(086〜090)
(086)川べりの下宿屋。二階の窓から眺めていると、上流から刳舟が一艘滑るように流れてきて、舳に座った着物の女がこちらを見上げ、ふわふわした宝石を投げてよこす。きらきらしたものは部屋までたどり着くとパチンと弾け、一瞬えも言われぬ芳香を放射し、見ると舟も消えていた。
(087)すみれ色の空に、銀色の腹を見せた無数の船が浮かんでいる。あれは外宇宙からやってきた移民船で、現在政府と交渉中なのだそうだ。彼らの姿はいまのところ隠されたままだが、きっと虫のような、蛸のような、あるいはガラスのような生物に違いない。
(088)砂嵐の中をずっと歩き続け、ついに到達した渦巻の中心に大蛇がとぐろを巻いて、君をゆっくりと見返す。炯炯と光る眸の、金色の輝きには幸福の、真実の、正義の鍵が隠されているのだ。空から煙のような土埃が舞い降りて、幽霊たちが憐れっぽい声をあげて君と蛇を讃える。
(089)腹の具合が悪いと言って死んだ男の胃袋の中には大量の蛇がひしめき合い絡まり合って、互いに噛み合って食い合って凄惨なにおいが立ち込めていたそうだが、流れる血は清浄に床を洗い、こうして立派な手術室となり、死んだ男の胃袋はきれいなランプシェードになっている。
(090)竹林の中を歩いていると、雨が降り出した。繁った葉で細かく切り刻まれて霧のようにしっとり身体を濡らす。まとわりつく小さな水の粒子が皮膚の上を転がってとても気持ちがいい。息が白い。拡散して消えていく向こうに月がぼんやり浮かんでいる。
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