(076〜080)
(076)倫敦から父が来るというので、空港まで迎えに行ったが、何本も何本も飛行機が降り立ってはきたものの、父の姿はいっこうに見えぬ。ついに日も暮れて最終便も去った。どうしたものやらと思い、タバコをふかしながら夜空を眺め、そうか、船で来たのかと思い当たった。
(077)巨大な船が空から降りてきて、中から蒟蒻状の異星人が現れた。オロカナチキュウジンドモメと言うのかチキュウノミナサンコンニチハと言うのかと注視していると、蒟蒻は一気に増殖してみるみるうちに地を覆い、人も建物も自然もすべて覆って地球は白い玉になった。
(078)空を、三千一羽の鶴が飛んでいく。その嘴に憎悪を咥え、灰色の空を一斉に陰らせて羽をひろげ、声は、泣く声が聞こえるはずだが、どうしたものか私の耳にはまったく何も届かないのだ。風は氷のように冷たく、太陽は姿を消したまま、時が止まったように。
(079)学校からの帰り道、路地の井戸の向こうにぼんやりと丸い影のような玉が浮かんでいるのが見え、何だろうと近づくと、丸から犬が、まず顔、首、肩、前足、と順繰りに出てくる。ゆっくりゆっくりつやつやした犬の躰がゆらゆら揺れ、雫がぽたぽた落ちている。
(080)昏い空を蟹のような月が這っていく。もうすぐ雨が降るだろう。それまではこうやって空の一角をみつめ、声を詰まらせ、時間稼ぎすることもできるだろう。偸盗が忍び笑いを漏らし一仕事終えて屋根から屋根へと滑っていく。こんな夜に降り出す雨は恩寵だろう。
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