(131〜135)

(131)その液体は真実の洞窟の奥から少しずつ漏れてくるあの光が凝縮してできたもので本当は液体ではないのだが、しかしそれを飲み干すのが始まりである。胃の腑のうちで液体はゆっくり溶け、身体をゆっくり変容させていく。内側から静かな光暈がひろがり、その声に神性を与える。


(132)砂金のように静かに輝く、灰の中の骨が君に語りかける声は、ずっと昔、荒野でどこからともなく響いてきて、まだ人間に進化する前のものたちの耳をざわつかせた声と同じ色合いを持っている。いま、その声を聞くものたちをふたたび変化の波がさらい、どこか見知らぬ明日へと運ぼうとしている。


(133)蔵の中に通路を発見した僕は、それ以来何度か探検に出てみたものの、いつも入り口付近の外光が届く範囲で戻ってきていたのだが、その日、驟雨のために突然暗闇に包まれて、眩暈がしたようにただ突っ立っていると、どこからともなくひとすじの音楽が聞こえ、何処とも知れぬ場所へ攫われるのだ。


(134)寝床から目覚めることなく起き、開いたままだった扉を抜けて外に出ると、赤い空がポロポロ剥がれ破片が街のそこここに落下する。たちまちあらゆる建物が炎を巻き上げ視界一面が真っ赤に染まる、生あたたかい煙と灰がべっとり頰にはりついて、慌てて振り返ると出てきたはずの家が消えている。


(135)昼休みに屋上で弁当を食べてうとうとして気づいたらいつの間にか授業が始まっていた。嘘のように静かな午後で、たまにグラウンドで教師が吹く鋭い笛の音が聴こえてくる。ポカポカしたいい陽気だし、これはこれでいいか、かえって得したんじゃないかと思い、持っていた文庫本を読み始める。

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