第十話 許せないもの
サムネイル画像からして、ありがちな質問コーナーのようだった。
十日……いや、昨日の夜だから九日ぶりの更新になる。
「父さん……」
僕は少しほっとしながら、動画を再生した。
父さんは僕のせいで元気がなくなって、配信活動が出来なくなってしまったのかもしれないと思っていたからだ。
小さな画面に、父さんの姿が映る。
視聴者と向かい合う形で、ライムグリーンのカウチに腰掛けた上半身。
いつもと違い、頭部までをカメラに収めており、顔にだけボカシが入っていた。
すでにコメント欄が賑わっている。
“まって。イケメンオーラ半端ないんですけど”
“高校生のお子さんがいるって言ってたけどマジ?”
“私の質問読んでくれてありがとうございます!”
さすが父さん。
好意的なコメントがずらりと並ぶ。
赤いテディベアのコメントは見当たらなかった。
珍しく出遅れたようだ。
父さんは視聴者から寄せられた質問を読み上げ始めた。
なんてことのない内容だ。
出身地だとか、服のブランドだとか、美容室に通う周期だとか。
すらすら答えて進めていく。
『えーっと、次の質問は……、一人暮らしですか? はは。痛いとこ突くね』
こんなプライベートな質問までしてくる奴がいるのか。僕は呆れた。
むずかしい事情があるかもしれないなんて、考えないんだろうな。
まあ、別居の理由なんて夫婦間の不仲か仕事の都合以外思い浮かばないけれど。
『いろいろと事情があってそれは割愛するけど、俺はもう随分長いこと、この家で一人で暮らしているよ。本当は息子と一緒に住みたいんだけどね』
父さんのリスナーたちは基本的に行儀がよい人たちばかりなのか、この回答に対して無粋な質問を重ねるようなことはしない。
一瞬画面の向こうがしんみりしたような気がしたが、父さんはあっさりと次の質問に移った。
『ユキさんは、いつも穏やかで、絶対に怒ったりしないような雰囲気があります。そんなユキさんでも許せないことってありますか?』
読み上げたあと、父さんは目を閉じ(そんな気がしたのだ)、顔をやや上向けて
僕は思わず乾いた含み笑いを漏らした。我ながら、優越感の滲むイヤな笑みだ。
だって、僕にはわかり切ってる。
そんなものはない。
ひとしきり悩んだあとに、『特にないかな』、と答えるに決まっている。
息子の僕ですら、父さんが怒るのを見たことがないのだから。
『普段はあまり怒らないんだけど』
父さんの回答は、僕の予想を裏切るものだった。
『息子との時間を邪魔されるのだけは、許せないかな』
ぞくりと、皮膚が粟立った。
いつもの優しい声なのに、なんだかひどく冷たい。
ぼかされた父さんの顔が、ちっとも笑っていないのが僕にはわかった。
『……なんて、ちょっと親バカ過ぎるかな。こんなだから奥さんに嫌われちゃうのかもね』
父さんは冗談めかして言った。
照れたような声音には、温もりが戻っている。
僕はほっとした。
あれほど酷いことを言ったあとでもなお、僕を大切に思ってくれることに。
父さんに謝ろう。
なにか誤解があったのかもしれない。
僕は動画を途中で停止すると、急いで制服のブレザーに腕を通した。
<つづく>
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