される。


 長い髪の毛が乱れて白い顔に掛かっており、おまけに酷い猫背で立っているから、顔がよく見えない。


「なかなかのホラーだなあ」


 父さんがモニタを覗き込み、ボタンを押してなにやら調整する。


「うん、ダメだ。二十五年ものじゃこれが限界だね」


 鍵は最新式なのに、何故インターホンは昔のままなのだろう。


 これじゃ、誰が来たってよくわからないと思うのだけど。


 僕はそろりと手を伸ばし、おそるおそる通話ボタンを押す。


 耳障りなノイズのあと、ややこもったような風の音が聴こえた。


「来てくれてありがとう。結衣ゆい


 結衣がゆっくりと、顔を上げる。


 映像はやや白飛びしているものの、やはり結衣だとわかる目鼻立ち。


 しかし、睫毛の長い大きな目にはクマができていたし、その視線は虚ろで覚束おぼつかない。


 きっと顔色も蒼白なのだろう。


 こぢんまりとした輪郭は、少し痩せたように見えた。


『パパ……』


 結衣の唇が、微かに動いた。


 まるで色のついたマシュマロみたいだった唇は、白黒ながら、血の気が失せており、すっかり乾燥してしまっているのがわかる。


 僕は言葉を探したが、結衣に呼ばれた父さんが先に応答した。


「久しぶり、森川さん」


 画面の向こう、結衣が息をのむのがわかる。

 大きく見開いた目に、ほんの少しの光が宿った。


真琴まことから話があるようなんだ。聞いてあげてくれる?」


 優しく諭すような声に、結衣がすがるように一歩、カメラへと近付いた。

 父さんがバトンを渡してくれたので、僕は深呼吸して、話し始める。


「結衣、まずはごめん。最後にここで会った日、気が動転して、ひどいこと言った」


 こんなものは、ただの前置きに過ぎなかった。


 どうする? どうやって、結衣を懐柔する?


 どんなでもいい、心を動かす言葉を探せ。


 でも、父さんの存在をに使うのだけはなしだ。


 それで一度、僕は失敗している。


「ずっと連絡がつかなくて、心配してた。結衣の家にも行ったんだ」


 声がぎこちなく震えている。

 ……落ち着け、僕。


 モニタの向こうの結衣は、僕の言葉にまだなんの反応も示していない。

 父さんに言われて仕方なく聞いているだけなのかもしれない。

 諦めてしまいそうになりながら、僕は続ける。


「結衣がオレに怒っている理由を教えてほしいんだ。心当たりがないわけじゃないよ。むしろあり過ぎるくらいだ。だから、結衣の気持ちを教えてほしい!」


 やや思い切ったために、語尾に勢いがつく。


 少しは僕の必死さが伝わっただろうか?


 言葉を切り、一旦相手の反応を待つ。


『ハッ』


 嘲笑。


 心臓がぎゅっと締め付けられた。

 呼吸が乱れそうになるのを必死に堪えながら、両手を握り締める。


「ゆ、結衣……?」


『それって、なんのため? 聞いたからって、なにになんの』


 言葉が出なかった。

 結衣の目が、強い怒りを孕む。


『謝りたいだけなら勝手にすれば? ほら、聞いててあげる』


「結衣、違うんだ!」


『なにが違うの? 私に許してほしいんじゃないの?』


「結衣。オレは結衣を悲しませたくないんだ。嫌な思いをさせたくない。だから、また同じことをしてしまわないように、結衣の気持ちを知りたいんだよ!」


『……どうして?』


「た、大切だから。結衣のことが好きだから。ずっと。……結衣は、オレのことなんか、どうでもいいのかもしれないけど」


 何度か噛みながら、僕は正直な気持ちを伝えた。


 父親の前で女の子に告白するなんて。


 かなり恥ずかしかったが、今はそんなことを気にしている場合ではないと思えた。


 不意に、結衣が腹を抱え込むようにして深く項垂れた。


 伝わったのかな。わかってもらえたのかな。


 期待したのも束の間、結衣の華奢な肩が、細かく上下し始める。


『あーーーーーーーーーーーーーっはっはっは! あは、あはは。あはははははっ』


 やや音割れする結衣の高笑いが、広いリビングに響き渡った。


<つづく>

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