(141〜145)

(141)教室の後ろの、掃除用具入れの奥に一枚の絵画がひっそり架かっている。真鍮色の表面に刻まれているのは猛り狂った群衆の姿だ。一人の罪人を取りかこみ、今か今かと処刑を待ち望んでいる狂喜し身悶える群衆。その表情を見てしまえば、誰だってその罪人が実は無罪だとしか思えなくなるだろう。


(142 )饒舌な幻想に苦しめられて、不眠の夜が幾日も続く。外で騒ぐ風の音さえも何かの吠える声に聞こえ、その何かは足元の暗がりに蟠ってこちらの様子をうかがっているのだ。閉じたカーテンの隙間からやがて朝日が差し込み、また今日もダメだったと嘆くうちのほんの少しだけ眠る。


(143)庭に亡霊が立っている。あれはあの夜の娘に違いない。雨で視界が悪くまさかあんなところに人が立っていると思わなかったのだ。野菜がつぶれるような感触があったような気がしてるが、きっと偽記憶だろう。泥まみれになっていたはずのワンピースが色鮮やかに見えるのはなぜか。


(144)街が黄昏の微光に包まれて、路地に面したカフェのテーブルでは男たちがコーヒーを飲みながらお喋りに勤しんでいる。政治・哲学・芸術と話題は尽きず、時折通りすがる女たちに視線を取られながら、花を愛する男たちの夜は訪れようとしている。店の奥に主人づらして寝そべる猫。


(145)月に暗い影ができて数ヶ月経ち、誰の目にも明らかな眼球のかたちになって、しかも黒目が時折動くのだ。月の目にはまぶたがないのでずっと視線は地上に向けられたままで、人はいつしか夜に外出を控えるようになり、雨ともなると三々五々街路を駆け抜けて錯綜する。

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主人の蝋燭を節約するためにすべてを暗闇の中で行うこと 渡邊利道 @wtnbt

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