後日談 宝居夫婦の真相 後編

 父さんって、子煩悩なんだよな。


 だから母さんがヤキモチやいて怒るんだと思うけど。


「なによ、余裕かまして。あたしより先に“パパ”って呼ばれたからって、調子に乗ってると思ってたけど、相変わらずよね」


「ん?」


 僕は母さんの横顔を見上げた。


 ……なんだろ。


 憎まれ口とかじゃなくて、わりと本気の敵意を感じる。


 しかもそれは、僕にじゃなくて、母さんが握りしめたスマホ……すなわち、その向こう側にいる父さんへと向けられているような?


「あたしがお風呂に入れると泣くのに、鷹幸たかゆきさんに代わった途端にニコニコして、天使みたいな笑顔になっちゃうし」


『ああ。あれは可愛かったなあ。でもあのあと、きみに頭から熱湯を掛けられて……』


「……ねっとう?」


 僕の背中を嫌な汗が伝う。

 

 同時に、疎外感。


 もしかして、僕だけ話が見えていない?


「あたしの膝の上に抱っこして寝てたのに、鷹幸さんが帰ってきたらパパ、パパ! って。今までずっとハイハイだったのに、掴まりもせずに立ったのよ?」


『あれは本当に可愛かったなぁ。もちろん今も可愛いけど』


 電話の向こうで、父さんがうんうんと頷いている。なんかわかっちゃう。


「感動して涙と鼻水は止まらないし、真琴まことはヤバイくらい可愛くて天使だし、鷹幸さんのデレデレした顔が本当にムカつくし! ……っていうか、空気読んでよ。真琴が起きてから帰ってきてよ」


『相変わらず、美琴みことさんは無茶を言うなあ』


 父さんは笑っていたが、僕には無理だった。驚きのあまりマヌケな表情を浮かべるばかりだった顔が、引きり始めている。


 母さんはそんなことには一切気付かず、怒涛どとうのような抗議を仕掛け続けた。


「幼稚園の頃に持って帰ってきた“一番好きなものを描きましょう”は、パパの顔だったわ……」


 母さんが涙声になり、肩をふるわせながら鼻をすすり始めた。


「か……母さん!?」


 僕はぎょっとして、その細い肩に腕を回す。


 掴まれた。掴み返された。

 いつの間にか、抱きつかれている。


「真琴を産んだのはママなのに……真琴のこと世界で一番大好きなのはあたしなのに……」


 ちょ、いたたたた!!?


「もう、あのまま一緒に居たら、本気で殺しそうだったのよーーーーー!!!」


「!?!?!?」


『あははは。どうだ、真琴。パパの言う通りで、大体合ってただろう?』


  目を剥いて衝撃を受ける僕に、父さんがいつもの調子で、ほがらかに話し掛けてきた。


 いや、そっち? そういう意味?


 母さんが妬いてたのって……僕じゃなくて、父さん?


 っていうか、母さんってこんな人だったの!?


 父さんといい、結衣ゆいといい、母さんといい……人間ってわからない!


『やれやれ。真琴が生まれる前はこんなじゃなかったんだが』


「あなたこそ、あんなデレデレした姿見たことなかったわよ」


「なに? ふたりとも、僕のせいなの!?」


『まさか。パパが知らなかっただけで、ママは元々こういう人だったんだろう。それに、パパは真琴さえいてくれれば、他のことなんてどうでもいいぞ』


 父さんが明るい声で、豪快に問題発言をかました。


「ぜんぜん良くないよ!?」


「ちょっと、そこ! ママを抜きにして仲良くしないでくれる!?」


 再び母さんが騒ぎ始め、僕は片手で頭を抱える。


 三人一緒にはいないのに、ひどく賑やかで異様な日常の一コマ。


 そこに結衣ゆいが欲しかったものが、本当にあるのかはわからない。


 けれど、両親から痛すぎるほど感じるこの愛情を、僕は大切にしたい。


 そして、いつかそれを結衣に分けてあげられたらいいなと思う。


<END>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る