第一話 宝居真琴(たからいまこと)
「ほらっ、ちゃんと立って。はい、こっち向く!」
パシャ。
当たり前みたいに偽のシャッター音を鳴らすのは、幼馴染の少女
ピカピカに磨き上げられた桜色の爪が画面に触れるたび、なんだか動いちゃいけない気がして、僕の身体は硬直する。
「いーよいーよ、似合ってるじゃん。すっごくかわいい」
ひとしきり撮影したあと、結衣は僕の写真をチェックしながらはしゃぐ。
彼女もまた、僕と同じ学校の制服に身を包んでいた。
「オレ、可愛いとか言われても嬉しくないんだけど」
「見てよ、この睫毛。やっぱりマコって、お母さん似なのかな?」
聞いちゃいない。
結衣と並んでリビングのソファに座りながら、やや硬い表情で画面に収まる自分の顔を見る。
似ているか似ていないかで問われれば、似ていないこともない、という程度だ。
もし母の血が色濃く出ていたなら、もっと……。
「そーよ、
「ぐえっ」
突然、ソファの裏から抱き付かれて、僕は潰れたカエルのような声(実際に聞いたことはないけど)を出した。
ふわりと香水のいい匂いがしたかと思うと、見慣れた横顔が僕たちふたりの間に割り込んでくる。
「ちょっと。くっつかないでよ、母さん!」
「あー、コレいいじゃない。ヤバイかわいさだわぁ。ね、結衣ちゃん、この写真あとでおばさんに送って」
「さすがおばさま、お目が高いです」
僕の訴えなど軽く無視して、ふたりは盛り上がり始めた。
一体何枚くらい撮ったのか知らないが、『毛穴レス』とか言って人の顔をピンチアウトするな。
海外アプリで変なエフェクトを付けるな。ツイッターにアップするな。
ため息をつきながら、母さんを見つめる。
母さんは美人だ。
まずは切れ長の双眸。きりっとして、意思が強そう。睫毛は孔雀みたいに広がっていて、そして長い。
スッと筋の通った高めの鼻梁に、暗めの口紅に彩られた薄くて小さな唇。
それらのパーツが、細面の中に神懸かり的な位置関係を保って配置されている。
カラスの濡れ羽根のような黒髪を短くし、すらりとした長身に黒のパンツスーツを着こなす姿は、どこからどう見ても美女。パーフェクトウーマンだ。
それも、ひとり息子が今年で十六歳になるとはとても思えない若々しさである。
二十代後半だと言っても、十分に通るだろう。
一体どうなっているんだ?
中性的な雰囲気のせいで、職場では男性よりも女性に人気があるらしい。
羨ましい限りだ。
僕はというと、この通り……母さんの息子なのに地味。加えて、男くささゼロ。
女子から可愛いと言われることはあるが、つまり恋愛対象外ってことだ。
続いて、母さんを挟んで向こう側にいる結衣を見る。
結衣の容姿については、特筆すべきことはない。
断じて悪い意味ではなく、僕が彼女の容姿について説明しようとすると、可愛いの一言で片付いてしまうのだ。
敢えて説明するならば、母さんとは違ったタイプ。
正統派美少女といったところか。
長い髪を緩めのハーフアップにしており、スタイルは抜群だ。
どういうわけか年中、長袖に黒いタイツを着用している。
しかし、それでも暑苦しさを一切感じさせないほどの清涼感を彼女は持っている。
僕に向かって可愛い可愛いと言っている彼女の方が、余程可愛いのである。
で、そんな彼女とせっかく並んで座っていたというのに、この母親は……。
僕はもう一度、深いため息をつき、ソファから立ち上がった。
「あれ。マコ、どこ行くの?」
「着替えてくる」
少しも着崩さずにきっちり着込んだ制服は、窮屈だった。
この格好で入学式に出ただけでも疲れたのに、なぜ家に帰ってまで……。
勿体ないと騒ぐふたりを無視して、僕は二階へと上がった。
<つづく>
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