第九話 音信不通
その日から、僕の周りには二つの変化があった。
一つは、父さんのチャンネルの更新が止まったこと。
もう一つは、
朝、家に行っても出てくる気配がない。
チャイムを押そうか迷ったが勇気が出ず、結果学校に遅刻した。
仕方がないのでメッセージを送った。
ところが既読すらつかない。
無視されているのだと思った。
父さんとの逢瀬を邪魔した挙句、あんなふうに責め立てて、僕は嫌われたんだ。
ずっと一緒だったのに。
僕が結衣の一番近くにいたのに。
結衣にとっては僕なんて、ただのヌイグルミと同じだった。
悲しみの奥底に沈みかけていた怒りが、再び首をもたげた。
しかしどうすることもできない。
学校の教室に押し掛けるという手段は、出来れば使いたくなかった。
僕を避けている相手に対して、無理矢理物理的な距離を縮めることは、どう考えても関係を更に悪化させる
当然、父さんの家に行く気にもなれず、学校帰りはまっすぐに下校する日々が続いた。
とはいえ、父さんのことは気になっていたので、毎日チャンネル情報をチェックしていた。
まだ見ていなかった動画も観た。
やわらかな語り口で話す父さんの声を聞くと、泣きそうになった。
表情には出さなかったが、きっと怒っているだろう。
もしかしたら、僕なんて抜きにして結衣と会っているのかもしれない。
僕のことなんて本当は邪魔だったのかも。
「……」
これじゃ、どっちにやきもちを焼いているのかわからないな。
コメント欄を眺めながら、次々に動画を再生していく。
視界の端に、赤いテディベアのアイコンがチラついた。
“どうして私の名前は呼んでくれないの? 白桃はすぐ死ね!”
また、か。
こんな気分の時に、嫌なものを見つけてしまった。
どうやらこの動画は、先週行われたライブ配信のアーカイブのようだ。
現在アップされている中で、最新の動画ということになっている。
白桃というのは、ライブ中にチャットで書き込みをしていたリスナーの名前である。
冒頭で、たまたま父さんの目にとまりコメントを読まれていたのは記憶に新しい。
この前見た時は息子である俺の存在にショックを受けていたようだが、他のリスナーにまでこんなふうに嫉妬するのか。
しかもコメントは一つでは終わらない。
“私だけを見て。私だけに返事して。私はパパのことしか見てない”
“他の奴等なんて相手にしないで”
“パパのこと考えると胸が苦しいよ。助けて。。。”
“みんな死ね。出てけ。パパの声を聴いてていいのは、私だけ”
……よく消されなかったな。
というか、アカウント凍結されないのか?
そう思うような過激なコメントが、これの他にもたくさん並んでいる。
これに対して、父さんの反応はなかった。
他のリスナーからの、通報したという旨のリプライが、いくつかのコメントに対して入っていた。
運営サイドもたいへんだ。
僕は数日掛けて、百件近くある父さんの動画を観つくした。
赤いテディベアのコメントが、すべての動画に入っていた。
そのほとんどが、動画を配信した直後に書き込まれている。
熱烈なファン――言葉通りの、狂信者だ。
とはいえ、初期の動画のコメントは大人しいものだった。
まだ自分をユキの娘だと主張しておらず、『こんなお父さんが欲しかった』とか、『娘になりたい』とか、そんな感じ。同意するコメントも、ちらほらついていた。
それがおかしくなったのは、見た限りでは半年ほど前のことか。
理想の父親像を僕の父さんに求め始めた。
父さんが関わったり反応した全ての人間への嫉妬を露わにし、攻撃し始めたようだ。
ふと動画のオススメ欄をロードすると、見慣れたチャンネル名が姿を現した。
たった今アップされたものかと思ったが、日時が昨日の夜になっている。
暇つぶしに見ていたドッキリ企画もののチャンネルで、タイムラインが埋め尽くされていたようだ。
「父さん……」
僕は震える指で画面をタップした。
<つづく>
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